上 下
13 / 25
蛍石の果実

三話

しおりを挟む
何がどうしてこうなったのか。

奈落は利一という名の女装青年と並んで歩いていた。奈落は高下駄を履いてはいるが、そもそもそんなに背は高くない。隣の女男はその外見こそ可憐だが、中身は男なのでそれなりに背が高い。まるでちくはぐな2人は、道行く人の注目を集めていた。

「こうして歩いていると、まるでアベックのようですね…」

「ああ、そう…」

うっとりとした表情で呟く利一に、奈落はげっそりとしていた。もはや突っ込みを入れる気力すら湧かない。

共にフルーツパーラーに来ていた由乃たちは、わけのわからない気を利かせて恭助とどこかに行ってしまった。奈落に活動写真館のチケットを2枚押し付けて。

どうしろと言うのだ。この得体の知れない何かと活動写真を見て親睦を深めろと?この前カフェーで同席した闇医者と親睦を深める方がまだましだ。

そう思って恐る恐る隣に目をやると、利一は柔らかい微笑みを浮かべて奈落を見返した。こうしているぶんには普通の少女に見えないこともないのだが。

「ええと…なんて呼べば…」

「わたくしの事ですか?おいちって呼んでくださると嬉し」

「利一くんは、そういう格好をしているけど男が好きなわけではないのか?」

歩み寄る努力を少ししてみたが、どうにも生理的嫌悪感が抜けない。まだ普通の男の方が気さくに話せそうだ。

「そうですねぇ。この格好は単に趣味なので、性愛の対象は女性です」

「せいあ…!?」

「やだ、奈落さん声が大きいです」

利一は人差し指を口に当てて、シーッという仕草をする。

奈落は唐突な生々しい表現に頭がぐるぐるしていた。せいあい。つまり、この女の格好をした変態男は私をそういう対象としてみていると。そういうことか?

奈落は胸のあたりがムカムカしてきた。気持ちが悪い。

「…なんだそれは。わざわざ女の格好をして女を好きになるなど、茶番ではないか」

そんな言葉が口を突いて出てきた瞬間、利一の表情が曇った。しまった、とは思ったが、本心であるのも事実だった。好意を抱く対象が異性なら、何故自分をまぜっ返す必要があるのか。

「…貴女も大概、いびつじゃないですか」

突然、利一が作らない素の声を出したので、奈落は心の臓を鷲掴みにされたような苦しさを感じた。彼の顔を見上げると、そこにあったのは「男」の眼だった。今までに感じたことのない威圧感。奈落は蛇に睨まれた蛙の様に、足がすくんで動かなくなった。

「貴女がそんな格好をしているのは、本当に商いのためだけですか?」

「なに、を」

「貴女から感じるんです。貴女は男女の付き合いで言うなら、女側の人じゃないですか?だけど貴女が想いを寄せるのは同じ女性。だから少しでも相手の気を引くために男の様な格好をしていると、言ったら否定できますか?」

奈落は利一の顔を見詰めたまま、身動きが取れなくなった。利一の言葉が頭の中に響いて、なにを言われたのかわからなくなる。少女のような面持ちをした彼の口から出た声の音が女性とはやはり違っていて、その違和感が奈落の頭にこびり付いた。

辛うじて奈落は正気を取り戻し、なにを言われたのか反芻した。

「相手の、気を…そんな訳が…」

すると、利一はふっと元のたおやかな表情に戻り、奈落に微笑みかけた。

「そんな怯えた顔をしないでくださいまし。意地悪を言われたので、少し御返しをしただけですわ」

そう言うと利一は奈落の右手を包むように両手で握り、そっとその手に口付けを落とした。

「お気を悪くさせてしまったならごめんなさい。…活動写真は、どなたかお好きな方とご観劇くださいませ。それでは、ご機嫌よう」

利一は名残惜しげに奈落の手を離すと、袂を翻して立ち去っていった。奈落は利一に握られていた手を所在無げに握る。小さく息をついて、目線を前に戻すと。



…少し向こうに、百香の手を握ったまま、怒気を孕んだ視線を投げ付ける千代の姿があった。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

可惜夜に浮かれ烏と暁の月

るし
BL
亡き祖父の家を継いで田舎町へとやってきた暁治は、祖父、正治の友人だという少年、朱嶺と出会う。 気づけば図々しく家に上がり込み、半ば居候状態になった彼は、何かにつけて暁治を構い、あれやこれやと振り回してくる。 おまけにこの町には、不思議な秘密があるようで。 ほんわり一途な妖×頑固で意地っ張りな男前 七十二候二十四節気 一年を巡る日常系和風ファンタジー Twitterリレー企画、作者は葉月めいこ&るしとなります。 第一節気はるし、第二節気は葉月めいこと、三話ずつ交代でリレー小説をつづっていく形になります。 表紙は葉月めいこ様。他サイトにも転載しています。 葉月めいこ様:https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/795168925

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...