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蛍石の果実
三話
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何がどうしてこうなったのか。
奈落は利一という名の女装青年と並んで歩いていた。奈落は高下駄を履いてはいるが、そもそもそんなに背は高くない。隣の女男はその外見こそ可憐だが、中身は男なのでそれなりに背が高い。まるでちくはぐな2人は、道行く人の注目を集めていた。
「こうして歩いていると、まるでアベックのようですね…」
「ああ、そう…」
うっとりとした表情で呟く利一に、奈落はげっそりとしていた。もはや突っ込みを入れる気力すら湧かない。
共にフルーツパーラーに来ていた由乃たちは、わけのわからない気を利かせて恭助とどこかに行ってしまった。奈落に活動写真館のチケットを2枚押し付けて。
どうしろと言うのだ。この得体の知れない何かと活動写真を見て親睦を深めろと?この前カフェーで同席した闇医者と親睦を深める方がまだましだ。
そう思って恐る恐る隣に目をやると、利一は柔らかい微笑みを浮かべて奈落を見返した。こうしているぶんには普通の少女に見えないこともないのだが。
「ええと…なんて呼べば…」
「わたくしの事ですか?おいちって呼んでくださると嬉し」
「利一くんは、そういう格好をしているけど男が好きなわけではないのか?」
歩み寄る努力を少ししてみたが、どうにも生理的嫌悪感が抜けない。まだ普通の男の方が気さくに話せそうだ。
「そうですねぇ。この格好は単に趣味なので、性愛の対象は女性です」
「せいあ…!?」
「やだ、奈落さん声が大きいです」
利一は人差し指を口に当てて、シーッという仕草をする。
奈落は唐突な生々しい表現に頭がぐるぐるしていた。せいあい。つまり、この女の格好をした変態男は私をそういう対象としてみていると。そういうことか?
奈落は胸のあたりがムカムカしてきた。気持ちが悪い。
「…なんだそれは。わざわざ女の格好をして女を好きになるなど、茶番ではないか」
そんな言葉が口を突いて出てきた瞬間、利一の表情が曇った。しまった、とは思ったが、本心であるのも事実だった。好意を抱く対象が異性なら、何故自分をまぜっ返す必要があるのか。
「…貴女も大概、いびつじゃないですか」
突然、利一が作らない素の声を出したので、奈落は心の臓を鷲掴みにされたような苦しさを感じた。彼の顔を見上げると、そこにあったのは「男」の眼だった。今までに感じたことのない威圧感。奈落は蛇に睨まれた蛙の様に、足がすくんで動かなくなった。
「貴女がそんな格好をしているのは、本当に商いのためだけですか?」
「なに、を」
「貴女から感じるんです。貴女は男女の付き合いで言うなら、女側の人じゃないですか?だけど貴女が想いを寄せるのは同じ女性。だから少しでも相手の気を引くために男の様な格好をしていると、言ったら否定できますか?」
奈落は利一の顔を見詰めたまま、身動きが取れなくなった。利一の言葉が頭の中に響いて、なにを言われたのかわからなくなる。少女のような面持ちをした彼の口から出た声の音が女性とはやはり違っていて、その違和感が奈落の頭にこびり付いた。
辛うじて奈落は正気を取り戻し、なにを言われたのか反芻した。
「相手の、気を…そんな訳が…」
すると、利一はふっと元のたおやかな表情に戻り、奈落に微笑みかけた。
「そんな怯えた顔をしないでくださいまし。意地悪を言われたので、少し御返しをしただけですわ」
そう言うと利一は奈落の右手を包むように両手で握り、そっとその手に口付けを落とした。
「お気を悪くさせてしまったならごめんなさい。…活動写真は、どなたかお好きな方とご観劇くださいませ。それでは、ご機嫌よう」
利一は名残惜しげに奈落の手を離すと、袂を翻して立ち去っていった。奈落は利一に握られていた手を所在無げに握る。小さく息をついて、目線を前に戻すと。
…少し向こうに、百香の手を握ったまま、怒気を孕んだ視線を投げ付ける千代の姿があった。
奈落は利一という名の女装青年と並んで歩いていた。奈落は高下駄を履いてはいるが、そもそもそんなに背は高くない。隣の女男はその外見こそ可憐だが、中身は男なのでそれなりに背が高い。まるでちくはぐな2人は、道行く人の注目を集めていた。
「こうして歩いていると、まるでアベックのようですね…」
「ああ、そう…」
うっとりとした表情で呟く利一に、奈落はげっそりとしていた。もはや突っ込みを入れる気力すら湧かない。
共にフルーツパーラーに来ていた由乃たちは、わけのわからない気を利かせて恭助とどこかに行ってしまった。奈落に活動写真館のチケットを2枚押し付けて。
どうしろと言うのだ。この得体の知れない何かと活動写真を見て親睦を深めろと?この前カフェーで同席した闇医者と親睦を深める方がまだましだ。
そう思って恐る恐る隣に目をやると、利一は柔らかい微笑みを浮かべて奈落を見返した。こうしているぶんには普通の少女に見えないこともないのだが。
「ええと…なんて呼べば…」
「わたくしの事ですか?おいちって呼んでくださると嬉し」
「利一くんは、そういう格好をしているけど男が好きなわけではないのか?」
歩み寄る努力を少ししてみたが、どうにも生理的嫌悪感が抜けない。まだ普通の男の方が気さくに話せそうだ。
「そうですねぇ。この格好は単に趣味なので、性愛の対象は女性です」
「せいあ…!?」
「やだ、奈落さん声が大きいです」
利一は人差し指を口に当てて、シーッという仕草をする。
奈落は唐突な生々しい表現に頭がぐるぐるしていた。せいあい。つまり、この女の格好をした変態男は私をそういう対象としてみていると。そういうことか?
奈落は胸のあたりがムカムカしてきた。気持ちが悪い。
「…なんだそれは。わざわざ女の格好をして女を好きになるなど、茶番ではないか」
そんな言葉が口を突いて出てきた瞬間、利一の表情が曇った。しまった、とは思ったが、本心であるのも事実だった。好意を抱く対象が異性なら、何故自分をまぜっ返す必要があるのか。
「…貴女も大概、いびつじゃないですか」
突然、利一が作らない素の声を出したので、奈落は心の臓を鷲掴みにされたような苦しさを感じた。彼の顔を見上げると、そこにあったのは「男」の眼だった。今までに感じたことのない威圧感。奈落は蛇に睨まれた蛙の様に、足がすくんで動かなくなった。
「貴女がそんな格好をしているのは、本当に商いのためだけですか?」
「なに、を」
「貴女から感じるんです。貴女は男女の付き合いで言うなら、女側の人じゃないですか?だけど貴女が想いを寄せるのは同じ女性。だから少しでも相手の気を引くために男の様な格好をしていると、言ったら否定できますか?」
奈落は利一の顔を見詰めたまま、身動きが取れなくなった。利一の言葉が頭の中に響いて、なにを言われたのかわからなくなる。少女のような面持ちをした彼の口から出た声の音が女性とはやはり違っていて、その違和感が奈落の頭にこびり付いた。
辛うじて奈落は正気を取り戻し、なにを言われたのか反芻した。
「相手の、気を…そんな訳が…」
すると、利一はふっと元のたおやかな表情に戻り、奈落に微笑みかけた。
「そんな怯えた顔をしないでくださいまし。意地悪を言われたので、少し御返しをしただけですわ」
そう言うと利一は奈落の右手を包むように両手で握り、そっとその手に口付けを落とした。
「お気を悪くさせてしまったならごめんなさい。…活動写真は、どなたかお好きな方とご観劇くださいませ。それでは、ご機嫌よう」
利一は名残惜しげに奈落の手を離すと、袂を翻して立ち去っていった。奈落は利一に握られていた手を所在無げに握る。小さく息をついて、目線を前に戻すと。
…少し向こうに、百香の手を握ったまま、怒気を孕んだ視線を投げ付ける千代の姿があった。
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