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9.優しくて悲しいこと
優しくて悲しいこと①
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片倉が早く起きて会社に行ってしまった日、浅緋は出社してもなかなか業務に集中することができなかった。
『いってらっしゃい』と挨拶することもできなかったのだ……。
そんな落ち込んでいる様子の浅緋に気づいて、総務の池田が浅緋に声をかける。
「園村さん、お昼一緒に行きませんか?」
浅緋は少しだけ迷ったけれど、今まであまり同僚に声をかけられたことはなかったし、思い切って一緒に行くことにして
「はい」
と池田に笑顔を向けた。
池田は昨日、浅緋が槙野に連れて帰られてしまったこともあって、気にしてくれていたようだった。
「園村さん、昨日はごめんね。婚約者の片倉さんに怒られちゃった?」
「いえ……彼は怒ってはいないって言ってました」
片倉は昨日、怒っているわけではないと言って、そうして、気づいたらキスされていたのだ。
嫌じゃなかったのに、『もうしません』とはどういう意味だったのだろうか?
「仲直り、できた?」
「仲直り……あの……」
ん?と池田は優しく浅緋の顔を覗き込んでくる。
池田華は可愛らしい同僚で、いつも明るくて人の真ん中にいるような子だ。
こんな風に浅緋のことを気遣ってくれるのも、池田だからなのだと思う。
今まで交際経験のない浅緋は、友人と恋バナなどしたことはあまりない。
たまに人から聞く、その話を他人事として聞き流していただけだ。
まさか、それが自分の身に降りかかるなんて思ってもみなかった。
「相談……しても、いいですか?」
「え? 片倉さんとのこと? 私でよければ!」
池田は気軽に笑顔を向けてくれる。
「今、一緒に暮らしてるんです」
「えー? 片倉さんと? いいなあ。指輪も素敵だし、片倉さんってセレブでしょ? まあ、それは園村さんも一緒かあ……。お似合いだよね」
「お部屋にベッドがあるんです」
「うん? あるよね?」
池田ににこっとして、首を傾げられた。
違うのだ。インテリアを伝えたい訳ではない。
どうやら浅緋の説明が悪いようだ。
池田はきょとん、としていた。
「えっと……私の部屋に。それで最初の日に、ベッドの場所はここでいいの? って聞かれて。私どうやって答えたらいいか分からなくて。その時初めて気づいたんです。もしかして、普通は寝室は一緒なのかなって」
「えーと……、寝室別なの?」
こくん、と浅緋は頷く。
「片倉さんはとても優しいです。でも、距離があるような気がするんです。寝室って普通一緒なんでしょうか?」
池田はとても困った顔をしていた。
こんな質問はするべきじゃなかった、と浅緋が悔やみかけた時である。
「園村さん、私は嬉しい!」
「え?」
「園村さんは今までこんな風に、私たちに心を開いて話してくれたこととかなかったじゃない? 私たちが困った時はいつでも手を差し伸べてくれる女神のような人なのに、返せるものが何もないねってみんな、いつも言っていたんだよ」
「そんな……」
「だって、社長に直接色々言えるのは、園村さんくらいだもんねえ。だから、本当に私たち色々助けてもらっていたよ」
そんな風に思われているとは全く知らなかった浅緋である。
「だから、今園村さんが他に相談する人がいないにしても、こうやって相談してくれることが嬉しいの」
「私、困らせてしまったかと……」
『いってらっしゃい』と挨拶することもできなかったのだ……。
そんな落ち込んでいる様子の浅緋に気づいて、総務の池田が浅緋に声をかける。
「園村さん、お昼一緒に行きませんか?」
浅緋は少しだけ迷ったけれど、今まであまり同僚に声をかけられたことはなかったし、思い切って一緒に行くことにして
「はい」
と池田に笑顔を向けた。
池田は昨日、浅緋が槙野に連れて帰られてしまったこともあって、気にしてくれていたようだった。
「園村さん、昨日はごめんね。婚約者の片倉さんに怒られちゃった?」
「いえ……彼は怒ってはいないって言ってました」
片倉は昨日、怒っているわけではないと言って、そうして、気づいたらキスされていたのだ。
嫌じゃなかったのに、『もうしません』とはどういう意味だったのだろうか?
「仲直り、できた?」
「仲直り……あの……」
ん?と池田は優しく浅緋の顔を覗き込んでくる。
池田華は可愛らしい同僚で、いつも明るくて人の真ん中にいるような子だ。
こんな風に浅緋のことを気遣ってくれるのも、池田だからなのだと思う。
今まで交際経験のない浅緋は、友人と恋バナなどしたことはあまりない。
たまに人から聞く、その話を他人事として聞き流していただけだ。
まさか、それが自分の身に降りかかるなんて思ってもみなかった。
「相談……しても、いいですか?」
「え? 片倉さんとのこと? 私でよければ!」
池田は気軽に笑顔を向けてくれる。
「今、一緒に暮らしてるんです」
「えー? 片倉さんと? いいなあ。指輪も素敵だし、片倉さんってセレブでしょ? まあ、それは園村さんも一緒かあ……。お似合いだよね」
「お部屋にベッドがあるんです」
「うん? あるよね?」
池田ににこっとして、首を傾げられた。
違うのだ。インテリアを伝えたい訳ではない。
どうやら浅緋の説明が悪いようだ。
池田はきょとん、としていた。
「えっと……私の部屋に。それで最初の日に、ベッドの場所はここでいいの? って聞かれて。私どうやって答えたらいいか分からなくて。その時初めて気づいたんです。もしかして、普通は寝室は一緒なのかなって」
「えーと……、寝室別なの?」
こくん、と浅緋は頷く。
「片倉さんはとても優しいです。でも、距離があるような気がするんです。寝室って普通一緒なんでしょうか?」
池田はとても困った顔をしていた。
こんな質問はするべきじゃなかった、と浅緋が悔やみかけた時である。
「園村さん、私は嬉しい!」
「え?」
「園村さんは今までこんな風に、私たちに心を開いて話してくれたこととかなかったじゃない? 私たちが困った時はいつでも手を差し伸べてくれる女神のような人なのに、返せるものが何もないねってみんな、いつも言っていたんだよ」
「そんな……」
「だって、社長に直接色々言えるのは、園村さんくらいだもんねえ。だから、本当に私たち色々助けてもらっていたよ」
そんな風に思われているとは全く知らなかった浅緋である。
「だから、今園村さんが他に相談する人がいないにしても、こうやって相談してくれることが嬉しいの」
「私、困らせてしまったかと……」
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