上 下
71 / 74
おまけのお話:その2

見たことのないあなたも①

しおりを挟む
翠咲は陽平が法廷に立つ姿を見たのは初めてだった。
左の席にいた陽平が裁判官に名前を呼ばれて返事をして、前に出る。

背筋をまっすぐに伸ばして淡々と事実を並べていくその姿が思いのほか、かっこよくて、なるほど、あのキャラもここでなら活かされる訳だ、と妙に納得したのだ。

翠咲が襲われた件は事件になり、現在はそれが裁判になっているところだ。

実を言えば翠咲は代理人を立てていた。
そもそも事件が起きたのは、偶然翠咲が担当者になってしまったからだけのことであり、他の担当者であれば、そちらに被害がいった可能性が考えられる、ということで会社で費用を出してくれて代理人を立ててもらったのだ。

陽平は可能なら自分がやりたかったと言っていたが当事者であればそれも難しい。

そんな訳で、今回は渡真利所長が翠咲の代理人になってくれている。

だから今日の公判については翠咲は傍聴人として参加しているのだ。

事件については証拠があるし、証人が何人もいるので罪をのがれることはできないが、量刑については『危害を加えるつもりはなかった』などと供述しており凶器がなかったことからも、軽くなりそうだ。

翠咲はそれで構わなかった。
逮捕されて、起訴されただけでもものすごくショックなことだろうと想像できたから。

翠咲の中ではどのような量刑であっても、異を唱えるつもりはない。
陽平にしても会社の人たちにしても、翠咲のことを守ってくれているのが良く分かっているからだ。

「これで判決も降りたし、完結ってことになるけれど、宝条さん、本当に民事の方はいいの?」
「実害はなかったですし、いいですよ」

それは陽平とも、話し合って決めたことだ。
会社は民事訴訟を起こしても構わないと言ってくれたけれど、正直、翠咲にはそこまでのこだわりはない。

陽平に民事訴訟についての、メリットやデメリットをしっかり説明してもらって、納得してそれはしないと決めた。

この件を引きずりたくなかった、ということも理由の一つだ。

陽平は引き受ければ、別件になるのでその分の稼ぎが当然に事務所に入るわけなのだけれど、翠咲がしないでおこうと思う、と言ったら、あの綺麗な顔で微笑んで、翠咲の頭を撫でてくれた。

「翠咲のしたいようで、いい。僕も正直いつまでも囚われて欲しくないよ。翠咲には僕のことを考えていて欲しい」
翠咲もその方が前向きでいい、と思ったのだ。



「渡真利所長、ありがとうございました」
法廷を出た翠咲はそう言って、渡真利にぺこりと頭を下げた。

「いや。宝条さんも慣れないことでお疲れ様だったね」
「いろいろ勉強になりました」

そこに、陽平が合流する。
「翠咲、ごめん。帰ろうと思ったんだけれど、知り合いに声をかけられてしまった。司法修習生の時の同期なんだ」

翠咲は少し前に駅からほど近い、陽平と一緒に探したマンションの方に引越しを済ませている。

「大丈夫よ。先に帰ってるね」
「うん。後で連絡する」

陽平に向かってにこりと笑った翠咲は、渡真利と陽平の2人に頭を下げて、くるりと背を向けた。

その後ろ姿を見送る陽平を、渡真利はじっと見ている。
「なんですか?」
「いや、カップルらしくなるもんなんだなぁ、と」

「はあ?」
何を言い出すのか、訳が分からない。
そんな顔をしている陽平だ。

──いやー、翠咲ちゃん以外には相変わらずの塩対応て……。

それでも、どれだけモテても事実でしか対応しない倉橋に恋人が出来て、またそれが事実のみを判断する翠咲だったのは、良かったと渡真利は思っていた。
お似合いの二人だ。



その日の夜、陽平が同期と食事をするために指定されたのはイタリアンの個室のある店だった。

関係者が集まって飲食する場合はたいていそうしている。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません

如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する! 【書籍化】 2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️ たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎) 🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。  けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。  さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。 そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。 「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」  真面目そうな上司だと思っていたのに︎!! ……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?  けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!? ※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨) ※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧ ※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕

隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される

永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】 「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。 しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――? 肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

ネカフェ難民してたら鬼上司に拾われました

瀬崎由美
恋愛
穂香は、付き合って一年半の彼氏である栄悟と同棲中。でも、一緒に住んでいたマンションへと帰宅すると、家の中はほぼもぬけの殻。家具や家電と共に姿を消した栄悟とは連絡が取れない。彼が持っているはずの合鍵の行方も分からないから怖いと、ビジネスホテルやネットカフェを転々とする日々。そんな穂香の事情を知ったオーナーが自宅マンションの空いている部屋に居候することを提案してくる。一緒に住むうち、怖くて仕事に厳しい完璧イケメンで近寄りがたいと思っていたオーナーがド天然なのことを知った穂香。居候しながら彼のフォローをしていくうちに、その意外性に惹かれていく。

私の婚活事情〜副社長の策に嵌まるまで〜

みかん桜(蜜柑桜)
恋愛
身長172センチ。 高身長であること以外はいたって平凡なアラサーOLの佐伯花音。 婚活アプリに登録し、積極的に動いているのに中々上手く行かない。 名前からしてもっと可愛らしい人かと…ってどういうこと? そんな人こっちから願い下げ。 −−−でもだからってこんなハイスペ男子も求めてないっ!! イケメン副社長に振り回される毎日…気が付いたときには既に副社長の手の内にいた。

羽柴弁護士の愛はいろいろと重すぎるので返品したい。

泉野あおい
恋愛
人の気持ちに重い軽いがあるなんて変だと思ってた。 でも今、確かに思ってる。 ―――この愛は、重い。 ------------------------------------------ 羽柴健人(30) 羽柴法律事務所所長 鳳凰グループ法律顧問 座右の銘『危ない橋ほど渡りたい。』 好き:柊みゆ 嫌い:褒められること × 柊 みゆ(28) 弱小飲料メーカー→鳳凰グループ・ホウオウ総務部 座右の銘『石橋は叩いて渡りたい。』 好き:走ること 苦手:羽柴健人 ------------------------------------------

ハメられ婚〜最低な元彼とでき婚しますか?〜

鳴宮鶉子
恋愛
久しぶりに会った元彼のアイツと一夜の過ちで赤ちゃんができてしまった。どうしよう……。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

処理中です...