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9.善処します

善処します④

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 ──いい大人なのにっ!
「違うのよ、杉原さん! 本当に偶然だからっ」
「偶然? 柱の後ろで……?」

 慌てて言い訳を始める奥村を亜由美はじっと見つめた。

「んー、えーと……多分?」
 側にいた鷹條は苦笑して髪をかきあげた。そして真っすぐ課のメンバー達を見すえる。

「亜由美が皆さんに可愛がられていることは本当によく分かった。初めまして。杉原さんとお付き合いしてます。鷹條です」

 そう言って、柔らかく亜由美の肩を引き寄せる。
 寄り添う美男美女にその場で軽いため息が漏れた。

「すっご……お似合い……」
 嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちとごっちゃになって、亜由美は何も言えなくなってしまった。

 その後、二人で最寄りの駅まで一緒に帰り、鷹條の友人のバーに向かう。
 看板もひっそりと目立たないようなそのバーは表通りから一本中に入った路地にあった。

 黒塀にそっと貼られているシルバーのプレートにライトが当たっていて、それでようやく店舗なのかな? と分かる程度だ。
 開いているのかいないのかも分からない店のドアを遠慮なく鷹條は開いた。

「いいの?」
「大丈夫。時間的には開いてるはずだ」

 その言葉通り、店の中にいた男性は店の中に入ってきた鷹條に「いらっしゃいませ」と笑顔を向けた。

 外観も黒の壁を使用していて落ち着いた雰囲気だったが、中もモノトーンのインテリアと間接照明で落ち着いた雰囲気だ。

 カウンターに背の高い椅子が見えるのはいかにもバーらしいが、その椅子が黒の革張りで店の雰囲気を落ち着かせて見せている。

 カウンターの正面にはバーらしく、たくさんのお酒の瓶がまるでインテリアのように綺麗に並べられている。

 店内の間接照明も柔らかい。店内は意外と暗すぎず鷹條の表情まで見えるので安心できる雰囲気だった。
 スタイリッシュでなおかつ落ち着いた、良いお店だ。

「素敵なお店」
「ありがとうございます」
 思わず声が出てしまった亜由美に、カウンターの向こうの彼が嬉しそうににこりと笑う。
 とても綺麗な人だった。

 鷹條は端正できりりとした雰囲気の持ち主だが、彼は柔らかい雰囲気の持ち主で綺麗と表現するのがピッタリな人だ。

「鷹條さんが寄って下さったのも嬉しいけど、もしかして彼女さんですか?」
 カウンターの中から話しかける彼は鷹條とさほど年齢は変わらないように見える。むしろもう少し若いかもしれない。亜由美より少し上くらいだろう。

「そう。亜由美、友人の朝倉あさくら
「亜由美さん、朝倉といいます」

 そう言って朝倉は名刺を差し出してくれた。
 黒地にシルバーで印字してあるのがお店の雰囲気にもマッチしていた。

『Clair de lune』と店の名前が書かれてある。
「クレ……?」

「クレアドルーンでいいですよ。フランス語で月の光という意味です」

 どうぞと朝倉にカウンターを手で示されて、端の方に二人で座る。

 椅子の背が高いから座り心地はあまり良くないかと思ったら、少し大きめの椅子のせいか、思いの外ゆったりとしている。
 鷹條がこの店を勧めてくれたのも納得だ。

「とても綺麗な人ですね。亜由美さん、鷹條さんは友人と言ってくださったけれど、正式には恩人なんですよ」
「やめろ……」

 言葉は強いけれど、その表情には照れがある。だから、やめろと言われた朝倉も笑っていた。

 そんな二人の様子を見て亜由美は微笑ましくなる。
 鷹條の表情から亜由美は、察するものがあった。


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