遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました

如月 そら

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20.スライディング土下座

スライディング土下座②

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「うん。あ、千智さん、コンビニに寄りたいわ。明日のパンを切らしてたのを忘れてた」
「ご飯を炊くか?」

 パンがなければご飯を食べればいいのに……?
 ふとそんな言葉が思い浮かんで、亜由美は首を横に振る。

「それでもいいんだけど、それなら海苔がほしいの。やっぱり寄りたい。アイスも買いましょう」
「了解。運転手さんすみません、駅前のコンビニにお願いします」

 普段より少しご機嫌な亜由美と鷹條はコンビニ前でタクシーを降りて、買い物をする。荷物を持ってくれる手とは逆の手を繋いで家路についた。

「結婚式、なんだかすごく楽しみ」
「好きなようにしていいからな」
「うん。でも相談には乗ってね」
「分かった」

「あとね、千智さんの礼服姿が一番楽しみなの。今日、久木さんに言われて気が付いたの。確かにそうよね。千智さんは制服なのね。すっごく見たい!」

「俺は亜由美のドレス姿を楽しみにしているのに」
 ふふっと笑って亜由美が鷹條の顔を覗き込むと、鷹條が急に表情を引き締めた。

「千智さん?」
 鷹條がぎゅっと強く亜由美の手を握る。
 マンションに向かう道の途中で、亜由美の手を強く引いて横道に入った。

「千智さん……」
「しー、静かに。尾けられてる」

 ストーカーはもう捕まったはずだった。それでもあの時の恐怖を思い出して、亜由美の身体がこわばる。
「大丈夫」

 側にいる鷹條の声が頼りだった。声を出さないように飲み込んで、亜由美はどきどきと早鐘を打つ胸を落ち着かせるためにゆっくりと呼吸する。

 鷹條は亜由美の顔を覗き込んで、一瞬だけにこりと笑うと、また表情を引き締めて横道の前で足を止めているらしい不審者の様子を伺う。

 ──こんな時に思うことじゃないのは分かっているんだけど……か、カッコいい!

 鷹條は完全に警護モードになっているようで、側でそんな姿を見たことのない亜由美は別の意味でどきどきしてきてしまった。

「亜由美、ここでじっとしてて」
 緊張感のある鷹條の声にこくこくと亜由美は頷く。妙に現実感がないようにも感じた。

 さっと横道から出た鷹條は気づいたら不審者の腕を軽く抑えていた。
「誰だ? どうして尾けてる?」

 建物の陰から亜由美はそっと覗く。鷹條が抑えている男性の姿に見覚えがある。
「あれ? お父さん!」
「え?」

「怪しいものじゃないです……」
 海外にいるはずの亜由美の父が鷹條にがっしりと腕を抑えつけられていた。


「大変に申し訳ございませんでした」
 杉原家のリビングで鷹條は今にも土下座せんばかりの勢いで頭を下げている。
「いやいや、君本当に強いねぇ……」

 先程掴まれた腕を見ながら父は感心したようにそう漏らしていた。

 まさか、初対面で婚約者の父の腕を捻りあげることになるとは思っていなかっただろう鷹條は恐縮しまくっている。

 それでも鷹條の仕事をしている時の姿に少しだけ触れられたようで、亜由美は嬉しい気持ちになったのはもちろん内緒だ。

「私は安心したわよ。亜由美ちゃんからは聞いていたけど、しっかり護ってくれそうじゃない」
 母はお茶を煎れながら、ねぇ? と亜由美に首を傾げる。亜由美も頷いた。

(帰ってくるって言ってくれたら驚かなかったのに!)

 ほんの可愛いイタズラ心だったのかもしれないが、仕事柄、鷹條には冗談にならなくても仕方ない。

「本当に申し訳ありません。もし、どこかに痛みなどがあればすぐ言って下さい」
 真面目に鷹條が頭を下げるのに、父も頭を下げる。

「いや、君から見たらこっちが不審だったことは間違いないしね。驚かせてすまなかったよ。それにけがをしないようにしてくれていただろう?」

「はい。そうですが、大丈夫でしたか?」
 心配そうに見る鷹條に父は元気に腕をぐりんぐりんして見せた。

「うん。全く大丈夫」
 普段動揺することのない鷹條がかなり動揺しているようすに、亜由美はなんだか気の毒になってくる。
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