17 / 70
ガジェットの有効活用
ガジェットの有効活用②
しおりを挟む『こちらこそ。また、ご連絡します』
そう返信しておいて、カバンからレコーダーを出す。
業務用のICレコーダーだ。
主に顧客との打ち合わせに使うものだが。
蓮根は、書斎代わりにしている部屋のパソコンに向かった。
音声をデータ化して、取り出す。こだわりのヘッドフォンである。
それをかけて軽く目を閉じ、椅子に深く座ってヘッドフォンから聞こえてくる声に耳を傾けた。
一見すると、クラッシックでも聴いているかのような雰囲気である。
『蓮根先生……』
『はい?』
『っ……近いです』
仕事柄持ち歩いているレコーダーをまさか、こんな風に使うとは思わなかったけれど、とっさの思いつきには満足する。
『……それを紡いでいるこの唇、味わったらどんな気分でしょうね?』
蓮根はこの時の結衣を思い出す。
追い詰められた小動物みたいに、シートベルトに捕まっていた。
嫌なら逃げればいいのに。
それすらしないから、追い詰めたくなる。
本音は違うんじゃないか。口では嫌がっているけれど、実は求めているんじゃないか。
そんな風に思って。
蓮根はこの時、結衣の唇を指でなぞった。
結衣は、呆然としながら自分を見つめていただけだ。
『この、唇に唇を重ねて。そうだな、舌でも味わってみたい。それから中に舌を入れてあなたを思う存分味わったら……』
『っ……あ、いや、です』
蓮根はぞくっとする。
それはひどく強い快感で。
なにもしていないそこが、熱を帯びて立ち上がってくるのを感じた。
この時もなにもしていない。
ただ、唇を指でなぞっただけ。
けれど、この結衣の声。
まるで、ベッドにでもいるかのようだ。
『気持ちいいですよ、きっと』
ふっ……と結衣の吐息が、ヘッドフォンから流れる。泣き出す寸前の堪えている声だ。
高性能のレコーダーは、そんな吐息さえ余すことろなく拾っていた。
その機能に蓮根は満足する。
『っう……』
『なんで、泣くんです? してませんよ? なにも』
『うー、しましたよ! いじわる!』
人を思いやる力がある、ということは返せば想像力が豊かだから、とも考えられる。結衣は察する能力がとても高い。
さらに、それを鍛えるような仕事についている結衣だ。
受けた電話で、現場の状況を詳細に組み立てられるということは、頭の中でその状況を再現している、ということだ。
さらに、その時のその人の心情まで、思いやる。
だからなんだな……。
唇に唇を重ねて、と言った時も結衣は想像したはずだ。
その感触を。
それは触れたと同義なんだろうか?
あの時の結衣は単純に嫌がっていると思っていたけれど、そうではなかったら?
生々しく触れられた、と、同義で、喘ぎだったとしたら?
ふっ……と蓮根は笑う。
そんな訳はないな。
最後まで名前では呼んでくれなかった。距離がある証拠だ。
抱きしめただけであんな甘い声を上げたくせに、キスもダメと言われたし。
『もう、いいですよね。お約束したでしょう?』
いい聞かせるような声。
なんでも叶えてあげてしまいたくなる。
蓮根は両腕を組んで、天井を見上げる。
大きく息をついた。
中毒みたいだ。
また、欲しい。あの声が。
もっと話しかけてほしい。名前を呼んでほしい。
もっと、もっと……欲しい彼女が。
0
お気に入りに追加
274
あなたにおすすめの小説
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

溺婚
明日葉
恋愛
香月絢佳、37歳、独身。晩婚化が進んでいるとはいえ、さすがにもう、無理かなぁ、と残念には思うが焦る気にもならず。まあ、恋愛体質じゃないし、と。
以前階段落ちから助けてくれたイケメンに、馴染みの店で再会するものの、この状況では向こうの印象がよろしいはずもないしと期待もしなかったのだが。
イケメン、天羽疾矢はどうやら絢佳に惹かれてしまったようで。
「歳も歳だし、とりあえず試してみたら?こわいの?」と、挑発されればつい、売り言葉に買い言葉。
何がどうしてこうなった?
平凡に生きたい、でもま、老後に1人は嫌だなぁ、くらいに構えた恋愛偏差値最底辺の絢佳と、こう見えて仕事人間のイケメン疾矢。振り回しているのは果たしてどっちで、振り回されてるのは、果たしてどっち?
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
貧乏大家族の私が御曹司と偽装結婚⁈
玖羽 望月
恋愛
朝木 与織子(あさぎ よりこ) 22歳
大学を卒業し、やっと憧れの都会での生活が始まった!と思いきや、突然降って湧いたお見合い話。
でも、これはただのお見合いではないらしい。
初出はエブリスタ様にて。
また番外編を追加する予定です。
シリーズ作品「恋をするのに理由はいらない」公開中です。
表紙は、「かんたん表紙メーカー」様https://sscard.monokakitools.net/covermaker.htmlで作成しました。
誘惑の延長線上、君を囲う。
桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には
"恋"も"愛"も存在しない。
高校の同級生が上司となって
私の前に現れただけの話。
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
Иatural+ 企画開発部部長
日下部 郁弥(30)
×
転職したてのエリアマネージャー
佐藤 琴葉(30)
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の
貴方を見つけて…
高校時代の面影がない私は…
弱っていそうな貴方を誘惑した。
:
:
♡o。+..:*
:
「本当は大好きだった……」
───そんな気持ちを隠したままに
欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。
【誘惑の延長線上、君を囲う。】

Perverse
伊吹美香
恋愛
『高嶺の花』なんて立派なものじゃない
ただ一人の女として愛してほしいだけなの…
あなたはゆっくりと私の心に浸食してくる
触れ合う身体は熱いのに
あなたの心がわからない…
あなたは私に何を求めてるの?
私の気持ちはあなたに届いているの?
周りからは高嶺の花と呼ばれ本当の自分を出し切れずに悩んでいる女
三崎結菜
×
口も態度も悪いが営業成績No.1で結菜を振り回す冷たい同期男
柴垣義人
大人オフィスラブ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる