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鳥は鳥籠に戻る
鳥は鳥籠に戻る①
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佐々木は圭一郎に何か足りないところがあるような気持ちを、たまに感じることはあった。
それでも圭一郎はとても優秀で後継者として言うことはなかったので、そんなことにはずっと目を逸らしてきた。
些細な事だと思っていたから。
圭一郎は聞き分けが良かったし、自分の立場を弁えていたから。
だから院長に『圭一郎が別荘から帰ってこない。何か変な女にでも捕まっているなら、手段は問わないから引き戻せ』と言われた時も、それほどの事とは考えていなかった。
そんな院長の命を受け、鍵を預かり別荘に向かった訳だが、まさかあんなものを目撃するとは思わなかった。
別荘の客間のドアを開け、目に飛び込んだのは半裸の圭一郎が見たこともないような挑戦的な眼で、佐々木を睨んできたことと、それを守るように背中に隠した女性。
佐々木はぎくん、とする。
別に全裸で抱き合っていても、動揺はしないと思う。
けれどかろうじて成人しているかいないかくらいの、うら若くて儚げな美少女が、まるで人形のようにベッドに横たわっていては。
しかも、ベッドの脇には、鎖とベルトが無造作に落ちている。
かろうじて顔色を変えないようにするのが、精一杯だった。
「お父上から伝言を預かっていますが……少しお話しした方がいいですね」
圭一郎が気怠げに髪をかきあげ、顎で外を示す。
出ていけ、と言うことなのだろう。
「分かった。では下で。珠月を起こしたくない」
その発言の後半は、それだけでも彼女の事を大事に思っているのが伝わってくる位、甘くて優しい口調だ。
加虐趣味などはなかったはずだし、あの優しげな雰囲気からすると、そういったことはなさそうだ。
気持ちを落ち着かせるために、佐々木はコーヒーを入れる。
──どうすればいい?
集中して考える。
しばらくして、圭一郎が降りてきてダイニングのテーブルにつく。
佐々木は、コーヒーを圭一郎の前に置いた。
圭一郎は軽いため息をついて、そのコップを佐々木の方に押しやった。
飲まないと言うことなのだろう。
「父に言われて来たんだな」
警戒心剥き出しのその表情は、今まで見たことのないものだった。
「そうです。だから鍵をお預かりして来たんですよ。優秀な外科医がいつまでも不在では困る、と仰っていました」
「どこまで本気だろうな」
目を伏せて自嘲的に笑うのも、今まで見たことはない。
その時、佐々木は初めて分かったのだ。
今まで、見ていた圭一郎は虚像のようなものだったのだ、と。
でなければ、あらゆる方向から瑕疵のない人物などいない。
瑕疵がないのは、瑕疵がないように見せているから。
単に本心を誰にも見せていなかっただけだ。
佐々木としては、圭一郎の背景としては、頷けるものがあったし、納得できるものでもあった。
子供の頃から、北高会病院の跡継ぎとして、期待されて育ってきたはずだ。
他の子供のように、自分の好きな道を選べない。
なりたいものになることは出来ない。
それでも、圭一郎はいつも『大きくなったら何になりたいの?』と言う質問には『お医者さん!』と答えるような子供だったから。
本人の意思ではなかったのかも知れない。
むしろ、その時から。
それでも、今戻ってもらうこととは訳が違う。
「お父上は本気ですよ」
手段は選ぶな、と言ったのだ。
佐々木は、手段を選ぶつもりはなかった。
圭一郎には戻ってもらわなくては困る。
「珠月をこのままにはしておけない」
ぼそりと圭一郎が小さな声で言った。
「珠月さん……ですか」
それが、あの女性の名前なのだろうか。圭一郎が身体で庇っていた。
「佐々木には関係ないだろう」
冷たく淡々と言い放つ圭一郎はやはり棘のある態度だ。
自分と彼女を攻撃するものは許さないと言いたげなその態度には、痛々しさも感じる。
まるで触るものにトゲで威嚇するヤマアラシのようで。
それでも圭一郎はとても優秀で後継者として言うことはなかったので、そんなことにはずっと目を逸らしてきた。
些細な事だと思っていたから。
圭一郎は聞き分けが良かったし、自分の立場を弁えていたから。
だから院長に『圭一郎が別荘から帰ってこない。何か変な女にでも捕まっているなら、手段は問わないから引き戻せ』と言われた時も、それほどの事とは考えていなかった。
そんな院長の命を受け、鍵を預かり別荘に向かった訳だが、まさかあんなものを目撃するとは思わなかった。
別荘の客間のドアを開け、目に飛び込んだのは半裸の圭一郎が見たこともないような挑戦的な眼で、佐々木を睨んできたことと、それを守るように背中に隠した女性。
佐々木はぎくん、とする。
別に全裸で抱き合っていても、動揺はしないと思う。
けれどかろうじて成人しているかいないかくらいの、うら若くて儚げな美少女が、まるで人形のようにベッドに横たわっていては。
しかも、ベッドの脇には、鎖とベルトが無造作に落ちている。
かろうじて顔色を変えないようにするのが、精一杯だった。
「お父上から伝言を預かっていますが……少しお話しした方がいいですね」
圭一郎が気怠げに髪をかきあげ、顎で外を示す。
出ていけ、と言うことなのだろう。
「分かった。では下で。珠月を起こしたくない」
その発言の後半は、それだけでも彼女の事を大事に思っているのが伝わってくる位、甘くて優しい口調だ。
加虐趣味などはなかったはずだし、あの優しげな雰囲気からすると、そういったことはなさそうだ。
気持ちを落ち着かせるために、佐々木はコーヒーを入れる。
──どうすればいい?
集中して考える。
しばらくして、圭一郎が降りてきてダイニングのテーブルにつく。
佐々木は、コーヒーを圭一郎の前に置いた。
圭一郎は軽いため息をついて、そのコップを佐々木の方に押しやった。
飲まないと言うことなのだろう。
「父に言われて来たんだな」
警戒心剥き出しのその表情は、今まで見たことのないものだった。
「そうです。だから鍵をお預かりして来たんですよ。優秀な外科医がいつまでも不在では困る、と仰っていました」
「どこまで本気だろうな」
目を伏せて自嘲的に笑うのも、今まで見たことはない。
その時、佐々木は初めて分かったのだ。
今まで、見ていた圭一郎は虚像のようなものだったのだ、と。
でなければ、あらゆる方向から瑕疵のない人物などいない。
瑕疵がないのは、瑕疵がないように見せているから。
単に本心を誰にも見せていなかっただけだ。
佐々木としては、圭一郎の背景としては、頷けるものがあったし、納得できるものでもあった。
子供の頃から、北高会病院の跡継ぎとして、期待されて育ってきたはずだ。
他の子供のように、自分の好きな道を選べない。
なりたいものになることは出来ない。
それでも、圭一郎はいつも『大きくなったら何になりたいの?』と言う質問には『お医者さん!』と答えるような子供だったから。
本人の意思ではなかったのかも知れない。
むしろ、その時から。
それでも、今戻ってもらうこととは訳が違う。
「お父上は本気ですよ」
手段は選ぶな、と言ったのだ。
佐々木は、手段を選ぶつもりはなかった。
圭一郎には戻ってもらわなくては困る。
「珠月をこのままにはしておけない」
ぼそりと圭一郎が小さな声で言った。
「珠月さん……ですか」
それが、あの女性の名前なのだろうか。圭一郎が身体で庇っていた。
「佐々木には関係ないだろう」
冷たく淡々と言い放つ圭一郎はやはり棘のある態度だ。
自分と彼女を攻撃するものは許さないと言いたげなその態度には、痛々しさも感じる。
まるで触るものにトゲで威嚇するヤマアラシのようで。
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