君の声を聴かせて~声フェチの人には聞かせたくないんですけどっ!~

如月 そら

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先立つものは大事

先立つものは大事

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高槻結衣は目の前の声だけは知っていたけれど、今日初めて顔を合わせたその男性に、ふわりと腰に腕を巻かれて、手で顔を仰けられる。
結衣を抱きしめても微動だにしない力強い腕、近くで見ても破壊的に整った綺麗な顔。
彼の繊細な指が、自分の顔に触れているかと思うとそれだけでも動悸が激しくなりそうだ。

この表情、反則ではないのだろうか。
それに腰にくるっ!声!!

「何がお気に召したんでしょうか?」
結衣はやっとの思いで声を出す。

「声です」
迷いなく、彼はそう言った。
なんか、そんな気はしたけども。

「声フェチなんですか?」
「はい」
きっぱりした回答。爽やかな笑顔。

質問の内容と、回答の内容の全く合っていない、その爽やかさ。

「最初はあなたの声が。けれど、その後の対応のテキパキした感じや、納得のいく説明を聞いていて、どんな方なんだろうと思っていました。まあ、もともと、 若干声フェチ気味だったんですけどね」

若干?若干って!?
声だけじゃないですよ、とはにかまれてもね!?

結衣はこんなことになった、ここ数ヶ月の出来事を思い返していた。

    


「高槻さん、社員希望だったよね」
定例の期初の面談。

高槻結衣たかつき ゆいは上司に頷いた。
「そうですね」

身長は平均くらいだろうか158センチほど。
どちらかと言うと童顔の柔らかい頬のラインに大きな瞳とサラリとしたロングの髪。

この保険会社に勤め始めてからは2年になる。みらい海上保険株式会社という損害保険会社に勤めている。

今の結衣の立場は契約社員だけれど、正社員になれれば言うことはない。そもそも仕事内容は、正社員と変わらない内容の業務をしているのだ。

現在結衣は傷害保険というケガを補償する保険の査定と呼ばれる、支払い業務を担当していた。
査定というのは実際に事故が発生した際、契約者にお金を支払う専門の部署だ。

それなりに大変な部署ではあるが、お礼を言われることも多く、やりがいはあると思っていた。
困っている人を助けているという実感もある。

上司が書類から顔を上げた。
「社員……なれるけど、今はSVでお願いするかな」

ん?エスブイ?
「優秀なSVは少なくて。君ならなれるんじゃないかと思って、推薦しといた」

えっと、えすぶい、とはー……
「スーパーバイザーだよ」

それ、コルセンじゃん!

保険会社におけるコールセンター、それは時間勝負と言われている。
事故でパニックを起こしたお客様をなだめ、車両移動の手配をし、対応するサービス課に連絡をする。

場合によっては救急車や警察も手配する。
サービス課がすぐ契約者に連絡してくれれば良いが、サービス課もありとあらゆる仕事をしており、後回しになってしまうと怒り狂った契約者から電話が来ない!と鬼のようなクレームになると聞いたことがある。

たとえサービス課のミスでも、お詫びするのはコールセンターだ。
保険会社のある意味、最前線。

「SVが直接コール取るわけじゃないからね」
「でも、怒り狂って電話してきてる方が更にヒートアップしてて、上司出せやぁ、こるぁ! とか言ってるところに出る訳ですよね?」
「そうとも言うかな。でも、君なら大丈夫だから」

だから!根拠は⁉︎
「でも私、未経験ですよ⁉︎」
「だって、今でも難しい案件とか交渉してるし、基本的に電話のやり取りなのは変わらないし、未経験と言っても保険ってものは理解してるでしょう。これで新たに人を社員として入れる方がリスクなんだよね。会社としては。それに君はお客様からもお褒めの言葉とか頂いてるでしょ」
にこにこと上司にそう言われる結衣だ。

高槻さん……と上司は真顔になる。
「黙っていたけど、君クラスだと年収が100万くらい変わる」
「マジすか……」
結衣は安い給料でこき使われていたのかと思うと、目の前が黄昏たそがれてくる。

「やりましょう。そのSV」
キリッと結衣は上司に返す。
年収プラス100万に釣られた訳じゃない……多分……。
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