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おまけのお話:その2
見たことのないあなたも①
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翠咲は陽平が法廷に立つ姿を見たのは初めてだった。
左の席にいた陽平が裁判官に名前を呼ばれて返事をして、前に出る。
背筋をまっすぐに伸ばして淡々と事実を並べていくその姿が思いのほか、かっこよくて、なるほど、あのキャラもここでなら活かされる訳だ、と妙に納得したのだ。
翠咲が襲われた件は事件になり、現在はそれが裁判になっているところだ。
実を言えば翠咲は代理人を立てていた。
そもそも事件が起きたのは、偶然翠咲が担当者になってしまったからだけのことであり、他の担当者であれば、そちらに被害がいった可能性が考えられる、ということで会社で費用を出してくれて代理人を立ててもらったのだ。
陽平は可能なら自分がやりたかったと言っていたが当事者であればそれも難しい。
そんな訳で、今回は渡真利所長が翠咲の代理人になってくれている。
だから今日の公判については翠咲は傍聴人として参加しているのだ。
事件については証拠があるし、証人が何人もいるので罪をのがれることはできないが、量刑については『危害を加えるつもりはなかった』などと供述しており凶器がなかったことからも、軽くなりそうだ。
翠咲はそれで構わなかった。
逮捕されて、起訴されただけでもものすごくショックなことだろうと想像できたから。
翠咲の中ではどのような量刑であっても、異を唱えるつもりはない。
陽平にしても会社の人たちにしても、翠咲のことを守ってくれているのが良く分かっているからだ。
「これで判決も降りたし、完結ってことになるけれど、宝条さん、本当に民事の方はいいの?」
「実害はなかったですし、いいですよ」
それは陽平とも、話し合って決めたことだ。
会社は民事訴訟を起こしても構わないと言ってくれたけれど、正直、翠咲にはそこまでのこだわりはない。
陽平に民事訴訟についての、メリットやデメリットをしっかり説明してもらって、納得してそれはしないと決めた。
この件を引きずりたくなかった、ということも理由の一つだ。
陽平は引き受ければ、別件になるのでその分の稼ぎが当然に事務所に入るわけなのだけれど、翠咲がしないでおこうと思う、と言ったら、あの綺麗な顔で微笑んで、翠咲の頭を撫でてくれた。
「翠咲のしたいようで、いい。僕も正直いつまでも囚われて欲しくないよ。翠咲には僕のことを考えていて欲しい」
翠咲もその方が前向きでいい、と思ったのだ。
「渡真利所長、ありがとうございました」
法廷を出た翠咲はそう言って、渡真利にぺこりと頭を下げた。
「いや。宝条さんも慣れないことでお疲れ様だったね」
「いろいろ勉強になりました」
そこに、陽平が合流する。
「翠咲、ごめん。帰ろうと思ったんだけれど、知り合いに声をかけられてしまった。司法修習生の時の同期なんだ」
翠咲は少し前に駅からほど近い、陽平と一緒に探したマンションの方に引越しを済ませている。
「大丈夫よ。先に帰ってるね」
「うん。後で連絡する」
陽平に向かってにこりと笑った翠咲は、渡真利と陽平の2人に頭を下げて、くるりと背を向けた。
その後ろ姿を見送る陽平を、渡真利はじっと見ている。
「なんですか?」
「いや、カップルらしくなるもんなんだなぁ、と」
「はあ?」
何を言い出すのか、訳が分からない。
そんな顔をしている陽平だ。
──いやー、翠咲ちゃん以外には相変わらずの塩対応て……。
それでも、どれだけモテても事実でしか対応しない倉橋に恋人が出来て、またそれが事実のみを判断する翠咲だったのは、良かったと渡真利は思っていた。
お似合いの二人だ。
その日の夜、陽平が同期と食事をするために指定されたのはイタリアンの個室のある店だった。
関係者が集まって飲食する場合はたいていそうしている。
左の席にいた陽平が裁判官に名前を呼ばれて返事をして、前に出る。
背筋をまっすぐに伸ばして淡々と事実を並べていくその姿が思いのほか、かっこよくて、なるほど、あのキャラもここでなら活かされる訳だ、と妙に納得したのだ。
翠咲が襲われた件は事件になり、現在はそれが裁判になっているところだ。
実を言えば翠咲は代理人を立てていた。
そもそも事件が起きたのは、偶然翠咲が担当者になってしまったからだけのことであり、他の担当者であれば、そちらに被害がいった可能性が考えられる、ということで会社で費用を出してくれて代理人を立ててもらったのだ。
陽平は可能なら自分がやりたかったと言っていたが当事者であればそれも難しい。
そんな訳で、今回は渡真利所長が翠咲の代理人になってくれている。
だから今日の公判については翠咲は傍聴人として参加しているのだ。
事件については証拠があるし、証人が何人もいるので罪をのがれることはできないが、量刑については『危害を加えるつもりはなかった』などと供述しており凶器がなかったことからも、軽くなりそうだ。
翠咲はそれで構わなかった。
逮捕されて、起訴されただけでもものすごくショックなことだろうと想像できたから。
翠咲の中ではどのような量刑であっても、異を唱えるつもりはない。
陽平にしても会社の人たちにしても、翠咲のことを守ってくれているのが良く分かっているからだ。
「これで判決も降りたし、完結ってことになるけれど、宝条さん、本当に民事の方はいいの?」
「実害はなかったですし、いいですよ」
それは陽平とも、話し合って決めたことだ。
会社は民事訴訟を起こしても構わないと言ってくれたけれど、正直、翠咲にはそこまでのこだわりはない。
陽平に民事訴訟についての、メリットやデメリットをしっかり説明してもらって、納得してそれはしないと決めた。
この件を引きずりたくなかった、ということも理由の一つだ。
陽平は引き受ければ、別件になるのでその分の稼ぎが当然に事務所に入るわけなのだけれど、翠咲がしないでおこうと思う、と言ったら、あの綺麗な顔で微笑んで、翠咲の頭を撫でてくれた。
「翠咲のしたいようで、いい。僕も正直いつまでも囚われて欲しくないよ。翠咲には僕のことを考えていて欲しい」
翠咲もその方が前向きでいい、と思ったのだ。
「渡真利所長、ありがとうございました」
法廷を出た翠咲はそう言って、渡真利にぺこりと頭を下げた。
「いや。宝条さんも慣れないことでお疲れ様だったね」
「いろいろ勉強になりました」
そこに、陽平が合流する。
「翠咲、ごめん。帰ろうと思ったんだけれど、知り合いに声をかけられてしまった。司法修習生の時の同期なんだ」
翠咲は少し前に駅からほど近い、陽平と一緒に探したマンションの方に引越しを済ませている。
「大丈夫よ。先に帰ってるね」
「うん。後で連絡する」
陽平に向かってにこりと笑った翠咲は、渡真利と陽平の2人に頭を下げて、くるりと背を向けた。
その後ろ姿を見送る陽平を、渡真利はじっと見ている。
「なんですか?」
「いや、カップルらしくなるもんなんだなぁ、と」
「はあ?」
何を言い出すのか、訳が分からない。
そんな顔をしている陽平だ。
──いやー、翠咲ちゃん以外には相変わらずの塩対応て……。
それでも、どれだけモテても事実でしか対応しない倉橋に恋人が出来て、またそれが事実のみを判断する翠咲だったのは、良かったと渡真利は思っていた。
お似合いの二人だ。
その日の夜、陽平が同期と食事をするために指定されたのはイタリアンの個室のある店だった。
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