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第二十七夜  涙の復活!哀しみを怒りに変えて

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 左右二つに割れた巨大な幹が足となり、一歩進む度に地響きと共に大地を揺るがす。
 左右二対の長大な枝が腕となり、振るわれる度に暴風と共に鋭い枝葉が飛んでくる。
 人の形となった誤神木はゆっくりと地脈の流れを塞き止めている地点に向かって歩いているが、それを止められるものはそこには居ない。
 大地が震えれば、足がとられ攻撃の狙いが定まらず、降り注ぐ枝や葉を避けることも出来ない。
 誤神木の側面から攻撃を仕掛けていたモンスターの群れは、すでに壊滅状態に陥っていた。もう戦線を維持することも出来ずに方々に逃げ惑っている。
 だが、それも無理はない。美夜がリタイアしたことでモンスターたちにかかっていた魅了の効果やバフが切れてしまい、もう統率が取れなくなってしまったのだから。
 そのため指揮官を務めていたジャガマルクは各自の判断で動くことを指示した後、ブラックゴブリンとダークウルフたちを率いて誤神木を駆け登り、頭部への攻撃を試みているのだ。
 だが、頭部を形成するように球状に絡まった枝から伸びる幾本もの巨大な蔓が、まるで触手のように行く手を阻んでいた。

「クッ、早くこいつを止めないと皆やられちゃうんジャガ」

 ここが平地であったなら、自慢の雷速の足で蔓の間をすり抜けて弱点であると推測される頭部の二つの赤い光に近づけただろう。ブラックゴブリンやダークウルフも同様のスピードを持っているので可能だったに゙違いない。
 だが、彼らは垂直に伸びた巨木の幹に爪を立てて張り付いている状態であり、これでは持ち前の素早さなど発揮できなかった。こんな状態で蔓の攻撃を避けているだけでも大したものなのだ。
 そんな焦る彼らを乗せたまま、誤神木はその歩みを進めていった。




「このバカ馬が!早く動かんか!」

 レンバはもっと焦っていた。
 その叱咤にもバカ馬……ゴランは全く動かない。
 己がレベルを越えた力を使った呪いで強制的に馬に変えられ疲労と筋肉痛で全く動けない上に、〈走馬闘〉で限界を超えた力を更に使った反動で、今の状況も理解できない程知能を低下させられているのだ。
 これぞ名付けて〈馬化(バカ)の呪い〉である。
 背後から巨大な誤神木が近付いて来ており、このままでは確実に踏み潰されるというのに、疲れきって動けないゴランはなんとヘタリ込んで雑草を食べている。状況も分かっていない上に、自分が人間であったことも忘れている程バカになっているのだ。
 レンバの長すぎる髪を太い綱としてゴランの馬体に巻き付け、コランダを背に乗せたトラと共に引っ張るが重すぎてなかなか動かない。
 自分たちを含め仲間全員を魔枝螺の軍勢から救ってくれた仲間を見捨てることなど出来ず、懸命に無謀な努力を続けるレンバとトラ。
 そんな動けない彼らをまとめて踏みつけるべく、誤神木はその大きな足を振り上げた。
 


 時は少しだけ遡る。

「オバチャンだけでも早く避難するミャ!」

「何言ってんだい!覚悟はできてんだ。最後まで付き合うよ」

 
 自分の翼や細剣で飛んでくる枝を切り払いながら叫ぶミャウルに、頼もしい声で返すマーレ。
 さすがは肝っ玉母さんのマーレさんである。まるで昆虫のように葉っぱを震わせて襲い来る枝葉(「葉矛枝(はむし)」とネルフが命名した)をフライパンで打ち払っている。だいぶ数が少なくなったので出来る芸当だが、危険なことにはかわりないのだ。
 現在、大多数の葉矛枝は結界を破れずに力尽き地面に転がっている。残りは十本を切り動きも鈍っている為、この二人でも叩き落とすのは容易だろう。
 結界を張っていたネルフは、ミャウルとマーレで対応できると判断した時点で、まるでカベチョロのように壁面を下りていって、地脈を制御しようとしているオショウのサポートにまわっていた。オショウだけでは誤神木の到達までに解呪が間に合わないと判断した為である。
 幸いにも、ミャウルと抱き付き合っていた場面はアカリには気付かれなかったらしく、何事もなかったかのように三人で協力して作業をどんどん進めている。アカリちゃんの恋の駆け引き大作戦も一時棚上げだ。
 だが、それでも解呪は間に合わない。かといって途中で止めて逃げ出しても、誤神木が再び地脈に根を張り元の木阿弥になってしまい、再び討伐するのは難しくなってしまう。〈餓鬼地獄の呪い〉がこれ以上蔓延すれば水も食料も口にできなくなり、戦うことすら出来なくなってしまうからだ。

「まったく、あんな大木が二本の足で歩くなんて想定外も良いとこやで」

 陰陽中年エルフのネルフがぼやく。
 初めの計画では、美夜の料理で誤神木の魅了に抵抗しつつ攻撃を加え、機を見てオショウが地脈の接続を絶ち、いざとなったらゴランを切り札としてぶつける算段だった。
 最初は計画通りだったのだ。魅了の能力を持つ花果使の大群も、美夜の料理を食べて抵抗力を付けたモンスターの群れで掃討できた。
 さらに嬉しい誤算だったのが、料理の際に生じた油煙によってさらなる花果使の発生を防ぎ、戦況を優勢に導いたことだ。
 そして、誤神木のロートスピアの地雷原もナナンダのシャドウロードやトラの一掃で無効化して近づくことに成功。一定のダメージを与えた。
 ここまでは計画通りだったのだが、誤神木が魔枝螺を大量に産み出してから計画が狂い始めた。    
 止めの一撃にと温存していたゴランを魔枝螺の迎撃に投入せざるを得ず、魔枝螺の群れを掃討したまでは良かったが、オショウが最高のタイミングで地脈の流れを塞き止めたにもかかわらず、誤神木を倒すまでには至らなかった。
 しかも倒すどころか、ふざけたことに人型になって歩きだしたのだ。
 その腕のように太い枝を振り回し、葉矛枝を大量に飛ばして襲いかからせ、美夜とリッカが戦闘不能になり倒れてしまったことで、さらに劣勢になってしまった。
 こうなってしまっては、一刻も早く地脈に流れる呪いを解呪して、自分とオショウが誤神木の相手をするしかなくなってしまったのだが……


「「キャアアア?!」」

 突如として上がる二つの悲鳴にネルフは考え込んでいた意識を上にやる。

「なんや?どうした?」

 声をあげて尋ねるがすぐに察しがついた。穴の奥底まで響くくらいの羽音が聞こえたからだ。

「こいつら死んだふりしてたんだミャ!」

 それは偽死行為だったのか、それとも誤神木が近付いたことで本当に復活したのかは分からないが、先ほど打ち落とした100を越える葉矛枝が一斉にブゥーン羽音を立てて浮き上がったのだ。
 その鋭い矛先は二人を完全に捉えていて……

「飛び降りるんや!下で受け止めるから」

 ミャウルの言葉で状況を察したネルフが叫ぶ。
 ミャウルはともかくマーレさんはきっついな。などと失礼なことを一瞬考えたが、他に手が思い付かない。飛び降りてきた二人を含めてここにいる全員を守る結界など数分持てば良い方だ。
 だが、二人からの反応がない。葉矛枝の羽音も止んでしまった。静まり返った地表からはの様子は何も分からなかった。
 まさか、もうやられてしもたんやないやろな、と嫌な想像をしながら急いで縦穴を登って行くが、ミャウルもマーレさんも葉矛枝の群れも降りては来なかった。
 そろーっとおそるおそる穴から顔を出して辺りを見回すネルフ。
 彼が見たものは……

 何本もの葉矛枝に身体を突き刺されてうずくまっている二人の姿だった。

 
「そ、そんな……なんちゅうこっちゃ」

 愕然としてネルフはすぐ近くにいるマーレに近づく。
 判断を誤った。
 自分は美夜やリッカに続いて、ミャウルやマーレまでも死なせてしまったのだ。
 マーレなど冒険者ではないただの村人にもかかわらず、自分は下に降りるのに足手まといだからと地上に残って葉矛枝の駆除に残ってくれたというのに。

「すまんかったな。痛かったやろ。仇はうって……」

 マーレの身体を横たえようとその肩に手を置いた瞬間……

「痛いわね!動かすんじゃないよ!」
「あいたっ!?」

 バッシーン!と頬を張り飛ばされ吹っ飛ぶネルフ。

「……勝手に、殺さないで、くれるかい。……まだ、ピンピンしてるよ」

 途切れ途切れに言いながら、肩や腹に刺さった枝を抜いていく肝っ玉母さんのマーレさん。本当にピンピンしている。さっきまでは痛みで動けなかっただけのようだ。
 もしかしてと、ミャウルを見れば、こちらも同様に生きているらしく、弱々しく右手を挙げている。
 鳥人のミャウルはマーレさんより皮下脂肪が少ないためにダメージが大きかったんやろな、と、とっても失礼なことを考えながら治療の呪文を唱えるネルフ。二人同時に治療するという高度な技術を何気なく使いながら、辺り一面に転がっている葉矛枝の残骸を観察する。
 どれも全部鋭利な刃物で切断されているが、あまりに数が多すぎる。もしミャウルが手に持った細剣や自らの翼を刃に変えて切り払ったとしても、100本以上の葉矛枝をこの短時間で切り刻むなど不可能だろう。

「一体何があったんや?」

 治療の術をかけながら問いかけるネルフに、二人は揃ってある方向を指差す。まだ痛みで声が出ないようだ。
 ネルフはそちらに目をやる。
 その方向は誤神木が地響きをたてながらやってくる方向。
 だが、そちらに向かう影二つ。
 一つは大地を駆ける影。
 速い。速すぎる。まるで姿を見せないようにあえて土煙を立てて必死に走っているかのようだ。
 それを覆い隠すように、もう一種類の影……いや複数の群れの影が宙を飛んでいる。

「コウモリ……?」

 呟いて、ハッと辺りを見渡すネルフ。だが、周囲には切り刻まれた葉矛枝の残骸しかなかった。
 そう、そこに在るべきものがなかったのだ。
 倒れていた筈の美夜とリッカの遺体が。

「まったく、つくづく予想外のことをしてくれる嬢ちゃんやで」

 苦笑しながら、馬になって動かないゴランを懸命に引っ張るレンバとトラに近付いていく誤神木に向かって飛んでいく影を眺めるネルフ。その顔には先ほどまでの焦燥感は最早ない。

「さあ、何を起こすのかじっくり見せてもらおうか。半吸血鬼のお嬢ちゃんと猫娘」

 半分人間であるはずの半吸血鬼がコウモリに変化するなど聞いたことがないし、そもそも太陽の下では吸血鬼の能力は著しく制限されて、あんな妖術は使えない筈なのだ。だが、妙な確信と期待を持ってネルフは、治療しているミャウルとマーレと共に戦いの行く末を見定めることにするのだった。



「もう無理だ。綱をほどけ。レンバ殿」

「そちらこそコランダ殿と一緒に逃げられよ、トラ殿。こやつとの腐れ縁もこの丈夫な髪も切りたくても切れぬのでな」

 言い合いながらも、綱を引く手を緩めようとはしないレンバとトラ。
 だが、2tを越える巨大な馬の身体は少しずつ引っ張るのがやっとであり、その移動速度は亀の歩みの如しである。
 そんな彼らのすぐ背後まで迫った誤神木。
 その巨大な足が足元の小さな虫をまとめて踏み潰すがごとく振り下ろされる!
 その刹那の瞬間、レンバはゴランの命を諦めた。
 ゴランにとっての命綱である髪の綱をほどいてトラとコランダを逃がそうとした、まさにその瞬間……

「離すんじゃないニャ!しっかり全員繋いでいるんだニャ!」

 突如として響いた声に思わず反応して、髪をほどかず後ろを振り向くレンバ。
 彼が見たものは、ものすごい勢いでこちらに走ってくる猫耳忍者のリッカと、まるで彼女を隠すかのように周囲を取り巻き近付いてくるコウモリの群れだった。

「「「な、何だ、あれは?」」」

 レンバ、トラ、コランダの思いと声が一つとなる。
 だが、状況は更に変化する。
 突如、コウモリの群れの中から女の右腕が飛び出したのだ。
 右腕だけだ。他の部分は見えない。それはまるで、身体の他の部分が無数のコウモリになっているかのようで……
 右腕が振り払われる。その手から伸びる緑の蔓が真っ直ぐにレンバとゴランを繋ぐ髪の綱に絡み付いた。
 コウモリの群れが一斉に急停止し、グイイッと蔓が引っ張られる。だが、そんなの無理に決まっている。レンバとトラの二人がかりでもゴランの重量級の馬体は動かなかったのだ。女の細腕一本で動く筈が……

     ズリッ、ズリリッ……

 ない筈なのに動いているではないか。
 目をむく三人の後方でコウモリの群れは一ヶ所に集まり人型になっていく。そこから現れた姿は……

「「「美夜!」」」

 そう、美夜であった。このパーティメンバーの中で一番レベルが低いはずの彼女が、二人がかりでも動かせなかったゴランを片腕で引っ張ったのだ。
 しかも、それだけではなかった。

「おりゃああああ!!」

 気合一閃。蔓を両手で持ち、一本背負いの要領で蔓を引っ張ると、レンバ、コランダ、トラ、そしてゴランの二人と二体がまとめて宙を舞い投げ飛ばされたのだ。
 それはまさに間一髪だった。直後に誤神木の巨大な足が大地を踏み付けたのだから。
  美夜の前方に次々と落下していく仲間たち。全員助かったことに安堵し、礼を言おうと美夜の顔を見た瞬間、レンバ、コランダ、トラの顔がひきつった。
 だって、目が死んでいるから。
 それは、皆のピンチに颯爽と駆けつけ、絶望的な状況から全員を無事に助け出したヒロインの顔ではなかった。虚ろな目で何かをブツブツと呟き顔色も蒼白になっているような気がする。

「み、美夜殿?」

 代表して声をかけるレンバ。
 だが彼女は、地面に横たわるゴランをジトーッと見下ろしながら何かを呟いている。

「……まん……ん……くえん」

「え?」

 よく聞き取れず思わず聞き返すレンバ。
 ……止めておけば良いのに。

「一万!五千!八百円!!」

 それがスイッチとなって美夜の怒りが爆発してしまい一気にまくし立てる。涙で瞳が潤んでるのを見て、全員押し黙った。

「たかがゲームのコンティニューに一万五千八百円!あり得ない金額を払って助けに来てみれば、呑気に馬鹿面晒して寝っ転がってるとはね。いいご身分ですわね、英雄ゴランさん」

 レンバたちには美夜が前半何を言っているのか分からなかったが、涙目で怒り心頭の女性に関わってもろくなことがないので何も言わないことにする。

「出てきて、ルカ!」

「ルウ!」

 美夜の呼び掛けに、彼女の影からサウンドドラゴンの雛が元気よく鳴いて飛び出した。
 プレイヤーである美夜の眷属となった雛竜は、システムの保護下に入り、美夜のリタイアと同時に彼女の影の中に収納されていたのだ。
  そんなに可愛い雛竜に美夜は優しい口調で冷たく言い放つ。

「ゴランにフェザーショット」

 それは、敵の部隊を一人で全滅させて味方のピンチを救い、限界以上の力を奮った呪いで動けなくなった仲間に対する行動では決してなかった。

   プスススッ……

   だが、容赦なく羽根針が馬体の全身に突き刺さる。

   ヒヒーン?!

   さすがに驚きのいななきを上げてゴランが跳ね起きて棹立ちになる。

「ゴランが……立った?」

 そう、ゴランが立ったのだ。
 疲れはて、誤神木に踏み潰されそうになっても動けなかったあのゴランが、レンバに頼まれ甘い誘惑の言葉やセクシーなポーズをとったのに一切反応しなかったあのゴランが、いたく女のプライドを傷つけられたコランダの叱咤混じりの蹴りや、トラの電気ショックやレンバの鞭打の連打にも激しく痛がりはすれども(こいつらも大概ひどい)動くことの出来なかったあのゴランが立ち上がったのだ。

「これは……まさか針治療か?」

 武闘家であり、急所はもちろん経穴や人体のツボにも詳しいレンバがハッと声を挙げた。
 そう、ルカの放った羽根はゴランのツボに寸分違わず突き刺さり、疲労と筋肉痛を一時的にせよ回復させたのだった。
 レンバがこの方法を使わなかったのはもちろん、人体のツボは知っていても馬のツボなんて知っているわけもなかったし、もし知っていたとしても、ここまで劇的に回復させるなんてあり得ないからだ。

「おお?すっかり回復したンダよ」

   脱皮によって一命を取り留めたものの、疲弊してまともに動けなかった筈のコランダまで元気に立ち上がった。
   全身いたるところに羽根が刺さっているが。

「残念だけど、動けるのは一時的なものよ。すぐに効果が切れて動けなくなるわ。そうなる前に本陣に戻ってオショウやネルフさんから治療を受けてちょうだい」

 再び脚を上げようとする誤神木を睨みながら指示を飛ばす美夜。

「さらに残念なことにバカにつける薬も秘孔もないの。だからレンバさんが手綱をとってコランダさんとゴランを本陣まで運んでちょうだい」

   レンバがムッと言葉を詰まらせる。確かにコランダやゴランが再び動けなくなる前にここから離れなければならないし、今のバカになったゴランを本陣まで連れて行けるのは自分しかいないだろう。
  だが、そうすると誤神木の足止めをするのは……

「誤神木は私が倒すわ」
「ウルッ!」

 当然のように言い放つ美夜と、それに元気よく追随するルカ。
 しかも、時間稼ぎでもなく足止めをするでもなく、倒すと言い切ったのだ。
 それは無茶だと止めようとしたレンバを、

「我も残る。早く行け」

 と、トラまで美夜に同調した。
 だが、それならば危機に瀕してもトラの背に乗って脱出出来るだろうとレンバは判断し、素早くコランダを髪の綱で背中にくくりつけ、ヒラリとゴランにまたがり髪の手綱を馬の口にかました。

「こやつらを送り届けたら、すぐに戻る。絶対に死ぬな」

 言うやいなや、馬の腹を蹴り颯爽と走り出した。
 どんどん遠ざかる馬影を見ながらトラがやれやれと呟いた。

「もう行ったぞ、そろそろ出てきたらどうだ」

「ニャハハハハ、ホント助かったニャ」

 声がしたかと思えば、トラの背後からリッカが姿を現した。ずっと見えないように隠れていたのだ。
 だが、奇妙なことに一流の戦士であるはずのレンバやコランダが全く気付いていなかったのだ。それどころか、彼らはリッカの存在すら忘れていた。いくらリッカの職業が忍者といっても、まだかけだしの下忍である。彼らの目を欺けるほどの実力があるわけがないのに、存在すら認識から外す程の隠形の術を使いこなしていたのだ。それに何故隠れる必要があったのか?

「ニュフフフ、リッカちゃん。やっぱりその格好とってもセクシー」

 グッ!と親指を立てて笑う美夜。そのニヤけた顔はエロオヤジのそれであった。

「やかましいニャ!一刻も早くあいつを倒して、この戦いを終わらせるニャ!」

 そこには、裸体に網タイツのような薄手の鎖かたびらだけを全身に着た猫耳忍者少女が、胸と股間を必死に両腕で隠して縮こまっていた。
 空蝉の術で一命を取り留めた代償に、その戦闘が終わるまで、下着以外の装備が着られなくなった憐れな少女の姿がそこにはあった。

 






「見るニャアアア!これニャら復活ニャンてしニャいほうが良かったニャああ!」

 皆さんお待たせしました。そう、彼女は先ほど〈空蝉の術〉で衣服を身代わりにして脱ぎ捨てたため一糸纏わぬ……いや、全身に糸のように細い鎖かたびらを着込んでいるだけの状態なのだ!
 いやエッロ!ほとんど全身網タイツを着込んでいるようなものである。しゃがみこんでるけどおしりなんか丸見えだよ。尻尾で必死に隠そうとしてるところがすごく良い。
 私は悟った。きっと私はこの素晴らしいモノを拝むために復活したに違いないと。
 そう考えれば、あの課金も惜しくはない!惜しくなんかないんだからねっ。
 いろんな感情が混じり合った涙をにじませながら、私は復活の経緯を思い出す。


 あの女悪魔に勧められた復活アイテムはどれも高額だった。
 さんざん迷っていたが、羽虫枝どもがマーレさんを襲おうとした時に、ええいと決断し、決算キーを押して私とリッカちゃんを即時復活させるアイテムを購入したのだ。
 私が使ったのは、半吸血鬼の種族レベルを上げる〈デイ・ウオッカ〉
これは、半吸血鬼の上位種族である〈デイ・ウォーカー〉へと五分間だけクラスアップして復活させる霊酒である。
 しかも、クラスアップに必要なレベルにまでステータスが上がっており、それにともない様々な吸血鬼能力が解放されている。
 さらにさらに、〈デイ・ウォーカー〉はその名の通り昼間歩く吸血鬼のことであり、陽光の下でのステータス低下もなくなる上に、昼間は使えなかった変身能力も使えるようになるのだ。
 デメリットとしては、酒精がかなり高いこと。理性のタガが緩くなると頭の中に説明が示される。
 実は私は下戸であり、ウオッカなぞ飲んだこともないが、一気に杯を飲み干す。強烈な酒精が口内や鼻腔に拡がるが、我慢してゴクンと一飲み。腹の中に熱いものが落ちる感覚と共に元いた戦場に転移する。
 その際にリッカちゃんが、

「美夜ニャン!このアイテムはちょっ……」

 と、何か言っていたようだが、次の瞬間、私の意識は戦場に打ち捨てられていたアバターに戻っていた。

「飛び降りるんや!下で受け止めるから」

 切羽詰まったネルフの声が縦穴の底から聴こえ、顔を上げるとマーレさんとミャウルに襲いかかっていく葉矛枝の群れが見える。その数はあまりに多い。だが、今の私なら……

「〈蝙蝠分身〉」

 次の瞬間、私の身体から次々とコウモリが羽ばたいていく。
 コウモリが飛び出すにつれ私という存在は次第に薄くなり、最後には一羽の小さなコウモリとなっていた。
 これぞ吸血鬼の能力の一つ、変身である。他にも霧になったり、狼になったりと自らのイメージに応じてバリエーションがあるのだが、今回は基本的なコウモリ形態を採用した。
 小さなコウモリの群体に別れたといっても、私の意識はその中の一羽だけにあり、防御力なぞ無いに等しい本体を攻撃されたら一発で即死である。
 だがしかし、通常のコウモリのように定位反響による回避能力に優れるこの形態に攻撃を当てることは至難の技。元々この技は、相手の一撃をコウモリに分身して華麗に躱し、牙や羽で攻撃しながら遠くに逃げるというロマン溢れるものなのだから。
 その特性を応用して、葉矛枝どもをコウモリ達の羽で切り落としていく。葉矛枝どもも攻撃を加えようとするが、私の分身たちは全てヒラリヒラリと躱している。
 圧倒的じゃないか、我が軍は。
 先程までの苦戦が嘘のように葉矛枝どもを楽々と切り倒しながら、どこぞの野望溢れる総帥のようなことを考えていると、葉矛枝の動きが唐突に変わった。
 コウモリ達を牽制しながら、もうすでに攻撃されていて動けないマーレさんとミャウルに一斉に襲いかかったのだ。
 まずい!あの数は防げない!
 戦慄し、背中に冷たいツララが突き刺さるような感覚が走る私の耳に、唐突に聞こえる声一つ。

「ひどいニャ、美夜ニャン!あんなネタアイテムなんて使って」

 場の空気も読まずに、リッカちゃんがガバっと跳ね起きて涙を流しながら猛抗議。彼女も復活アイテムを使ってアバターに戻って来たのだ。あのアイテムを使って……

 瞬間、時が止まった。

 いや、本当に時が止まったわけでも、ゲームがフリーズしたわけでも、空気を読まないリッカちゃんに場が凍りついたわけでも勿論なかった。
 葉矛枝どもが一斉に一時停止し、その場で旋回。まるで花に群がる蜂の群れのようにリッカちゃんに向かって襲いかかったのだ。

「ニャ?」

 キョトンと目を丸くして、呆けるリッカちゃんに全方位から迫る葉矛枝の攻撃。
 これは避けられない。空蝉の術ももう使えない。
 だが、心配などしていない。

「〈仙宝武器・風ニャ手裏剣の術〉」

 鋭く目を細め、格好良く胸の前で交差させた彼女の指の間には、可愛らしい猫の顔のワッペンが左右4枚づつ挟まっていた。
 両手を振って猫ワッペン=手裏剣(?)を投げ放つ!
 丸い顔の部分から突き出した両耳やヒゲの部分が刃になっているのだろう。次々と襲いかかってくる葉矛枝をズバズバ切り落としていく。
 しかも自動追尾能力まであるらしく、自由自在に動き回って辺り一帯の敵を撃ち落としていくのだ。

 ……私や分身コウモリ達も標的にして。

「危ッ、アブ、アブッ!」

 すんでのところで何とか躱す私と分身コウモリ達。
流石は仙宝武器。ステータスアップした回避能力でもギリギリ躱すのが精一杯である。葉矛枝の群れはあっという間に全滅してしまった。
 
 さて、いろいろ説明せねばなるまい。
〈仙霊薬射〉
 これが私がチョイスしたリッカちゃんの復活アイテムである。
 仙人の霊魂を薬として注射するアイテムであり、〈人間族〉や〈獣人族〉、〈妖怪族〉を一時的に〈仙人〉にして復活させる効果があるのだ。
 この薬を〈猫人族〉であるリッカちゃんに使うと、種族〈仙猫〉へと進化し、それにともない職業〈忍者〉もクラス〈下忍〉から〈中忍〉〈上忍〉〈超忍〉をも飛び越え、〈仙忍〉へと至ったのだ!
 私と同じように、進化に至れるほどのステータスアップとそれに伴うレベルアップの能力解放も同時に行われ、〈仙術〉や〈仙宝〉も扱えるようになった。
あの、〈風魔〉……じゃなかった〈風ニャ手裏剣〉も恐るべき威力と能力を持つ仙宝武器なのである。
 デメリットとしては、どういうわけか、とにかく目立つようになることだろうか。モンスター達のヘイトを集めるが、その分ドロップアイテムの質が一定確率で高価なものになるのだ。まるで大物役者におひねりが投げられるようである。
 この効果で、マーレさんとミャウルにトドメを刺そうとした葉矛枝が矛先を変えたので助かったけど。
 後のデメリットは、〈仙霊薬射〉がバカでかい注射器の形をしている事ぐらいかな?針の太さなんかタピオカ用のストロー位あったし。まあ、リッカちゃんなら入院生活で慣れてるだろうし問題ないだろう……

「あんな化け物注射慣れてる訳ないニャ!あの悪魔にお尻に思いっきりぶっ刺されたニャ!かつて経験したことない痛さだったニャ!」

 お尻を押さえながら涙目で猛抗議するリッカちゃん。あ、やっぱりあのコントでしか出てこないような巨大注射器は問題あったか。
 だが、幸いにも彼女の文句を聞いている時間などない。

「そんなこと言っている時間は無いわ!復活アイテムの効果が切れる前に誤神木を倒さないと。それに……」

 私は縦穴を指差してニュフフと笑う。

「ネルフのオジサンにそのあられもない姿を見られちゃうわよ」

 言われて、リッカちゃんは自分の身体を見下ろす。
 全身網タイツ……もとい、一糸もまとわず素肌の上に鎖かたびらしか装備していない際どい姿を。

「ニャニャニャアアアアアアアアアアア!?」

 叫びながら瞬足でその場を離脱する。私は素早くその肩に捕まり軌道修正してあげた。

「ほら、そっちじゃなくてこっちよ。パワーアップしてるうちにあの大木ぶっ倒さなきゃいけないんだから」

「こんな格好で戦えるわけないニャ!」

「どのみち、この戦いが終わらないと着替えられないでしょ?上手く隠してあげるから。まずはレンバさんたちを助け出すわよ。皆を先に逃がせば見られる心配もないでしょう」

 説明しながら、分身コウモリの群れでリッカちゃんの身体を隠してあげるが、私の論理立てた予定に、リッカちゃんが待ったをかける。

「ちょっと待つニャ!あんなでっかいの私達二人で倒すのかニャ?いくらニャンでも無理ニャ!」

「弱点をつけば簡単よ」

 あっさりと言った私に、リッカちゃんがさらに言い募る。

「弱点?簡単?美夜ニャン酔っ払って自分で何言ってるのか分かっているのかニャ?」

 失敬な。ヒック、酒は飲んでも呑まれるなってね、ヒック、頭はしっかりと冴えて、ヒック。

 ……まずい、高速で走ってるリッカちゃんの肩に乗っているせいか、酔いが回ってきたのかな?シャックリが出てきた。

「もちのろんよ。ヒック、私にまーかせなさーい。てなわけで、ちょっと血をもらうねーヒック」

 カプッ、チューッと首筋から血を吸う小さなコウモリに、リッカちゃんは呟く。

「絶対酔っ払ってるニャ。うう、全身を葉矛枝に貫かれ、ぶっとい針の注射をお尻に射たれ、首筋を吸血鬼に噛みつかれて血を吸われてと、今回突き刺されてばっかりニャ」

 あ、本当だ。なんかごめんね、トドメを刺したみたいで。でも、今にも踏み潰されそうなレンバさんたちを助ける為にも、あの誤神木を倒すためにも必要な吸血行為なのよ。

[美夜はリッカの血を吸った]
[リッカのHP、MPが10%減少した]
[美夜のステータスが一時的に3倍に上がった]
[美夜の状態異常が回復した]
「美夜はリッカの血から情報を吸い取った」


 よし、高レベルになったリッカちゃんの血でパワーアップ、アンド酔いも治まってシャックリも止まったみたいだ。それに思わぬ副産物。リッカちゃんのステータスや能力が頭の中に流れ込んで来た。熟練度やレベルが上がれば、血を吸った相手の情報も分かるらしい。
 どうやら、仙猫になったことで魔力や精神力が大幅に上がったようだ。風系の操作術が仙術にまでレベルアップしてますよ。
 よし、これなら確実に倒せる。

「リッカちゃん。作戦を伝えるわ。まず……」

 そうして、計画を煮詰めながら、私達は誤神木に踏み潰されようとしている仲間の元へ高速で駆け付けて、無事に救出に成功したのであった。




 恥ずかしさに身悶えするリッカちゃんを鑑賞しながら思いを馳せていると、周囲に影が差す。
 顔を上げると、誤神木が私達を踏み潰そうと巨大な左足を再び持ち上げていた。

「美夜ニャン、本当に大丈夫かニャ?残り時間一分もないんニャけど」

   その圧倒的なスケールにビビったことを言うリッカちゃん。
   だが、恐怖心など今の私には在るわけがない。
   怒りだ。怒りが恐怖心など吹き飛ばしている。
   傷つき倒れていった仲間たちの痛みが、ひもじいのに何も食べられなかった幼子の苦しみが、そして何より一万五千八百円を失った私の怒りと哀しみがあいつを倒せと轟き叫ぶ!

「さあて、いっちょ、やったりますかね」

   私は不敵な笑みを浮かべながら、誤神木を見上げるのだった。

 




 
 


 

    
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クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

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憧れの先輩とイケナイ状況に!?

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💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

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由紀と真一

廣瀬純一
大衆娯楽
夫婦の体が入れ替わる話

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