遅刻しそうな時にぶつかるのは運命の人かと思っていました

如月 そら

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4.公僕

公僕②

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 それはその日の運次第だ。
 運、ということで言えば昨日はついていなかったのだとしか思えない。

 委員会が長引いたことで、当然のことだが鷹條が警護する内閣官房長官も足止めをくらい、無事に自宅へと送り届けて報告書を完成させたところで、夜が明けていたという次第である。

 他の官公庁のことは知らないが、とにかく警察事務は紙で処理される。

 ペーパーレスと言われて久しいはずなのだが、未だに報告書、会議資料、すべては紙ベースに押印が基本なのだ。

 仕事だけではなく、この事務作業は疲労を増幅させる効果があるんじゃないかと鷹條は疑っている。

 しかし警察はいわゆるお役所なのだ。この紙での事務作業がなければ進まない。

 書類の作成が終わり、必要な押印をもらって、さらにそれを上司にまわしたところで鷹條の疲れはピークに達していた。


 帰り道、鷹條は寝不足と疲れで不機嫌だった。
 そんな中、鷹條の目の前で自宅の最寄駅で綺麗な女性に因縁をつけている男がいたのだ。

 男の真後ろにいた鷹條には女性がわざとぶつかったというより、男がぶつかりに行ったようにしか見えなかった。

 男に絡まれていたのは、すらりとしていて美人な女性だ。男はぶつかっただのなんだのと言っている。
 彼女が綺麗な人だから絡みたかっただけなのだとしか思えない。

「……ったく」
 アプローチするにも他に方法があるだろうし、彼女はとても怯えていた。

 さすがに鷹篠としては、このまま放っておくことはできなかった。

「わざとじゃないですよね?」
 そう声をかける。

 いくら男が彼女の方からぶつかったのだと主張しても、事実は違う。おそらく駅の防犯カメラで見ても分かるだろう。

「俺はあなたの後ろにいたんですよ。ぶつかったのも見ていたが、彼女はわざとじゃなかった。どうしてもと言うのなら駅構内にも防犯カメラはあるはずだから、一緒に駅員のところに行きましょう」

 鷹條がそう言うと、男は自分が後ろめたいことが分かっているのか、やけに引き際が早かった。

 女性には名前を尋ねられたけれど、そんなことくらいで名乗ろうとも思わない。

 それよりも、とにかく早く帰って寝たい……というか身体を休めたい、と言うのが鷹條の本音だった。 

 立場的にお礼を受け取るわけにもいかない。彼女がお礼を、というのを断って足早にその場を去る。
 

 鷹條は今、官舎で一人暮らししていた。

 警察官は採用されるとまず警察学校に入学する。大学卒業の場合その期間は六か月で、全寮制の共同生活をして警察官に必要とされる基本的な知識や技術、体力を身につけることになる。

 警察学校を卒業した後は、交番勤務だ。
 そこで住民との接し方や簡単な案件の処理、書類の作成など現場仕事に触れる。

 交番勤務ののち所轄と呼ばれる警察署に配属されて試験や実績、実力に応じてキャリアアップしてゆくこととなる。

 配属が決まった後も、新人警察官は所轄の敷地内にある寮でまた共同生活だ。
 昇進すれば、寮を出ることを許可されるがそれでもどこに住んでもいいというわけでもない。

 鷹條の今の階級は警部補で、業務としては上司である係長を補佐したり、巡査・巡査部長の指導監督を行う立場にある。警部補に昇進した時、鷹篠は寮を出た。

 警部補となると班長クラスになり、寮にいられても部下がくつろげないのではないかと考えたのだ。
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