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3.乗りかかった船?
乗りかかった船?①
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「ありが……」
タクシーに乗せてもらってお礼を言おうとしたその時だ。彼が車に乗り込んできた。
「港南病院まで」
彼はそうタクシーの運転手に行き先を告げる。
「え……」
「乗りかかった船だ。それとも、どこか時間外の空いている病院でかかりつけがあるか?」
尋ねられて亜由美は首を横に振った。
自慢ではないが身体は丈夫な方なのだ。ここ数年病院のお世話になったことはない。時間外のかかりつけ医なんてもちろんない。
「ここなら俺の知り合いがいるから融通が利く。悪いことにはならないはずだ」
「何から何まで……すみません」
「大丈夫だから」
彼は低い声で優しく亜由美に言う。彼の声はとても力強くて亜由美は安心できた。
タクシーで病院へ向かっている間も亜由美はどうすればいいか分からず、ずっと俯くばかりだ。
少女漫画のような展開に憧れていたって、実際こんな風になったら一体どうしたらいいのか分からない。
彼も手持ち無沙汰なのか、窓の外をじっと見ているような気配だった。
夜の車の中、静かなのに居心地が悪くないのは彼の気配が優しいからだと亜由美は動いてゆく外の景色に目をやった。
タクシーが病院の時間外入り口に到着した後、受付をしてくると彼はタクシーを降りる。
「君は少し待っていて」
彼は運転手にも「少し待っていてもらえますか?」と丁寧に聞いていた。
「構いませんよ。メーターも倒しておくから」
「いえ、加算してもらって構いません。お時間をいただいてしまうし」
「いいよ。彼女ケガしてるんでしょ?」
通常待ち時間も料金が発生するタクシーなのに、加算しないと言ってくれる運転手や、亜由美のためにわざわざ病院まで連れてきてくれた彼に、亜由美は今日のもろもろの悲しかった出来事が洗い流されてゆくような気持ちになっていた。
「彼氏?」
タクシーの運転手にそう聞かれる。
「いえ」
「いい男だよなあ。あなたも綺麗だしお似合いなのに」
彼がいい男だというのは認める。運転手が言うのは単に顔だけのことではないだろう。
とても良く分かる。けれども、お似合いだと言われても亜由美は言葉を返すことは出来なかった。
亜由美と彼の関係を正しく表現するならば、通りすがりの親切な人、というのが間違いはないのだが、それにしても彼は本当に優しい。
病院から出てきた彼は早足でタクシーに向かってきた。運転手がすぐさまドアを開ける。ドアから彼は亜由美を覗き込んだ。
間近で見ると本当に端正な顔立ちで亜由美の胸がどきんと大きく音を立てる。
そんな場合じゃないって分かっているけれど。
「ラッキーだったな。知り合いが夜勤だ。すぐ見てくれると言ってる」
「本当ですか? ありがとうございます」
「あ……いや。ケガをしているのにラッキーはなかったな」
タクシーの会計を済ませ、彼はひょいっとまた亜由美を抱き上げた。
彼が亜由美を抱き上げるたびに、亜由美はドキドキしてしまうのに、彼は全く表情が変わらなくて平然としていた。
理由は分かっている。彼は亜由美のことをなんとも思っていないからだ。
こんな風に鼓動を高鳴らせているのはおそらく自分だけで、彼は単に親切なだけ。そう思うと妙に切ない。
タクシーに乗せてもらってお礼を言おうとしたその時だ。彼が車に乗り込んできた。
「港南病院まで」
彼はそうタクシーの運転手に行き先を告げる。
「え……」
「乗りかかった船だ。それとも、どこか時間外の空いている病院でかかりつけがあるか?」
尋ねられて亜由美は首を横に振った。
自慢ではないが身体は丈夫な方なのだ。ここ数年病院のお世話になったことはない。時間外のかかりつけ医なんてもちろんない。
「ここなら俺の知り合いがいるから融通が利く。悪いことにはならないはずだ」
「何から何まで……すみません」
「大丈夫だから」
彼は低い声で優しく亜由美に言う。彼の声はとても力強くて亜由美は安心できた。
タクシーで病院へ向かっている間も亜由美はどうすればいいか分からず、ずっと俯くばかりだ。
少女漫画のような展開に憧れていたって、実際こんな風になったら一体どうしたらいいのか分からない。
彼も手持ち無沙汰なのか、窓の外をじっと見ているような気配だった。
夜の車の中、静かなのに居心地が悪くないのは彼の気配が優しいからだと亜由美は動いてゆく外の景色に目をやった。
タクシーが病院の時間外入り口に到着した後、受付をしてくると彼はタクシーを降りる。
「君は少し待っていて」
彼は運転手にも「少し待っていてもらえますか?」と丁寧に聞いていた。
「構いませんよ。メーターも倒しておくから」
「いえ、加算してもらって構いません。お時間をいただいてしまうし」
「いいよ。彼女ケガしてるんでしょ?」
通常待ち時間も料金が発生するタクシーなのに、加算しないと言ってくれる運転手や、亜由美のためにわざわざ病院まで連れてきてくれた彼に、亜由美は今日のもろもろの悲しかった出来事が洗い流されてゆくような気持ちになっていた。
「彼氏?」
タクシーの運転手にそう聞かれる。
「いえ」
「いい男だよなあ。あなたも綺麗だしお似合いなのに」
彼がいい男だというのは認める。運転手が言うのは単に顔だけのことではないだろう。
とても良く分かる。けれども、お似合いだと言われても亜由美は言葉を返すことは出来なかった。
亜由美と彼の関係を正しく表現するならば、通りすがりの親切な人、というのが間違いはないのだが、それにしても彼は本当に優しい。
病院から出てきた彼は早足でタクシーに向かってきた。運転手がすぐさまドアを開ける。ドアから彼は亜由美を覗き込んだ。
間近で見ると本当に端正な顔立ちで亜由美の胸がどきんと大きく音を立てる。
そんな場合じゃないって分かっているけれど。
「ラッキーだったな。知り合いが夜勤だ。すぐ見てくれると言ってる」
「本当ですか? ありがとうございます」
「あ……いや。ケガをしているのにラッキーはなかったな」
タクシーの会計を済ませ、彼はひょいっとまた亜由美を抱き上げた。
彼が亜由美を抱き上げるたびに、亜由美はドキドキしてしまうのに、彼は全く表情が変わらなくて平然としていた。
理由は分かっている。彼は亜由美のことをなんとも思っていないからだ。
こんな風に鼓動を高鳴らせているのはおそらく自分だけで、彼は単に親切なだけ。そう思うと妙に切ない。
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