上 下
60 / 87
14.時期と判断

時期と判断①

しおりを挟む
「つまり時期を外すと何事も難しい、ということだ」
「真顔で言うな、震える」

 最終決裁が必要な案件があると言ったら、書類を本社に持ってこいと槙野は言われて、目の前には真顔の片倉がいるのだ。

「僕は時期や判断を誤らない」
「おお、知ってるぞ」

 正直、先ほどから片倉が何を言いたいのかさっぱり分からない槙野なのだ。

 槙野が渡した書類も決裁箱に入れたまま、確認する気配がない。
 決裁して欲しいのだが。

「ゆるふわと何かあったのか?」
「ゆるふわ……? 浅緋のことか? お前そんな風に呼んでるのか?」

「じゃあ、浅緋ちゃんって呼んでいいのかよ」
「いや呼ぶな。それでいい。人前では苗字で呼べよ」
(うざ……!)

 片倉は細かいところにもよく気がつくのは本当に利点だと思うのだが、こういう神経質なところが若干ある。

 槙野から見ると少し前まで、浅緋はなにやら悩んでいるように見えた。
 それも大した話ではなくて『片倉が怒っているんじゃないか』とかそんなようなことだったと思う。

 嫌われたらどうしようとか心配していたので、そんなことは気にしていても仕方ないとアドバイスした。

 実際片倉は今まで見たことがなくらいに浅緋に入れ込んでいると槙野は知っている。

 そのアドバイスをした時も浅緋にどこが響いたのかは分からないが、なにやら頑張ります!と奮い立っていたように見えたのだが。

「何だよ。上手くいってないのか?」
「そんなことはない!」

 ──返しが早いな。

 確かに最初の方では、槙野は片倉と浅緋の関係を政略結婚だと決めつけた。

 けれど冷静に考えたら、この2人には必要のないことで、きっかけは強引な遺書だったのかも知れないが、今はお互いに想いあっていることは槙野にも何となく分かる。

「まあ、最初は寝室も分けていたが、今は一緒だし、朝も一緒に作って食事してから出てくるしな。充実している」
「ふーん、それは幸せそうでいいことだな」

 確かに夜は付き合いが多くなったり、仕事で遅くなることも多いので、朝を一緒に過ごすのは合理的でいいことだと槙野は思った。

「じゃあ何も問題はな……」
「いや。大きな問題がある。僕としたことが、時期を計りかねている」

「はあ……?」
 てかなんの?

 何か案件で時期を計りかねるようなものがあっただろうかと槙野は思い返してみたが、そんな心当たりはなかった。

「何か時期を逃しているような案件あったか?」
 片倉がふっと目を伏せた。

 こいつ本当に顔立ちは間違いなく整っているんだよなあ、と槙野は片倉のその端正な顔に目をやった。

 眉間に皺が少し寄っていた。表情を出さない片倉としては本当に珍しいことだ。

「今までこんなに自分を不甲斐ないと思ったことはない」
「そんなことあるのか……」

 片倉でさえ難しいという案件。
 一体なんなのだろうか。

「フィジカルコンタクトだ」
「フィジ……なんだ⁉︎ まさかゆるふわとのことか? ヤッてないって話⁉︎」

「品のない言い方はやめてもらおうか」
 片倉に冷たく睨まれるのは普段なら震え上がるんだろうが、槙野は今それどころではなかった。

「品もくそもあるか? 大体、寝室が一緒だとか、朝は一緒に食べていて充実しているとかいうから、そんなことはとっくに済ませていると思うだろう⁉︎ 片倉にしては珍しく入れ込んでいると思ったがそうでもないのか?」

 片手を額にあてて片倉は、はーっと深くためいきをついた。
 槙野にしてみればこんな片倉は見たことがないのだ。

「大事だよ。大事過ぎて触れるのも怖い。嫌われたらどうしようかとそんなことばかり考えてしまって。こんな風に思うことは今までなかったな」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜

花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか? どこにいても誰といても冷静沈着。 二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司 そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは 十条コーポレーションのお嬢様 十条 月菜《じゅうじょう つきな》 真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。 「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」 「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」 しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――? 冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳 努力家妻  十条 月菜   150㎝ 24歳

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています

朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。 颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。 結婚してみると超一方的な溺愛が始まり…… 「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」 冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。 別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

お前を必ず落として見せる~俺様御曹司の執着愛

ラヴ KAZU
恋愛
まどかは同棲中の彼の浮気現場を目撃し、雨の中社長である龍斗にマンションへ誘われる。女の魅力を「試してみるか」そう言われて一夜を共にする。龍斗に頼らない妊娠したまどかに対して、契約結婚を申し出る。ある日龍斗に思いを寄せる義妹真凜は、まどかの存在を疎ましく思い、階段から突き落とす。流産と怪我で入院を余儀なくされたまどかは龍斗の側にはいられないと姿を消す。そこへ元彼の新が見違えた姿で現れる。果たして……

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

処理中です...