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10.本気で怒るとは
本気で怒るとは④
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今後がまだあるのか分からなくて、一瞬浅緋は返事を躊躇してしまったけれど、よろしくお願いします、と答えた。
渡辺に連れていかれた先は一流ホテルの車寄せで、そこには1人の男性が待っていた。
「園村様、先ほどお電話させていただきました、長野と申します」
それはとても綺麗な顔立ちの男性で、周りからとても見られているのだけれど、本人は気にしていないようだ。
「片倉は急遽対応しなければいけない案件ができたので、ギリギリになってしまうと思いますが、レセプションには一緒に行くと言っていました」
片倉が忙しいのは浅緋は分かっている。
それについても何かを言うつもりはない。
一緒に行くと言っているのだし、エスコートする意思はある、ということなのだから。
「はい」
「ではこちらへ」
長野が案内してくれたのは、セミスイートのリビングがある部屋で、着替えたりしなくてはいけない浅緋のために広い部屋を用意してくれたのだろうと思った。
相変わらず、浅緋には甘い。
部屋にはドレスが用意されていた。
さすがに今回は華やかな色というわけにはいかないという判断だろう。
色は黒だったが、すんなりとしたラインのドレスの上から、シフォン素材のAラインのブラウスを羽織るタイプのものだ。
シフォン素材は華やかさを損なわない。形もレセプションに相応しいものだ。
用意されていた黒の高めのヒールはラメが入っていて華やかで、後ろにリボンがついていて、可愛らしい。
品の良いパールのクラッチバッグが靴の箱の上に乗せられていて、浅緋はそこに必要なものを入れる。
お化粧を直そうと思ってドレッサーの前に座ると、アクセサリーまで用意されていた。
それなりのパーティであれば、浅緋がみすぼらしい格好をすることはひいては、片倉の顔を潰すことになってしまう。
浅緋にはそんなことはできない。
だから、遠慮なくアクセサリーも使わせてもらうことにしたのだ。
パールが葡萄の房のように繋がった華やかなピアスと、同じシリーズと思われるネックレス。
ドレスにもとても似合う。
バッグと揃えてあるのもとても素敵だ。
いつもだったら、こんなにセンスが良くて綺麗な格好に嬉しくなってしまうのだろうけれど、今の浅緋は気持ちのどこかが沈んでいる。
勇気を出したいのに勇気が出ない。
その時、部屋の呼び鈴が鳴った。
「はい!」
返事をした浅緋は慌ててドアを開ける。
外に立っていたのは、いつもより華やかなスーツの片倉だった。
「あ……、あの、お疲れ様です」
「浅緋さん、大丈夫でしたか?」
何がだろう?
そういえば、片倉はいつも浅緋の心配をしているような気がする。
そんなに心配だろうか……。
いや、確かにそれほどしっかりしているとはお世辞にも言えるわけではないんだけれど。
「はい。大丈夫です。ドレスもぴったりでした。アクセサリーまで、ありがとうございます」
浅緋がそう言うと、片倉は軽く目を見開く。
そうして、ふっと笑った。
「そうですか。それはよかった。とても似合っていますよ」
その嬉しそうな顔はずるくないだろうか?
朝はあんな風に黙って出てしまって、今日一日浅緋はとても心配したのに、そんな笑顔を向けられたら、どうしたらいいのか分からなくなるくらい、胸がきゅんとしてしまうのに。
どうしたら、いいんだろう。
今まで何かをしたいと自発的に思うことはなかった浅緋だ。
結婚に関しても、おそらくは父の決めた人とすることになるんだろうと漠然と思っていた。
それはそうで、否定することはできないのだけれど、父に言われたからだけではない気持ちが今、浅緋の中にあると気づいている。
槙野が言った通りなのだ。
もう、誰にも何かを指示されるようなことはない。
浅緋がしたいことをして構わないのだ。
それは逆を返せば、婚約を破棄することも構わないのだ、ということになる。
今までの経過を考えて、浅緋は一つの決意を胸に秘めていた。
渡辺に連れていかれた先は一流ホテルの車寄せで、そこには1人の男性が待っていた。
「園村様、先ほどお電話させていただきました、長野と申します」
それはとても綺麗な顔立ちの男性で、周りからとても見られているのだけれど、本人は気にしていないようだ。
「片倉は急遽対応しなければいけない案件ができたので、ギリギリになってしまうと思いますが、レセプションには一緒に行くと言っていました」
片倉が忙しいのは浅緋は分かっている。
それについても何かを言うつもりはない。
一緒に行くと言っているのだし、エスコートする意思はある、ということなのだから。
「はい」
「ではこちらへ」
長野が案内してくれたのは、セミスイートのリビングがある部屋で、着替えたりしなくてはいけない浅緋のために広い部屋を用意してくれたのだろうと思った。
相変わらず、浅緋には甘い。
部屋にはドレスが用意されていた。
さすがに今回は華やかな色というわけにはいかないという判断だろう。
色は黒だったが、すんなりとしたラインのドレスの上から、シフォン素材のAラインのブラウスを羽織るタイプのものだ。
シフォン素材は華やかさを損なわない。形もレセプションに相応しいものだ。
用意されていた黒の高めのヒールはラメが入っていて華やかで、後ろにリボンがついていて、可愛らしい。
品の良いパールのクラッチバッグが靴の箱の上に乗せられていて、浅緋はそこに必要なものを入れる。
お化粧を直そうと思ってドレッサーの前に座ると、アクセサリーまで用意されていた。
それなりのパーティであれば、浅緋がみすぼらしい格好をすることはひいては、片倉の顔を潰すことになってしまう。
浅緋にはそんなことはできない。
だから、遠慮なくアクセサリーも使わせてもらうことにしたのだ。
パールが葡萄の房のように繋がった華やかなピアスと、同じシリーズと思われるネックレス。
ドレスにもとても似合う。
バッグと揃えてあるのもとても素敵だ。
いつもだったら、こんなにセンスが良くて綺麗な格好に嬉しくなってしまうのだろうけれど、今の浅緋は気持ちのどこかが沈んでいる。
勇気を出したいのに勇気が出ない。
その時、部屋の呼び鈴が鳴った。
「はい!」
返事をした浅緋は慌ててドアを開ける。
外に立っていたのは、いつもより華やかなスーツの片倉だった。
「あ……、あの、お疲れ様です」
「浅緋さん、大丈夫でしたか?」
何がだろう?
そういえば、片倉はいつも浅緋の心配をしているような気がする。
そんなに心配だろうか……。
いや、確かにそれほどしっかりしているとはお世辞にも言えるわけではないんだけれど。
「はい。大丈夫です。ドレスもぴったりでした。アクセサリーまで、ありがとうございます」
浅緋がそう言うと、片倉は軽く目を見開く。
そうして、ふっと笑った。
「そうですか。それはよかった。とても似合っていますよ」
その嬉しそうな顔はずるくないだろうか?
朝はあんな風に黙って出てしまって、今日一日浅緋はとても心配したのに、そんな笑顔を向けられたら、どうしたらいいのか分からなくなるくらい、胸がきゅんとしてしまうのに。
どうしたら、いいんだろう。
今まで何かをしたいと自発的に思うことはなかった浅緋だ。
結婚に関しても、おそらくは父の決めた人とすることになるんだろうと漠然と思っていた。
それはそうで、否定することはできないのだけれど、父に言われたからだけではない気持ちが今、浅緋の中にあると気づいている。
槙野が言った通りなのだ。
もう、誰にも何かを指示されるようなことはない。
浅緋がしたいことをして構わないのだ。
それは逆を返せば、婚約を破棄することも構わないのだ、ということになる。
今までの経過を考えて、浅緋は一つの決意を胸に秘めていた。
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