2 / 74
1.あなたのそういうところが嫌いです
あなたのそういうところが嫌いです①
しおりを挟む
「宝条主任、確認お願いします」
「はい」
宝条翠咲は、保険会社の『査定』と呼ばれる支払いを担当する部門で仕事をしている。
セミロングの髪はきちんと手入れされており、濃い茶色の髪と同じく、濃い茶色の瞳の持ち主で、ぱっと見た感じ事務を担当しているOLと言った感じだけれど、翠咲は役職付きの主任という立場だ。
保険会社の支払というと、ハードな交渉を想像されることも多いが、翠咲が仕事しているのは傷害査定と呼ばれる部署で、ケガによる支払いを専門としている部署である。
一刻を争うことは少ないので、他の部署よりはややまったりとしているのではないだろうか。
翠咲自身は入社の時に最初は火新と呼ばれる火災新種の査定に配属になった。
これは文字の如く、火災や他には賠償責任関連のお支払いをする部署である。
火災は火事の時だけ対応するのかと思うが、そうではなくて、例えば、台風の時などは自宅の浸水や、家財の破損、場合によっては、カーポートの屋根が飛んだ等の事案にも対応する。
そのため、今でも台風の発生には敏感になってしまう翠咲なのだ。
簡易な案件については、スタッフと呼ばれる派遣社員で支払いをしてくれる。
そのため社員である翠咲が対応するのは、支払いに納得いかないとか、揉めた挙句にこじれた案件とか、非該当で上申が必要とか、そんな案件としては少し手が掛かるケースだ。
その他にも、主任である翠咲はスタッフからの相談も受けなくてはいけない。
翠咲が入社した時にOJTでついてくれたのは、女性の主任で、彼女は迅速な支払いを好む人だった。
『困っている人のために、一刻も早く』が彼女のモットーで、近くにいて学ぶことは多かった。判断の速さと、テキパキした対応は社内でも定評のある人で、翠咲は一番弟子と言われていた。
1年半後に彼女が転勤になった時は、置いていかないで下さいーと送別会で号泣したことが、今も語られている。
翠咲としてはそんなお酒の席でのことは、早く忘れて欲しいと思っているのだけれど。
そして次に翠咲の上司になった人は、とにかく正義感の強い人だった。
テキパキしている翠咲は気に入られていたけれど、何せ支払いを通してくれない。
──病む……もう病む。
翠咲がそう思っていたら、なぜか上司が先に病んだ。
今にして思えば、考えすぎな人だったのだろうと思う。
疑い出せば、キリがない。
どこかで割り切ることは必要なんだなあ、と強く思った一件だった。
次の上司がやってきてしばらくした頃だ。
1件の火災の案件が報告に上がったのである。
当初の申し出が『全損』つまり、保険金の全額を支払う可能性のある事故だった。
火災保険の全額、というと支払いは何千万にもなる可能性がある。
その際も掛けられていた保険金は、満額の支払いで5000万円だった。
掛けられていたのは倉庫と、そこに収納されている在庫。
保険契約として内容自体は割と普通である。
だから翠咲も引っ掛かりはあまりなく、『調査の結果、疑義なし。支払いとしたい』旨の上申書を書いて、提出したのだ。
しかし、いつもは温和な上司が、その瞬間目を光らせた。
「宝条さん、これは支払いストップだ」
「はい」
宝条翠咲は、保険会社の『査定』と呼ばれる支払いを担当する部門で仕事をしている。
セミロングの髪はきちんと手入れされており、濃い茶色の髪と同じく、濃い茶色の瞳の持ち主で、ぱっと見た感じ事務を担当しているOLと言った感じだけれど、翠咲は役職付きの主任という立場だ。
保険会社の支払というと、ハードな交渉を想像されることも多いが、翠咲が仕事しているのは傷害査定と呼ばれる部署で、ケガによる支払いを専門としている部署である。
一刻を争うことは少ないので、他の部署よりはややまったりとしているのではないだろうか。
翠咲自身は入社の時に最初は火新と呼ばれる火災新種の査定に配属になった。
これは文字の如く、火災や他には賠償責任関連のお支払いをする部署である。
火災は火事の時だけ対応するのかと思うが、そうではなくて、例えば、台風の時などは自宅の浸水や、家財の破損、場合によっては、カーポートの屋根が飛んだ等の事案にも対応する。
そのため、今でも台風の発生には敏感になってしまう翠咲なのだ。
簡易な案件については、スタッフと呼ばれる派遣社員で支払いをしてくれる。
そのため社員である翠咲が対応するのは、支払いに納得いかないとか、揉めた挙句にこじれた案件とか、非該当で上申が必要とか、そんな案件としては少し手が掛かるケースだ。
その他にも、主任である翠咲はスタッフからの相談も受けなくてはいけない。
翠咲が入社した時にOJTでついてくれたのは、女性の主任で、彼女は迅速な支払いを好む人だった。
『困っている人のために、一刻も早く』が彼女のモットーで、近くにいて学ぶことは多かった。判断の速さと、テキパキした対応は社内でも定評のある人で、翠咲は一番弟子と言われていた。
1年半後に彼女が転勤になった時は、置いていかないで下さいーと送別会で号泣したことが、今も語られている。
翠咲としてはそんなお酒の席でのことは、早く忘れて欲しいと思っているのだけれど。
そして次に翠咲の上司になった人は、とにかく正義感の強い人だった。
テキパキしている翠咲は気に入られていたけれど、何せ支払いを通してくれない。
──病む……もう病む。
翠咲がそう思っていたら、なぜか上司が先に病んだ。
今にして思えば、考えすぎな人だったのだろうと思う。
疑い出せば、キリがない。
どこかで割り切ることは必要なんだなあ、と強く思った一件だった。
次の上司がやってきてしばらくした頃だ。
1件の火災の案件が報告に上がったのである。
当初の申し出が『全損』つまり、保険金の全額を支払う可能性のある事故だった。
火災保険の全額、というと支払いは何千万にもなる可能性がある。
その際も掛けられていた保険金は、満額の支払いで5000万円だった。
掛けられていたのは倉庫と、そこに収納されている在庫。
保険契約として内容自体は割と普通である。
だから翠咲も引っ掛かりはあまりなく、『調査の結果、疑義なし。支払いとしたい』旨の上申書を書いて、提出したのだ。
しかし、いつもは温和な上司が、その瞬間目を光らせた。
「宝条さん、これは支払いストップだ」
0
お気に入りに追加
232
あなたにおすすめの小説
契約結婚のはずなのに、冷徹なはずのエリート上司が甘く迫ってくるんですが!? ~結婚願望ゼロの私が、なぜか愛されすぎて逃げられません~
猪木洋平@【コミカライズ連載中】
恋愛
「俺と結婚しろ」
突然のプロポーズ――いや、契約結婚の提案だった。
冷静沈着で完璧主義、社内でも一目置かれるエリート課長・九条玲司。そんな彼と私は、ただの上司と部下。恋愛感情なんて一切ない……はずだった。
仕事一筋で恋愛に興味なし。過去の傷から、結婚なんて煩わしいものだと決めつけていた私。なのに、九条課長が提示した「条件」に耳を傾けるうちに、その提案が単なる取引とは思えなくなっていく。
「お前を、誰にも渡すつもりはない」
冷たい声で言われたその言葉が、胸をざわつかせる。
これは合理的な選択? それとも、避けられない運命の始まり?
割り切ったはずの契約は、次第に二人の境界線を曖昧にし、心を絡め取っていく――。
不器用なエリート上司と、恋を信じられない女。
これは、"ありえないはずの結婚"から始まる、予測不能なラブストーリー。

社長室の蜜月
ゆる
恋愛
内容紹介:
若き社長・西園寺蓮の秘書に抜擢された相沢結衣は、突然の異動に戸惑いながらも、彼の完璧主義に応えるため懸命に働く日々を送る。冷徹で近寄りがたい蓮のもとで奮闘する中、結衣は彼の意外な一面や、秘められた孤独を知り、次第に特別な絆を築いていく。
一方で、同期の嫉妬や社内の噂、さらには会社を揺るがす陰謀に巻き込まれる結衣。それでも、蓮との信頼関係を深めながら、二人は困難を乗り越えようとする。
仕事のパートナーから始まる二人の関係は、やがて揺るぎない愛情へと発展していく――。オフィスラブならではの緊張感と温かさ、そして心揺さぶるロマンティックな展開が詰まった、大人の純愛ストーリー。

タイプではありませんが
雪本 風香
恋愛
彼氏に振られたばかりの山下楓に告白してきた男性は同期の星野だった。
顔もいい、性格もいい星野。
だけど楓は断る。
「タイプじゃない」と。
「タイプじゃないかもしれんけどさ。少しだけ俺のことをみてよ。……な、頼むよ」
懇願する星野に、楓はしぶしぶ付き合うことにしたのだ。
星野の3カ月間の恋愛アピールに。
好きよ、好きよと言われる男性に少しずつ心を動かされる女の子の焦れったい恋愛の話です。
※体の関係は10章以降になります。
※ムーンライトノベルズ様、エブリスタ様にも投稿しています。
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
【完結】誰にも知られては、いけない私の好きな人。
真守 輪
恋愛
年下の恋人を持つ図書館司書のわたし。
地味でメンヘラなわたしに対して、高校生の恋人は顔も頭もイイが、嫉妬深くて性格と愛情表現が歪みまくっている。
ドSな彼に振り回されるわたしの日常。でも、そんな関係も長くは続かない。わたしたちの関係が、彼の学校に知られた時、わたしは断罪されるから……。
イラスト提供 千里さま

ワケあり上司とヒミツの共有
咲良緋芽
恋愛
部署も違う、顔見知りでもない。
でも、社内で有名な津田部長。
ハンサム&クールな出で立ちが、
女子社員のハートを鷲掴みにしている。
接点なんて、何もない。
社内の廊下で、2、3度すれ違った位。
だから、
私が津田部長のヒミツを知ったのは、
偶然。
社内の誰も気が付いていないヒミツを
私は知ってしまった。
「どどど、どうしよう……!!」
私、美園江奈は、このヒミツを守れるの…?
隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません
如月 そら
恋愛
旧題:隠れドS上司はTL作家を所望する!
【書籍化】
2023/5/17 『隠れドS上司の過剰な溺愛には逆らえません』としてエタニティブックス様より書籍化❤️
たくさんの応援のお陰です❣️✨感謝です(⁎ᴗ͈ˬᴗ͈⁎)
🍀WEB小説作家の小島陽菜乃はいわゆるTL作家だ。
けれど、最近はある理由から評価が低迷していた。それは未経験ゆえのリアリティのなさ。
さまざまな資料を駆使し執筆してきたものの、評価が辛いのは否定できない。
そんな時、陽菜乃は会社の倉庫で上司が同僚といたしているのを見てしまう。
「隠れて覗き見なんてしてたら、興奮しないか?」
真面目そうな上司だと思っていたのに︎!!
……でもちょっと待って。 こんなに慣れているのなら教えてもらえばいいんじゃないの!?
けれど上司の森野英は慣れているなんてもんじゃなくて……!?
※普段より、ややえちえち多めです。苦手な方は避けてくださいね。(えちえち多めなんですけど、可愛くてきゅんなえちを目指しました✨)
※くれぐれも!くれぐれもフィクションです‼️( •̀ω•́ )✧
※感想欄がネタバレありとなっておりますので注意⚠️です。感想は大歓迎です❣️ありがとうございます(*ᴗˬᴗ)💕
シンデレラは王子様と離婚することになりました。
及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・
なりませんでした!!
【現代版 シンデレラストーリー】
貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。
はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。
しかしながら、その実態は?
離婚前提の結婚生活。
果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる