契約婚と聞いていたのに溺愛婚でした!

如月 そら

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6.手順もあるんです

手順もあるんです②

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 美冬が頑張っているのは分かっている。そんなのは槙野が書類を確認したら分かることだ。

 自分の庇護下に置くのなら、そんなことで苦労はさせない。

 重い荷物は自分にも渡してもらう。それが夫婦なのだから。例え契約婚であっても、だ。
 美冬だけがしんどい、つらい思いをさせるようなことは槙野はしたくない。

「だったら、お前が持っているその重荷は……俺にも渡してもらうからな!」
 そう伝えずにはいられなかった。
 まさかぼうっとしていた美冬が意味をほとんど理解していないとは思わなかったが。

 ◇ ◇ ◇

「悪いな美冬! ミーティングが長引いた」
 祖父に挨拶に行く日のことである。
 そう言って病院のロビーにいた美冬に足早に寄ってきた槙野はものすごく目立っていた。

 美冬は最初は怖いと思ったけれど、こうして見るとキリリとした槙野の目元は印象深くて悪くないかもしれない。

 ロビーの中には槙野のその整った風貌と、スマートなスーツ姿にくぎ付けになっている女性が何人もいる。
 つい、美冬は近寄ってくる槙野をじっと見てしまった。

「どうした? 怒ってんのか?」
「いえ……槙野さんって目立つのね」
「その言葉そっくり返そう」

 槙野がロビーに入ってきたとき、美冬は目を伏せて時計を見ていた。長いまつ毛が目元に影を作っていて、そのうつむいた仕草が綺麗で自分のほうこそロビーの注目を集めていたのに、気づいていないのだろうか。

 さらりした茶色のロングヘアにベージュのスーツと、紺色のブラウス、首元の品のあるパールのネックレス。零れ落ちそうに大きな瞳は相変わらず表情豊かだ。

 槙野を見つけた時、美冬の口角が少しだけきゅっと上がったのがとても愛らしくて、そんな表情を向けられたことに喜びを感じなかったといえば嘘になるのに。

 贅沢を言えば、満面の笑顔で迎えてくれたら嬉しいけれど、そんなことは夢のような話だ。
 けれど、契約婚を決めたことを槙野は後悔はしていない。

 契約でもなんでも、手に入れたものは大事にする主義だ。
 それに槙野は割と好き嫌いがはっきりした性格でもある。美冬には好みじゃないと言ったけれど、気に入ってはいるのだ。

「そうだ。美冬、契約というのは二人だけの間の話でいいな?」
「うん。もちろん」
 目の前に立つ槙野を見上げて、美冬は頷いた。

 契約婚は海外ではセレブの間でも割とメジャーであったりはする。
 結婚前に契約を交わし婚姻するのが契約婚なのだが、日本ではまだあまりイメージがよくないし、そんなこと他人に公開することでもない、とは美冬も思っていた。

「……とは言え突然に結婚とかいうのも不審に思われそうだな。俺が一目惚れしたことにしておくか」
 あっさりと槙野がそんなことを言うから、美冬はどきんとしてしまった。

 そんな気持ちを押し隠してつい口をつくのは可愛くない言葉だ。

「好みじゃないのに?」
「俺の演技力にビビれよ?」
「大根じゃないことを祈るわ」

 演技力……一目惚れされたようなことを言われてもそれは演技ということなんだ。
 それだけは心に留めておかなくてはいけない、と美冬は思った。

 槙野は美冬のことを気に入っているのに、それは伝わっていなくて、美冬も一目惚れと言われて、それが本当のことではなくても嬉しかったのに、伝えなかった。

 誤った認識を二人で共有して、肩を並べてエレベーターに向かう。

 二人が乗り込んだところで、ちょうど杖をついたおばあさんが後からエレベーターに乗ろうとしていた。
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