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11.桜の木の下で

桜の木の下で⑥

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「僕が嫌なら諦める、と言ってくださっていました。園村さんは選択する余地を僕に下さっていた」

 そんな経緯があったなんて、浅緋は全く知らない。
 父らしく、父が勝手に決めて片倉はやむなくそれに従っているのだろうと思っていた。

 包み込まれている手がとても温かくて、浅緋を覗き込む顔がとても真剣で、真っ直ぐな気持ちが浅緋に自然に流れ込んでくる。

「浅緋さん、僕はその時あなたがほしい、と思ったんです。会社のこととは関係なく。この桜の下で見せていた屈託のない笑顔を僕に向けてくれないかと思っていた」

「え……あの? そんなことが……」
「あなたは僕と初めて会ったのが、ご自宅にお伺いした時だと思っていますね?」

「ええ」
「もっと前に出会っているんです。その時にはすでに僕はあなたをお慕いしていましたよ」

 少しだけ得意げな、それでいて口元は嬉しそうに微笑んでいて、とろけそうな表情を浮かべる片倉に、浅緋は戸惑うばかりだった。

「あの、私政略結婚なのかと……」
「浅緋さん、冷静に考えて?」
 苦笑している片倉が、浅緋に柔らかく首を傾げる。

「園村ホールディングスはおそらくあのままでもなんとかなりましたよ。大きな企業ですから。それに僕に政略結婚は必要ありません。自分で充分やっていける。お飾りの妻も僕にはいりません。園村さんの余計なお節介だったんですよ」

 片倉には園村が『バレたか! でも上手くいったんだから良かっただろう!』と笑う姿が見えたような気がした。

「お父様ってば……」
──では、政略結婚ではなかった?
 父の父らしいお節介だったと?
 そして、片倉は浅緋に浅緋が想うよりもっと早くから想いを寄せてくれていた?
 そう思うと浅緋の瞳が少し潤んでしまう。

「浅緋さん、泣くのならどうぞ僕の胸で。あなたはもう1人で泣かなくていいんです」

 片倉は浅緋の手を離してそっと抱き寄せる。
 おずおずと遠慮がちに浅緋の手が腰に回ったのが分かった。

「泣きません」
 そう言った浅緋の身体を片倉はきゅうっと抱きしめる。

「本当? それは残念だな。ハンカチになりたかったのに」
「慎也さん……」 

「ん?」
「私に甘いです」

「それはもちろん。たくさん甘やかしたい。浅緋さんが甘えてくれたら、僕は嬉しいんです。だから甘えて?」
 片倉には胸の中の浅緋がとても愛おしい。

「あの……じゃあ、いいですか?」
 小さな声で浅緋が発したその一言を、片倉は聞き逃さなかった。

「なんでも」
 片倉の背が高いから、胸の中にいて話しかけているだけなのに上目遣いになってしまう浅緋に片倉は胸を打ち抜かれそうだ。

 どんなおねだりにも応えるつもりだった。
 浅緋はとても言いにくそうにしている。

 そんな表情も可愛い。片倉はついそのつるりとした頬に指を滑らせてしまう。

「もう、くすぐったいじゃないですか。うふふっ、これじゃうまく話せません」
「笑い顔可愛いな。もっとくすぐってもいいですか?」

「やです。もう! 子供みたいです」
 笑ってくすぐったがって身を捩る浅緋に、片倉は別の感情が芽生えそうだ。

 もちろん片倉は、浅緋のどんなおねだりも聞くつもりである。

 けれどその前に、今ここでどうしても伝えておかなければいけないことがあるのだ。


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