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7.勝ちを掴みに行く男

勝ちを掴みに行く男④

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空気を察して部屋を出る宝条に、その場に残った3人は何とも言えない雰囲気になる。

「んんっ……」
と咳払いした渡真利に倉橋が
「僕が行きます」
席を立った。

廊下に出るとお手洗いに向かう宝条の姿が見えたので、倉橋は後を追った。
人通りの少ない廊下で、壁にもたれて腕を組む。

正直、なぜ後を追ってしまったのか分からなかった。
ただ、追わなくては、と思ったことは間違いはない。

女性が泣く姿なんて嫌いなくせに、宝条にはあんな風に泣いてほしくない。

泣かせたくない。と言うか、自分以外に涙なんか見せてほしくない。
泣くなら自分の胸の中で泣けばいいのに、とすら思う。

洗面所から「よし!」と声が聞こえて、思わず倉橋は笑ってしまった。

それでこそ宝条だ、と思うから。
倉橋にすら折れない、負けなかった。

そんなところが好ましいと思うのだ。

お手洗いから出てきた宝条は倉橋の姿を見て、びくっとしていた。

「……っ、く、倉橋先生……」
「大丈夫か?」

「大丈夫ですよ! よくあることって課長も言っていたし。あ、案件は私は外れて、これから課長が担当になるから安心ですね!」

よし!と言って自分を元気づけてはいたものの、まだ空元気なのが倉橋にはありありと分かった。

「僕は君が担当から外れて良かったと思っている」
倉橋の口から出た、 それは本音だ。
宝条が悪くもないのに、訳の分からない奴から言葉を荒げられた罵られたりすることなど耐えられない。

「ですよね! 私じゃ心配ですよね。もう、私に関わらなくて済みますしね」

違う。
そんな風に思っている訳ではない。

もう宝条に関わりたくないとか、そういうことではなく、これからは自分が守れるとそう思ったのに。

「そうじゃない」
つい低く漏れてしまった声に、宝条がびくっとするのが分かった。

彼女はきっとまだ気持ちが不安なのだろうに、これはいけない。

言葉が少ないままでは、誤解をさせてしまうのだと分かる。
知っていたけれど、宝条には誤解されたくないと思ったのだ。

「向こうがエスカレートしてきているのは分かってた。何しでかすか分からないし、君にそんな危ないことに関わって欲しくなかった。まあ、こっちの土俵に乗ってくれたから、良かったけれど……」
宝条はきょとん、としている。

くりっとした瞳できょとんと倉橋を見てくるのは、とてつもなく可愛いんだが!

「これで今回の君の立場はあくまでサブなんだから表には出ないように。案件は法廷に持ち込まれた。ここからは僕らの出番だ。君はもう……頑張らなくていい」

「頑張らなくて……いい?」
言い方がまずいかもしれないと思い、倉橋は慌てて言い直した。

「ああ。あー、変な風に思うなよ。もう充分頑張ったって話だし、僕はそれを見てきた。それでも手を出すことは出来なかった。けど今からは違う。僕が頑張る番だと言っているんだ」

正直、倉橋はここまで自分の気持ちを伝えるために努力したことはない。

全く……彼女が鈍いのか、僕の伝え方が悪いのか。両方か……。
それでも、倉橋の努力は無駄ではなかったようだった。

倉橋が好意で守りたかった……というところまでは気づいていなくとも、悪い感情ではないということは分かってくれたようだった。

ふわと表情が緩んで、くすっ、と可愛らしい笑い声が聞こえたから。

「倉橋先生……頼りにしています。よろしくお願いいたします」
廊下で、翠咲は倉橋に頭を下げた。

「まかせなさい」
それは翠咲に安心して欲しくて伝えた言葉だ。
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