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14.時期と判断
時期と判断①
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「つまり時期を外すと何事も難しい、ということだ」
「真顔で言うな、震える」
最終決裁が必要な案件があると言ったら、書類を本社に持ってこいと槙野は言われて、目の前には真顔の片倉がいるのだ。
「僕は時期や判断を誤らない」
「おお、知ってるぞ」
正直、先ほどから片倉が何を言いたいのかさっぱり分からない槙野なのだ。
槙野が渡した書類も決裁箱に入れたまま、確認する気配がない。
決裁して欲しいのだが。
「ゆるふわと何かあったのか?」
「ゆるふわ……? 浅緋のことか? お前そんな風に呼んでるのか?」
「じゃあ、浅緋ちゃんって呼んでいいのかよ」
「いや呼ぶな。それでいい。人前では苗字で呼べよ」
(うざ……!)
片倉は細かいところにもよく気がつくのは本当に利点だと思うのだが、こういう神経質なところが若干ある。
槙野から見ると少し前まで、浅緋はなにやら悩んでいるように見えた。
それも大した話ではなくて『片倉が怒っているんじゃないか』とかそんなようなことだったと思う。
嫌われたらどうしようとか心配していたので、そんなことは気にしていても仕方ないとアドバイスした。
実際片倉は今まで見たことがなくらいに浅緋に入れ込んでいると槙野は知っている。
そのアドバイスをした時も浅緋にどこが響いたのかは分からないが、なにやら頑張ります!と奮い立っていたように見えたのだが。
「何だよ。上手くいってないのか?」
「そんなことはない!」
──返しが早いな。
確かに最初の方では、槙野は片倉と浅緋の関係を政略結婚だと決めつけた。
けれど冷静に考えたら、この2人には必要のないことで、きっかけは強引な遺書だったのかも知れないが、今はお互いに想いあっていることは槙野にも何となく分かる。
「まあ、最初は寝室も分けていたが、今は一緒だし、朝も一緒に作って食事してから出てくるしな。充実している」
「ふーん、それは幸せそうでいいことだな」
確かに夜は付き合いが多くなったり、仕事で遅くなることも多いので、朝を一緒に過ごすのは合理的でいいことだと槙野は思った。
「じゃあ何も問題はな……」
「いや。大きな問題がある。僕としたことが、時期を計りかねている」
「はあ……?」
てかなんの?
何か案件で時期を計りかねるようなものがあっただろうかと槙野は思い返してみたが、そんな心当たりはなかった。
「何か時期を逃しているような案件あったか?」
片倉がふっと目を伏せた。
こいつ本当に顔立ちは間違いなく整っているんだよなあ、と槙野は片倉のその端正な顔に目をやった。
眉間に皺が少し寄っていた。表情を出さない片倉としては本当に珍しいことだ。
「今までこんなに自分を不甲斐ないと思ったことはない」
「そんなことあるのか……」
片倉でさえ難しいという案件。
一体なんなのだろうか。
「フィジカルコンタクトだ」
「フィジ……なんだ⁉︎ まさかゆるふわとのことか? ヤッてないって話⁉︎」
「品のない言い方はやめてもらおうか」
片倉に冷たく睨まれるのは普段なら震え上がるんだろうが、槙野は今それどころではなかった。
「品もくそもあるか? 大体、寝室が一緒だとか、朝は一緒に食べていて充実しているとかいうから、そんなことはとっくに済ませていると思うだろう⁉︎ 片倉にしては珍しく入れ込んでいると思ったがそうでもないのか?」
片手を額にあてて片倉は、はーっと深くためいきをついた。
槙野にしてみればこんな片倉は見たことがないのだ。
「大事だよ。大事過ぎて触れるのも怖い。嫌われたらどうしようかとそんなことばかり考えてしまって。こんな風に思うことは今までなかったな」
「真顔で言うな、震える」
最終決裁が必要な案件があると言ったら、書類を本社に持ってこいと槙野は言われて、目の前には真顔の片倉がいるのだ。
「僕は時期や判断を誤らない」
「おお、知ってるぞ」
正直、先ほどから片倉が何を言いたいのかさっぱり分からない槙野なのだ。
槙野が渡した書類も決裁箱に入れたまま、確認する気配がない。
決裁して欲しいのだが。
「ゆるふわと何かあったのか?」
「ゆるふわ……? 浅緋のことか? お前そんな風に呼んでるのか?」
「じゃあ、浅緋ちゃんって呼んでいいのかよ」
「いや呼ぶな。それでいい。人前では苗字で呼べよ」
(うざ……!)
片倉は細かいところにもよく気がつくのは本当に利点だと思うのだが、こういう神経質なところが若干ある。
槙野から見ると少し前まで、浅緋はなにやら悩んでいるように見えた。
それも大した話ではなくて『片倉が怒っているんじゃないか』とかそんなようなことだったと思う。
嫌われたらどうしようとか心配していたので、そんなことは気にしていても仕方ないとアドバイスした。
実際片倉は今まで見たことがなくらいに浅緋に入れ込んでいると槙野は知っている。
そのアドバイスをした時も浅緋にどこが響いたのかは分からないが、なにやら頑張ります!と奮い立っていたように見えたのだが。
「何だよ。上手くいってないのか?」
「そんなことはない!」
──返しが早いな。
確かに最初の方では、槙野は片倉と浅緋の関係を政略結婚だと決めつけた。
けれど冷静に考えたら、この2人には必要のないことで、きっかけは強引な遺書だったのかも知れないが、今はお互いに想いあっていることは槙野にも何となく分かる。
「まあ、最初は寝室も分けていたが、今は一緒だし、朝も一緒に作って食事してから出てくるしな。充実している」
「ふーん、それは幸せそうでいいことだな」
確かに夜は付き合いが多くなったり、仕事で遅くなることも多いので、朝を一緒に過ごすのは合理的でいいことだと槙野は思った。
「じゃあ何も問題はな……」
「いや。大きな問題がある。僕としたことが、時期を計りかねている」
「はあ……?」
てかなんの?
何か案件で時期を計りかねるようなものがあっただろうかと槙野は思い返してみたが、そんな心当たりはなかった。
「何か時期を逃しているような案件あったか?」
片倉がふっと目を伏せた。
こいつ本当に顔立ちは間違いなく整っているんだよなあ、と槙野は片倉のその端正な顔に目をやった。
眉間に皺が少し寄っていた。表情を出さない片倉としては本当に珍しいことだ。
「今までこんなに自分を不甲斐ないと思ったことはない」
「そんなことあるのか……」
片倉でさえ難しいという案件。
一体なんなのだろうか。
「フィジカルコンタクトだ」
「フィジ……なんだ⁉︎ まさかゆるふわとのことか? ヤッてないって話⁉︎」
「品のない言い方はやめてもらおうか」
片倉に冷たく睨まれるのは普段なら震え上がるんだろうが、槙野は今それどころではなかった。
「品もくそもあるか? 大体、寝室が一緒だとか、朝は一緒に食べていて充実しているとかいうから、そんなことはとっくに済ませていると思うだろう⁉︎ 片倉にしては珍しく入れ込んでいると思ったがそうでもないのか?」
片手を額にあてて片倉は、はーっと深くためいきをついた。
槙野にしてみればこんな片倉は見たことがないのだ。
「大事だよ。大事過ぎて触れるのも怖い。嫌われたらどうしようかとそんなことばかり考えてしまって。こんな風に思うことは今までなかったな」
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