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4.公僕
公僕③
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順当というよりも、二十代後半での警部補はキャリアを除いては出世は早い方だろう。
官舎は一棟まるまる借り上げている建物で、官舎に住んでいるのは所轄が違ってもみんな警察官ということになる。
少し古いマンションのような外観の官舎の2DKが今の鷹條の住まいだった。
一人暮らしには十分な広さがある。
勤務先は電車で一本で二駅。鷹條ならジョギング替わりに走ってでも行ける距離で、立地のよさは折り紙付きだ。
玄関にバッグを置いて、スーツを脱いで簡単に手入れする。
そして、シャツをクリーニングの袋に投げ込んだらシャワーだ。シャワーを浴びたら、やっと気分がすっきりするのもいつものことだ。
宿直室にも一応シャワーの完備はされているが、やはり自宅の方が落ち着くので鷹條は自宅に帰ってきてから浴びることにしていた。
軽く仮眠をとり、着替えをして出勤する。
この日は警備業務担当ではなかったので、庁舎で事務作業をして帰宅した。
そして、まさか帰りにもその女性に遭遇するなどとは全く予想もしていなかった。
最初、鷹條は朝の彼女だとは気づかなかったのだ。
駅を出て、コンビニで買い物でもしようかと思ったところ、女性が急に何かに足を取られたように転倒した。
しばらく見ていたら、ヒールの踵が溝にはまってしまったようで、女性は一所懸命に抜こうとしている。
周りにいた誰もがチラチラと見ているけれど、助けようとはしないので、やむなく鷹條は声をかけたのだ。
半泣きで潤んだような瞳で見られてやっと朝の彼女だと気づいた。
──しっかりものに見えるが、少しおっちょこちょいなのだろうか?
どんなふうにはまったものなのか、ヒールは溝にしっかりと挟まっている。
軽く引いたくらいでは取ることはできなかった。挟まった上に引っかかっているようだ。
その間、足を地面に置かせているのも忍びない気がして、自分の膝に置いてもらおうとしたのだが、スーツが汚れるから、と彼女は遠慮していた。
相手のことを思いやれる人のようだ。
まあそれもそうかと思い直し、地面にハンカチを引いたのだが、その瞬間『痛い!』という声が聞こえたのだ。
確かにこれほどヒールが引っかかって転倒したのでは、捻った可能性も否定はできない。
このまま彼女を放っておくことはできなくて、香坂のいる病院まで連れて行った。
幸い香坂は勤務中だったので、診てもらうことができた。
治療が終わったあと、本当は杉原のことは家族に後を託して帰ろうかとも思っていたのだ。
けれど、家族は?と聞いた彼女の反応が微妙だったので訳ありなのだと判断した。
職業がら、不幸なことで身内を失うケースを鷹條は多く見ている。
杉原と名乗った彼女は確かにとてもしっかりして見える。それはしっかりせざるを得ないような環境にあるからなのかもしれなかった。
とてもしっかりしていて、大人びた雰囲気の杉原。
けれど時々見せる頼りなさや、そそっかしさが見た目とのギャップを感じて、それが鷹條にはとても愛らしく感じる。
それに見た目ならば、その大人っぽく整った雰囲気は鷹條の好みでもあったのだ。
──かと言ってナンパできる立場ではないしな。
公僕である鷹條の立場は微妙だ。
治療を終えた帰り際、鷹條は香坂に腕を引かれたのである。
「なんだ?」
「彼女、すごく可愛い。それにとても素直で、美人だし好みだ」
なぜそんなことを俺に言うんだ?
「誘っていいか?」
「ダメだ」
反射的にそう口にしていた。香坂は口の端をにっと引き上げていた。
「ふぅん? それはなぜ? 彼女が既婚者でもなくて、彼氏もいなくてフリーだったら、別に誰がアプローチしてもいいんじゃないか?」
官舎は一棟まるまる借り上げている建物で、官舎に住んでいるのは所轄が違ってもみんな警察官ということになる。
少し古いマンションのような外観の官舎の2DKが今の鷹條の住まいだった。
一人暮らしには十分な広さがある。
勤務先は電車で一本で二駅。鷹條ならジョギング替わりに走ってでも行ける距離で、立地のよさは折り紙付きだ。
玄関にバッグを置いて、スーツを脱いで簡単に手入れする。
そして、シャツをクリーニングの袋に投げ込んだらシャワーだ。シャワーを浴びたら、やっと気分がすっきりするのもいつものことだ。
宿直室にも一応シャワーの完備はされているが、やはり自宅の方が落ち着くので鷹條は自宅に帰ってきてから浴びることにしていた。
軽く仮眠をとり、着替えをして出勤する。
この日は警備業務担当ではなかったので、庁舎で事務作業をして帰宅した。
そして、まさか帰りにもその女性に遭遇するなどとは全く予想もしていなかった。
最初、鷹條は朝の彼女だとは気づかなかったのだ。
駅を出て、コンビニで買い物でもしようかと思ったところ、女性が急に何かに足を取られたように転倒した。
しばらく見ていたら、ヒールの踵が溝にはまってしまったようで、女性は一所懸命に抜こうとしている。
周りにいた誰もがチラチラと見ているけれど、助けようとはしないので、やむなく鷹條は声をかけたのだ。
半泣きで潤んだような瞳で見られてやっと朝の彼女だと気づいた。
──しっかりものに見えるが、少しおっちょこちょいなのだろうか?
どんなふうにはまったものなのか、ヒールは溝にしっかりと挟まっている。
軽く引いたくらいでは取ることはできなかった。挟まった上に引っかかっているようだ。
その間、足を地面に置かせているのも忍びない気がして、自分の膝に置いてもらおうとしたのだが、スーツが汚れるから、と彼女は遠慮していた。
相手のことを思いやれる人のようだ。
まあそれもそうかと思い直し、地面にハンカチを引いたのだが、その瞬間『痛い!』という声が聞こえたのだ。
確かにこれほどヒールが引っかかって転倒したのでは、捻った可能性も否定はできない。
このまま彼女を放っておくことはできなくて、香坂のいる病院まで連れて行った。
幸い香坂は勤務中だったので、診てもらうことができた。
治療が終わったあと、本当は杉原のことは家族に後を託して帰ろうかとも思っていたのだ。
けれど、家族は?と聞いた彼女の反応が微妙だったので訳ありなのだと判断した。
職業がら、不幸なことで身内を失うケースを鷹條は多く見ている。
杉原と名乗った彼女は確かにとてもしっかりして見える。それはしっかりせざるを得ないような環境にあるからなのかもしれなかった。
とてもしっかりしていて、大人びた雰囲気の杉原。
けれど時々見せる頼りなさや、そそっかしさが見た目とのギャップを感じて、それが鷹條にはとても愛らしく感じる。
それに見た目ならば、その大人っぽく整った雰囲気は鷹條の好みでもあったのだ。
──かと言ってナンパできる立場ではないしな。
公僕である鷹條の立場は微妙だ。
治療を終えた帰り際、鷹條は香坂に腕を引かれたのである。
「なんだ?」
「彼女、すごく可愛い。それにとても素直で、美人だし好みだ」
なぜそんなことを俺に言うんだ?
「誘っていいか?」
「ダメだ」
反射的にそう口にしていた。香坂は口の端をにっと引き上げていた。
「ふぅん? それはなぜ? 彼女が既婚者でもなくて、彼氏もいなくてフリーだったら、別に誰がアプローチしてもいいんじゃないか?」
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