フォンダンショコラな恋人

如月 そら

文字の大きさ
上 下
4 / 74
1.あなたのそういうところが嫌いです

あなたのそういうところが嫌いです③

しおりを挟む
翠咲の仕事はこの案件だけではない。
社員からの相談にも乗ってアドバイスしなくてはいけないし、自分のチームの進捗も確認しなくてはいけない。

パソコンに向かって、上がってきた書類を確認しながら、一瞬動きが止まる。

──もう、払ってしまおうかな……。

そうしたら、こんな案件いつまでも抱えなくて済むのだし、あの超絶に感じの悪い弁護士と話をしなくて済む。

逃げた方が楽。
そんなことは分かっている。

けれど……翠咲には無理だった。

あの時、あの放火事件の時、仏が翠咲に言ったのだ。
表彰が決まった時、翠咲は絶対に嫌だと泣いた。

自分の手柄ではない。むしろ自分は誤った選択をしようとした。
それを水際で止めてくれたのは、上司なのに……。

『宝条さん……、宝条さんにとって、今回の件はもしかしたら不本意かもしれない』
仏はとても穏やかな顔で翠咲を見ていた。

『けれど、この経験は君にとっていい経験になったと思うし、僕は君はいい査定人になれると思う。保険会社にとって、支払い保険金は大事なお客様をお助け出来る機会であり、それが本来の仕事なんだよ。お預かりしているお金を適正に払う。それは義務だと思う』

仏がかっこよく輝いて見えた瞬間だ。
後光が差して見えた。
この人がそう言うなら表彰は受けよう。そう思えたくらいだ。

査定部署には基本中の基本のことではあるけれど、その基本をブレずにいることがどれほど難しいか。

むしろその基本がしっかりしているからこそ、不正を見抜けたのではないかと翠咲は思っている。

『困った時に、困った人に』
それが、翠咲のプライドだ。

何かあった時のために、と何年も掛けて下さって、支払いの際に『お手を煩わせちゃって、ごめんなさいね。今後は気をつけます』と言ってくださる方がいる。

『本当に大変だったから、支払ってもらって、とても助かったわ』と言ってくださる方も。

翠咲にはそんなお客様こそ、大事なお客様だ。
そんな人達をがっかりさせるようなことはしたくない。

やっぱり間違っていることに、妥協はできない。

で、あれば認めさせるしかない。
誰にか……まずは、あの弁護士である。



本社から近いその割烹は、翠咲達、傷害査定グループの、馴染みの店だ。
お刺身が美味しいことと、半個室に分けてくれていることで、話もしやすいし、行きやすい。

この日は部門会議があり、翠咲もそれに参加していた。
会議の後は懇親会と相場が決まっていて、先程皆でこの馴染みの割烹になだれ込んだところだ。

そして、そこには、少し前に転勤していった、仲の良い友人も来ていた。
もともと、彼女は同じ傷害査定という部署にいて、少し離れた島のチームだった。

友人でもある高槻結衣たかつきゆいは飲み会にも参加してくれるノリの良い子で、仲良くなったのもそれがきっかけだ。

今はコールセンターでスーパーバイザーとして働いていると聞いた時は、高槻ならば出来るだろうと思った。

高槻が電話をしているのを、通りすがりに聞いたことがある。
耳触りが良いというのか、澄んでいて高くも低くもない声で穏やかに柔らかく話す。

話している内容も、約款がしっかり頭に入っていないと話せないような内容で、勉強もしっかりしているのだと思われた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」  突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。  冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。  仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。 「お前を、誰にも渡すつもりはない」  冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。  これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?  割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。  不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。  これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

社長室の蜜月

ゆる
恋愛
内容紹介: 若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。 一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。 仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

タイプではありませんが

雪本 風香
恋愛
彼氏に振られたばかりの山下楓に告白してきた男性は同期の星野だった。 顔もいい、性格もいい星野。 だけど楓は断る。 「タイプじゃない」と。 「タイプじゃないかもしれんけどさ。少しだけ俺のことをみてよ。……な、頼むよ」 懇願する星野に、楓はしぶしぶ付き合うことにしたのだ。 星野の3カ月間の恋愛アピールに。 好きよ、好きよと言われる男性に少しずつ心を動かされる女の子の焦れったい恋愛の話です。 ※体の関係は10章以降になります。 ※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも投稿しています。

あまやかしても、いいですか?

藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。 「俺ね、ダメなんだ」 「あーもう、キスしたい」 「それこそだめです」  甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の 契約結婚生活とはこれいかに。

【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。

真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。 地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。 ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。 イラスト提供 千里さま

ワケあり上司とヒミツの共有

咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。 でも、社内で有名な津田部長。 ハンサム&クールな出で立ちが、 女子社員のハートを鷲掴みにしている。 接点なんて、何もない。 社内の廊下で、2、3度すれ違った位。 だから、 私が津田部長のヒミツを知ったのは、 偶然。 社内の誰も気が付いていないヒミツを 私は知ってしまった。 「どどど、どうしよう……!!」 私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?

隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません

如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する! 【書籍化】 2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️ たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎) 🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。  けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。  さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。 そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。 「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」  真面目そうな上司だと思っていたのに︎!! ……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?  けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!? ※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨) ※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧ ※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕

シンデレラは王子様と離婚することになりました。

及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・ なりませんでした!! 【現代版 シンデレラストーリー】 貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。 はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。 しかしながら、その実態は? 離婚前提の結婚生活。 果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。

処理中です...