遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました

如月 そら

文字の大きさ
上 下
51 / 83
13.正常性バイアス

正常性バイアス②

しおりを挟む
 不躾なほど見つめてしまっていたことに気づいて、亜由美は慌てて頭を下げる。
「申し訳ありません。とても綺麗な方だったので……」

「ふふ。それはありがとう」
 言われ慣れているのかさらりと返された。

(千智さんが嫉妬? そんなことはあり得ないと思うけど)

 そう思ってちらっと鷹條の方を見ると少しだけ不機嫌な表情だ。戸惑ったけれど、ちょっとだけ嬉しくなってしまった亜由美だった。

 するとその亜由美に気づいた鷹條にきゅっと頬をつままれる。
「嬉しそうにするな」
「だって……」

「仲が良いのは分かったから、他でやってくれ」
 あきれたような声に、二人ですみませんと頭を俯かせた。

 会議室のような場所に二人は通された。広見は亜由美に名刺を手渡して柔らかい笑顔を向ける。

「杉原さん、まずは勇気を出してきてくださってありがとう」
 その一言で亜由美は一気に気持ちがふわりと解けたのが分かった。

「詳細をお伺いする前に現状についてお話ししてもいいかな?」
「はい」

 テーブルの上に手帳を置いて、広見は口を開いた。
「ストーカーの定義として恋愛その他の好意を持って付きまとい等の行為をすることを指す」

 そう言って、広見は亜由美にリーフレットを手渡す。警察が啓蒙活動のために発行しているものだ。

 亜由美はそれをそっと手に取った。
 ストーカー被害に遭われたみなさんへ、と書かれてある。見やすいようポップに色分けしてあった。

「後を尾けるということだけではなくて、こういった手紙を連続して送りつけてくることや、盗撮などの監視していると伝える行為も含まれる」

 改めて説明されてあの手紙をポストに入れられていたのが、ストーカー行為だったのだと知って亜由美は血の気が引く思いだった。

「正直、警察はこの手のことに関しては後手に回ってしまっていたので、今は専門チームの『人身安全対策課』というのを立ち上げているんだ。こういった所轄では生活安全課が対応している」

 亜由美の表情を見ながら、広見は優しく説明してくれる。
「被害者にどの程度危険が及んでいるかは、正直なところ我々でも判断しようがない。それがストーカー案件の難しいところでね」

 綺麗な瞳を伏せて、広見は憂いた顔をする。そして顔を上げると亜由美を真っすぐに見返した。

「ただ一つだけ言えることがある。ストーカーに限らず犯罪の芽というものはできる限り早めに潰してしまった方がいい」

 そのキッパリとした態度はそれまでの柔らかい雰囲気とは全く違って、この人はやはり警察官なんだと亜由美に思わせるようなものだった。

「できる限り早めに……」
 隣にいた鷹條はそれまで黙っていたけれど、口を開く。

「人というのはどんどんたがが外れていくんだ。最初はこれくらいは大丈夫と思ってしている行為が他から咎められないことによって、許されていると勘違いしてどんどんエスカレートしてゆく」

 こくりと広見も頷いた。
「特にこの手の事案は思いもかけないスピードで進展してしまうことがある。外から見えている部分はほんの一部なんだ。加害者の心の中ではどういう形で気持ちが動いているか測れない」

「だから、なるべく早くというのもあるんですね?」

「そう。もしかしたら、この写真をポストに入れるまでに、もっとずっと長いこと杉原さんを監視していて、満を持して自分の気持ちをぶつけるためにポストに投函したことも否定できない」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

私を溺愛してくれたのは同期の御曹司でした

日下奈緒
恋愛
課長としてキャリアを積む恭香。 若い恋人とラブラブだったが、その恋人に捨てられた。 40歳までには結婚したい! 婚活を決意した恭香を口説き始めたのは、同期で仲のいい柊真だった。 今更あいつに口説かれても……

警察官は今日も宴会ではっちゃける

饕餮
恋愛
居酒屋に勤める私に降りかかった災難。普段はとても真面目なのに、酔うと変態になる警察官に絡まれることだった。 そんな彼に告白されて――。 居酒屋の店員と捜査一課の警察官の、とある日常を切り取った恋になるかも知れない(?)お話。 ★下品な言葉が出てきます。苦手な方はご注意ください。 ★この物語はフィクションです。実在の団体及び登場人物とは一切関係ありません。

英国紳士の熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです

坂合奏
恋愛
「I love much more than you think(君が思っているよりは、愛しているよ)」  祖母の策略によって、冷徹上司であるイギリス人のジャン・ブラウンと婚約することになってしまった、二十八歳の清水萌衣。  こんな男と結婚してしまったら、この先人生お先真っ暗だと思いきや、意外にもジャンは恋人に甘々の男で……。  あまりの熱い抱擁に、今にも腰が砕けそうです。   ※物語の都合で軽い性描写が2~3ページほどあります。

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

処理中です...