上 下
12 / 87
4.黒い大型犬

黒い大型犬①

しおりを挟む
 相変わらず朝の日の光の中で見る片倉は、何と言うかとても眩しい。

 とても優しいし、浅緋が上手に目玉焼きを焼けたりすると褒めてくれたりする。
 片倉のように理知的で端正な顔立ちの人に、にこっと笑って『今日も上手にできましたね』と褒めてもらえるのはとても嬉しい。

 少しづつ生活のパターンも分かってきている。最初に言っていた通り片倉は仕事柄、夜は遅くなることがほとんどだった。

 そんな時は会社で食事を済ませてくるのか、帰りに済ませて来るのかは分からないけれど、夜は自宅で食べない。

 そして、夜がどんなに遅くても、朝は早く起きる。
 軽いジョギングをして、それから浅緋が起きて一緒に朝食をするのだ。

「片倉さん」
 2人で生活を始めて2週間ほども経った頃だろうか。
 浅緋が話しかけると、片倉からの返事がない。

「片倉さん?」
「浅緋さん、それ、やめませんか?」
 キッチンのシンクにもたれて片倉が柔らかく微笑んでいた。

「それ?」
 浅緋はなんのことだか分からない。

「片倉さん、です。結婚するのですよね? いずれは浅緋さんも片倉さんになると思うのですが」

 確かにそうだけれど。
 分かってはいた。
 頭の中で分かってはいたけれど、なかなか実感が湧かないのだ。

 しかし、片倉の言う通りではあった。
「確かに、そうですね」

「知っていますよね? 僕の名前」
 それはもちろんだ。
 こくん、と浅緋は頷く。

「呼んでみてくれませんか?」
 改めて言われると、なんだかとても恥ずかしいような気がするのだけれど、確かにこのまま苗字で呼び続けるわけにはいかない。

「慎也、さん……」
「はい」
 それだけなのに、浅緋は顔がとても熱くなってしまった。

 また、こんな赤くなってしまって本当に恥ずかしい。

「浅緋さん、もう一度呼んで?」
「え?」

「すごく嬉しいんですよ。名前を呼ばれて、浅緋さんにそう呼んで欲しかったんだなって気づきました。思ったよりも嬉しかったので、もう一度呼んでほしい」

 そんな風に言われると浅緋も恥ずかしいけれど、片倉が本当に嬉しそうなので、呼んでみようと思ったのだ。

「慎也さん」
 今度は顔を伏せないで、ちゃんと呼んだ。

 片倉はにこっと笑った。
 そうして、浅緋の頭をふわりと撫でてくれる。
「よくできました」
 褒めてもらえて嬉しい。

 けれど、これでいいのだろうか?

「そういえば、さっき呼ばれましたよね? 何か言いたいことがあったのではないんですか?」
 そうなのだ。

 呼んだところで、苗字ではなくて名前を呼んでほしいと言われてしまったので話が止まってしまったけれど、本当は浅緋は片倉に伝えたいことがあった。

「あの、私……こんなのでいいんでしょうか?」
「こんなの?」

「お食事の用意も、その……朝しかしていないですしそれも一緒にですし、ここはお洗濯もお掃除もほとんどやっていただいてしまうので、私は……」

「そういうことにしましょうという話をしませんでしたか?」
「そうなんですけど……。あまりにもお役に立てていない気がして」
 段々話しながら、浅緋は俯いてしまった。

 確かに会社で仕事はしているけれど、それもあまり役に立っているとは思えないし、今自宅にいてもやはり片倉の役に立っているとは思えなくて、こんなことでいいのだろうか、と思えてきてしまったのだ。

「役に立ちたいですか?」
「はい!」
 返事をして顔を上げると、いつものように片倉が優しく笑っている。

 そして、浅緋の手を取り、きゅっと握った。
 浅緋はとてもドキドキしてきてしまう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

【R18・完結】蜜溺愛婚 ~冷徹御曹司は努力家妻を溺愛せずにはいられない〜

花室 芽苳
恋愛
契約結婚しませんか?貴方は確かにそう言ったのに。気付けば貴方の冷たい瞳に炎が宿ってー?ねえ、これは大人の恋なんですか? どこにいても誰といても冷静沈着。 二階堂 柚瑠木《にかいどう ゆるぎ》は二階堂財閥の御曹司 そんな彼が契約結婚の相手として選んだのは 十条コーポレーションのお嬢様 十条 月菜《じゅうじょう つきな》 真面目で努力家の月菜は、そんな柚瑠木の申し出を受ける。 「契約結婚でも、私は柚瑠木さんの妻として頑張ります!」 「余計な事はしなくていい、貴女はお飾りの妻に過ぎないんですから」 しかし、挫けず頑張る月菜の姿に柚瑠木は徐々に心を動かされて――――? 冷徹御曹司 二階堂 柚瑠木 185㎝ 33歳 努力家妻  十条 月菜   150㎝ 24歳

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

冷血弁護士と契約結婚したら、極上の溺愛を注がれています

朱音ゆうひ
恋愛
恋人に浮気された果絵は、弁護士・颯斗に契約結婚を持ちかけられる。 颯斗は美男子で超ハイスペックだが、冷血弁護士と呼ばれている。 結婚してみると超一方的な溺愛が始まり…… 「俺は君のことを愛すが、愛されなくても構わない」 冷血サイコパス弁護士x健気ワーキング大人女子が契約結婚を元に両片想いになり、最終的に両想いになるストーリーです。 別サイトにも投稿しています(https://www.berrys-cafe.jp/book/n1726839)

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

お前を必ず落として見せる~俺様御曹司の執着愛

ラヴ KAZU
恋愛
まどかは同棲中の彼の浮気現場を目撃し、雨の中社長である龍斗にマンションへ誘われる。女の魅力を「試してみるか」そう言われて一夜を共にする。龍斗に頼らない妊娠したまどかに対して、契約結婚を申し出る。ある日龍斗に思いを寄せる義妹真凜は、まどかの存在を疎ましく思い、階段から突き落とす。流産と怪我で入院を余儀なくされたまどかは龍斗の側にはいられないと姿を消す。そこへ元彼の新が見違えた姿で現れる。果たして……

初色に囲われた秘書は、蜜色の秘処を暴かれる

ささゆき細雪
恋愛
樹理にはかつてひとまわり年上の婚約者がいた。けれど樹理は彼ではなく彼についてくる母親違いの弟の方に恋をしていた。 だが、高校一年生のときにとつぜん幼い頃からの婚約を破棄され、兄弟と逢うこともなくなってしまう。 あれから十年、中小企業の社長をしている父親の秘書として結婚から逃げるように働いていた樹理のもとにあらわれたのは…… 幼馴染で初恋の彼が新社長になって、専属秘書にご指名ですか!? これは、両片想いでゆるふわオフィスラブなひしょひしょばなし。 ※ムーンライトノベルズで開催された「昼と夜の勝負服企画」参加作品です。他サイトにも掲載中。 「Grand Duo * グラン・デュオ ―シューベルトは初恋花嫁を諦めない―」で当て馬だった紡の弟が今回のヒーローです(未読でもぜんぜん問題ないです)。

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

処理中です...