34 / 74
7.勝ちを掴みに行く男
勝ちを掴みに行く男⑥
しおりを挟む
真田は理知的で整った顔を少しだけ笑ませて、淡々とそんなことを言う。
確かにその通りだし、主張はそこだろう。
「なるほど。次回法廷で判決を言い渡します」
たった2回の裁判で、判決が降りるなど明白だ。
──勝った。
傍聴席に後でそっと入ってきた渡真利も薄らと笑っている。
数日後、相手方弁護士の真田が渡真利のところにやってきた。
別件で打ち合わせと言っているが、先日の話をしたいのもあるのだろうと思う。
「いやー、真田くん、実にやる気のない感じだったね」
「そんなことはないですよ。僕は常に依頼人のことを考えていますから」
にっこり笑う笑顔が実に胡散臭い。
「依頼人のことを考えてアレか?」
「ええ。どう考えても最初から無理な話で。止めたんですよ僕は。それが弁護士として正しいでしょう? なのに、どうしても、というからその意向に沿っただけです。着手金も相談料もいただいていますしね。もちろん報酬も発生しますし」
「お前、あの案件、片手間のバイト、位に思っているだろう?」
渡真利の呆れた声だ。
「だから何なんです?止めましたよ。僕は。法律家のプロである僕の意見を聞かずに自分の意見を押し通したんです。それはもう、後悔はないでしょう。それに長引かせても、僕の報酬が増えるだけで、本人には何のメリットもない。ならば、あの裁判官の早めの判決は逆に温情だと思いますがね」
まさに立板に水である。
弁護士になるべくしてなった男だ。
「まあ……実際そうだ」
「それより、倉橋が少しだけ本気だったのが気になったな。こんなくだらない案件じゃなくて、いつか別のもっと熱くなるような案件で倉橋とは戦いたいなあ……」
「そんなことにはならない」
そんな弁護士同士の泥仕合いなど、倉橋は考えたくもない。
「ま、そうだな。また何かあればよろしくな」
そう言ってにこにこと真田は帰っていった。
「面白い同期だな」
「めんどくさい奴なだけです」
その後の判決は『被告は極力早く判断をすること。原告もそれについては協力すること』
履行期、つまり約款に定められている支払いの期間内に極力判断をすることが付言され
「被告側弁護人は何か言いたいことはありますか?」
と聞かれ、倉橋は
「はい」
と返事をした。
「今回は私の依頼人だけのことですが、仮に他にも契約があることが判明し、約款に違反した多重契約だということが判明したら、そもそも契約事項自体が無効になるのだということを申し伝えておきたいと思います」
それは今後ぐちゃぐちゃ言ったら、一銭ももらえないことになるからな?という倉橋の念押しだ。
「それは仮の話ですか?」
「はい」
「では弁護人は仮の話は差し控えてください。この件に関しての発言は何かありますか?」
「いいえ」
けれど、原告の男が真っ青になって血の気が失せているのを倉橋は見た。
今回の件に関係ないと裁判官は言ったが、法廷での発言は全て記録される。
今の倉橋の発言も、だ。
もう男は二度と訴える、などということはできないはずだ。
二度と宝条にも危害は加えさせない。
確かにその通りだし、主張はそこだろう。
「なるほど。次回法廷で判決を言い渡します」
たった2回の裁判で、判決が降りるなど明白だ。
──勝った。
傍聴席に後でそっと入ってきた渡真利も薄らと笑っている。
数日後、相手方弁護士の真田が渡真利のところにやってきた。
別件で打ち合わせと言っているが、先日の話をしたいのもあるのだろうと思う。
「いやー、真田くん、実にやる気のない感じだったね」
「そんなことはないですよ。僕は常に依頼人のことを考えていますから」
にっこり笑う笑顔が実に胡散臭い。
「依頼人のことを考えてアレか?」
「ええ。どう考えても最初から無理な話で。止めたんですよ僕は。それが弁護士として正しいでしょう? なのに、どうしても、というからその意向に沿っただけです。着手金も相談料もいただいていますしね。もちろん報酬も発生しますし」
「お前、あの案件、片手間のバイト、位に思っているだろう?」
渡真利の呆れた声だ。
「だから何なんです?止めましたよ。僕は。法律家のプロである僕の意見を聞かずに自分の意見を押し通したんです。それはもう、後悔はないでしょう。それに長引かせても、僕の報酬が増えるだけで、本人には何のメリットもない。ならば、あの裁判官の早めの判決は逆に温情だと思いますがね」
まさに立板に水である。
弁護士になるべくしてなった男だ。
「まあ……実際そうだ」
「それより、倉橋が少しだけ本気だったのが気になったな。こんなくだらない案件じゃなくて、いつか別のもっと熱くなるような案件で倉橋とは戦いたいなあ……」
「そんなことにはならない」
そんな弁護士同士の泥仕合いなど、倉橋は考えたくもない。
「ま、そうだな。また何かあればよろしくな」
そう言ってにこにこと真田は帰っていった。
「面白い同期だな」
「めんどくさい奴なだけです」
その後の判決は『被告は極力早く判断をすること。原告もそれについては協力すること』
履行期、つまり約款に定められている支払いの期間内に極力判断をすることが付言され
「被告側弁護人は何か言いたいことはありますか?」
と聞かれ、倉橋は
「はい」
と返事をした。
「今回は私の依頼人だけのことですが、仮に他にも契約があることが判明し、約款に違反した多重契約だということが判明したら、そもそも契約事項自体が無効になるのだということを申し伝えておきたいと思います」
それは今後ぐちゃぐちゃ言ったら、一銭ももらえないことになるからな?という倉橋の念押しだ。
「それは仮の話ですか?」
「はい」
「では弁護人は仮の話は差し控えてください。この件に関しての発言は何かありますか?」
「いいえ」
けれど、原告の男が真っ青になって血の気が失せているのを倉橋は見た。
今回の件に関係ないと裁判官は言ったが、法廷での発言は全て記録される。
今の倉橋の発言も、だ。
もう男は二度と訴える、などということはできないはずだ。
二度と宝条にも危害は加えさせない。
1
お気に入りに追加
232
あなたにおすすめの小説
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

タイプではありませんが
雪本 風香
恋愛
彼氏に振られたばかりの山下楓に告白してきた男性は同期の星野だった。
顔もいい、性格もいい星野。
だけど楓は断る。
「タイプじゃない」と。
「タイプじゃないかもしれんけどさ。少しだけ俺のことをみてよ。……な、頼むよ」
懇願する星野に、楓はしぶしぶ付き合うことにしたのだ。
星野の3カ月間の恋愛アピールに。
好きよ、好きよと言われる男性に少しずつ心を動かされる女の子の焦れったい恋愛の話です。
※体の関係は10章以降になります。
※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも投稿しています。
シンデレラは王子様と離婚することになりました。
及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・
なりませんでした!!
【現代版 シンデレラストーリー】
貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。
はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。
しかしながら、その実態は?
離婚前提の結婚生活。
果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】


甘い束縛
はるきりょう
恋愛
今日こそは言う。そう心に決め、伊達優菜は拳を握りしめた。私には時間がないのだと。もう、気づけば、歳は27を数えるほどになっていた。人並みに結婚し、子どもを産みたい。それを思えば、「若い」なんて言葉はもうすぐ使えなくなる。このあたりが潮時だった。
※小説家なろうサイト様にも載せています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる