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8.イヌのきもち

イヌのきもち①

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 友人でもあり、上司でもある片倉に
「飲みに行こう。時間はあるか」
と言われた時、槙野は少し嫌な予感がした。

 こういう時の槙野の勘はたいがい当たる。

 その頃の槙野はちょうど1年半かかったプロジェクトを終わらせて、出向から帰ってきたところで、どこかでプロジェクトを拾ってくるか……というような心境だった。

 仕事は好きだ。
 しかも、自分が配属されることによって、最初は暗い雰囲気だった会社の中がどんどん明るくなるのを見ていたら、やりがいしかない。
 
 それはたまには嫌な顔をされることもあるけれど、大抵、槙野を目の上のたんこぶのように思うのは、腹に一物ある人物が多いのだと分かってから、自分の存在はあぶり出しにも役立っていると思えば、嫌われても、含み笑いできるというものだ。

 槙野は経営のプロのように言われているけれど、槙野自身はそうは思っていない。

 いいところを見て、いいところを伸ばす。
 悪いところは切る。
 それだけだ。

 槙野には別に損得勘定もなければ、義理も縛りもない。
 やらなければならないことはたった一つ。依頼を受けた会社の業績をあげることなのだから。

 槙野はそれを報酬をもらってやっている。
 であれば、きちんと責任もってやるのが当然だろう。

 片倉の決めた食事の店が個室の割烹であったことには、ますます嫌な予感が当たりそうな気配を感じた槙野だ。

 お互いに仕事を終えて、片倉の車で店に向かう。
 片倉の車と言っても本人が運転するわけではなく、運転手付きの車ということだが。

 後部座席に2人並んで座っていたのだが、片倉は考え事をしているのか口を開く様子はない。
 沈黙に耐えきれず、槙野が口を開いた。

「話ってなんだ?」
「あ……うん、店に着いたらゆっくり話す」
 
 歯の奥に物が挟まったような話し方なのも片倉らしくない。
 車の外をぼんやり見るとか、むしろ病気を疑うレベルだ。

 ……いや、まさか本当にそんなことは……。

「余命はどれくらいなんだ?」
「分からないが長くはないような気がする」

 まさか本当に病気とは……。

「分からない? 病院に行ってないのか?」
「行ってるよ。けどそんなことは聞きづらいだろう」

「バカか⁉︎ そんなこと言っている場合じゃないだろう⁉︎」
 思わず、槙野の言葉が荒くなる。

「なんで、お前がそんなに真剣になるんだ?」
「だって、長くはないなんて……」
 目の前にいる片倉はとても元気そうに見えるのに、長くないなんて考えられない。

「槙野、誰が病気だと思ってる?」
「は? 片倉……?」

「あーうん、僕も誤解を招く言い方だったかも知れないな」
「え? 違うのか」
 腕を組んだ片倉が温い笑みを浮かべていた。

 他の人の事ならば落ち着いて考えられるけれど、こと片倉の件については槙野は冷静になることはできない。

 親友であり仕事上のパートナーでもあり、そして恩人でもある大事な存在なのだ。

 しかし、この様子では片倉ではないようだ。
 いつもならしっかり裏を取って、冷静に判断できるのに片倉のこととなると槙野は盲目となってしまう。
 どうやら早とちりだったようである。

「健康診断の結果は良好だったな。ジョギングも続けているし」
「健康かよ」
「健康だな」

 その答えを聞いて槙野は安心した。
「じゃあ、その余命って何なんだ?」
「うん、それについて話したいと思ったんだ」
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