政略結婚かと思ったら溺愛婚でした。

如月 そら

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10.本気で怒るとは

本気で怒るとは①

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 今日、片倉がマンションを早く出たのは、浅緋の顔を見るのが怖かったからだ。
 あんなに人見知りの浅緋が、男性と同席している、と聞いただけで、腹の奥がぐわっと熱くなるような嫉妬心が芽生えた。

 片倉はそんな自分にため息をつく。
 それほどまでに激しい感情が、自分にあったのかと思うと驚いたくらいだ。

 その連絡をくれた槙野に、即座に動いてくれと頼んだ。

 それだって、早くしろと怒鳴りつけそうな気持ちを抑えながら伝えたのだ。

『犬じゃない』だのなんだのと槙野がくだらないことを言うから、嫉妬でおかしくなりそうだという本音がつい口から漏れてしまった。

 そうして、そのまま気づいたら、普段なら乗らない車の鍵を手にしていたのだ。
 渡辺に頼んで車を回してもらうような、気持ちの余裕は一切なかった。

 この2週間、片倉は浅緋と過ごして、とても幸せだったのだ。

 どうしても忙しくて、夜は時間が取れないこともあったけれど、朝ならば絶対に顔を合わせられるのではないかと思ったら、それは間違いがなかった。

 最初のうちは卵焼きをフライパンから皿に移すだけでも緊張していた浅緋は本当に可愛くて、緊張していると分かっているのに、ついじいっと見つめてしまった。

 その光景が幸せすぎて。

 焦がれていた浅緋が目の前で動いて、片倉に照れたように笑って、嬉しいと言ったりすごいと感嘆したりする。

 人見知りだと言っていたけれど、片倉には慣れようとしてくれているのも分かったし、いやむしろそれが分かるからこそ、愛おしい気持ちが大きくなったことも間違いはない。

 一緒に生活なんてしていたら、そのうち飽きるものではないかと思ったけれど、そうではなかった。
 どれだけでも、その表情を見たいと思うし、一緒に過ごしたいと思う。

 今までそんな気持ちにならなかったのは、そういう女性に出会えなかったからなんだということが、片倉にははっきりと分かった。

 大事にしたい。心からそう思える人なのだ。

 そして、自分だけのものにしたい。
 泣くのも、笑うのも、自分だけのものにしたいくらいに。

 けれど、そんなことをしたらきっと嫌われてしまうから。嫌われるなんてことは耐えられない。

 浅緋が何かをほしいと言ってくれたらなんでも買ってあげるのに、なのに浅緋はそんなことは言わない人なのだ。
 自分からは何もねだらず、あるものに感謝することのできる人。

 そんな浅緋にあんな嫉妬に狂ったような顔は見せたくなかった。

 怯えてしまうのではないか、そう思うだけで浅緋に対してはひどく臆病にもなってしまう。

 見られたくない、なんて、今まで経験したことのない感情だ。

 見られたくないから、ついきゅうっと抱きしめてしまったら、腕の中にすっぽりと収まる浅緋の華奢な体や、女性らしい柔らかさが途端に意識された。

 ずっとでも抱いていたい、と思う自分はおかしいのだろうか。

 こんなやり方はきっと良くない。

 まるで、園村の遺言を盾のようにして、浅緋を断れないような状況に追い込むことはいいことじゃない。

 なのに、浅緋はごめんなさい、と謝るから。
 違う。嫉妬でこんな風に抵抗できなくしておいて、悪いのは自分なのだ。

 だったら手放せばいいと思うのに、それこそは絶対にできない。
 愛おしくて愛おしくて仕方のない存在なのだ。

 単なる嫉妬なのに、それに対して『ごめんなさい』と謝る浅緋に謝るのは理由があるのかと思ったら、『慎也さんがそんな風に怒ることはないから……』と言う。

 怒らせたのは理由があるからなんだろう、というのが浅緋の考えなのだと思う。

 だが怒っているわけではないのだ。
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