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7.勝ちを掴みに行く男
勝ちを掴みに行く男⑤
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翠咲の表情が緩んだので、伝わったような気がして倉橋は少し安心した。
けれど、それが自分の表情に出ているなんて思いもしなくて。
「ね、今、笑いました?」
翠咲はとても先ほどまで目にいっぱい涙を浮かべていたようには思えない可愛らしい顔で、倉橋を上目遣いで覗き込んでくる。
「笑ってない」
くそ!仕事だこれは。
「えー? 笑ったように見えたのに」
「笑ってなんかない」
「笑ってたのにー」
くすくす笑う翠咲を守れるのだからよかったのだし、彼女にも安心させたい、任せてほしいという気持ちが伝わったのだから、それでよかったのだと倉橋は思った。
けれど、そんな可愛い顔でからかってくるなんて……困るんだが。
「馬鹿なことを言っていないで、資料をください」
ここからは自分の仕事なのだから。
数日後、倉橋は法廷に立つ。
いつも裁判で法廷に立つ時は独特の緊張感がある。
指定された法廷に入り、被告席に荷物を置いて準備を始めた。
訴えを起こされると弁護士は即座に『答弁書』というものを作成して、裁判所に送る。
裁判官は原告から出される訴状と被告から出される答弁書を確認した状態で、裁判を開始するのだ。
倉橋は早めに入廷したけれど、原告側は倉橋より少し遅れて入ってきた。
原告は思った通り、品のない男で、こんな場所なのにも関わらずパーカーと細身のGパンでのご登場だった。
その瞬間、裁判官の眉がそっと寄ったのを倉橋は見過ごさない。
まあ、TPOも分からないような奴だ。
被告側の弁護人である倉橋は読み上げられた訴状に相違はないか、と裁判官に尋ねられ、
「大筋では誤りないですが、肝心なところに見解の相違が発生しているかと思います」
冷笑を交えての発言だ。
「では発言をどうぞ」
そこで倉橋は淡々と保険会社側は確認さえ出来れば支払う意思があるのに、原告側がその確認に応じないのだと伝える。
相手方の弁護士は緩く笑っているだけで、真剣に訴えを通す気はないように見えた。
勝てないと分かっている表情だ。
むしろ勝つ気などない。
「つまり確認中、ということですか?」
「そうなりますね。裁判官もご存知の通り、支払う側としても漫然とした通院はそもそも約款で認められていないのです。治療が長期に渡るのであれば、厳然たる証拠がないと。今はそれを提出頂くのをお待ちしている状況です」
「では、まだ決定していないのですね」
「はい。していませんね」
ふん……と考える様子の裁判官だ。
「では被告側としては意思はあるけれど、エビデンスが出てくるのを待っている?」
「仰る通りです」
男は思った雰囲気と違ったのか、顔色が悪くなってきていた。
ちなみに男が連れている真田弁護士は倉橋の同期で、本気になれば怖い男だ。
何度も模擬裁判で戦っているから分かる。
相手方弁護士は本気ではない。
よく保険金未払い、という言葉を耳にするけれど、本当の未払いと今回のケースは全く違うのだ。
未払いは払うに足る状況にあるのに、払われないことだ。今回は支払うに足る状況にあるとは言い切れない。
「原告側、なにか反論はありますか?」
「そうですね……。一刻も早くお支払いをお願いしたい、としか」
けれど、それが自分の表情に出ているなんて思いもしなくて。
「ね、今、笑いました?」
翠咲はとても先ほどまで目にいっぱい涙を浮かべていたようには思えない可愛らしい顔で、倉橋を上目遣いで覗き込んでくる。
「笑ってない」
くそ!仕事だこれは。
「えー? 笑ったように見えたのに」
「笑ってなんかない」
「笑ってたのにー」
くすくす笑う翠咲を守れるのだからよかったのだし、彼女にも安心させたい、任せてほしいという気持ちが伝わったのだから、それでよかったのだと倉橋は思った。
けれど、そんな可愛い顔でからかってくるなんて……困るんだが。
「馬鹿なことを言っていないで、資料をください」
ここからは自分の仕事なのだから。
数日後、倉橋は法廷に立つ。
いつも裁判で法廷に立つ時は独特の緊張感がある。
指定された法廷に入り、被告席に荷物を置いて準備を始めた。
訴えを起こされると弁護士は即座に『答弁書』というものを作成して、裁判所に送る。
裁判官は原告から出される訴状と被告から出される答弁書を確認した状態で、裁判を開始するのだ。
倉橋は早めに入廷したけれど、原告側は倉橋より少し遅れて入ってきた。
原告は思った通り、品のない男で、こんな場所なのにも関わらずパーカーと細身のGパンでのご登場だった。
その瞬間、裁判官の眉がそっと寄ったのを倉橋は見過ごさない。
まあ、TPOも分からないような奴だ。
被告側の弁護人である倉橋は読み上げられた訴状に相違はないか、と裁判官に尋ねられ、
「大筋では誤りないですが、肝心なところに見解の相違が発生しているかと思います」
冷笑を交えての発言だ。
「では発言をどうぞ」
そこで倉橋は淡々と保険会社側は確認さえ出来れば支払う意思があるのに、原告側がその確認に応じないのだと伝える。
相手方の弁護士は緩く笑っているだけで、真剣に訴えを通す気はないように見えた。
勝てないと分かっている表情だ。
むしろ勝つ気などない。
「つまり確認中、ということですか?」
「そうなりますね。裁判官もご存知の通り、支払う側としても漫然とした通院はそもそも約款で認められていないのです。治療が長期に渡るのであれば、厳然たる証拠がないと。今はそれを提出頂くのをお待ちしている状況です」
「では、まだ決定していないのですね」
「はい。していませんね」
ふん……と考える様子の裁判官だ。
「では被告側としては意思はあるけれど、エビデンスが出てくるのを待っている?」
「仰る通りです」
男は思った雰囲気と違ったのか、顔色が悪くなってきていた。
ちなみに男が連れている真田弁護士は倉橋の同期で、本気になれば怖い男だ。
何度も模擬裁判で戦っているから分かる。
相手方弁護士は本気ではない。
よく保険金未払い、という言葉を耳にするけれど、本当の未払いと今回のケースは全く違うのだ。
未払いは払うに足る状況にあるのに、払われないことだ。今回は支払うに足る状況にあるとは言い切れない。
「原告側、なにか反論はありますか?」
「そうですね……。一刻も早くお支払いをお願いしたい、としか」
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