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蛍石の果実

二話

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「す、す、す、好きです!結婚して下さい!」

「…は?」

 奈落はフォークで刺していたフルーツポンチの桃を思わず落としてしまった。この世に生を受けて二十数年経ったが、こんなに唐突に求婚されたのは初めての事だった。目の前の背の高い少女は、奈落の手を取り目を輝かせている。

 女学生のような長い髪。色白の細く面長な顔立ち。くりくりとした少し垂れ気味の特徴的な目をしている。大きな縦縞に可愛らしい牡丹が咲いた着物は、しかし少女の長身によっておはしょりが殆どない。由乃よりは年上に見えるのだが、女学生なのだろうか。恭助が連れてきたこの少女は、パーラーで奈落たちと合流した時からずっとそわそわしていた。恭助とどういう関係かは知らないが、老人に連れてこられていきなり知らない集団に放り込まれては話すのにも難儀するだろうと思っていたのに、初めて口を開いて言う事がこれとは。どうも先日から恭助はアクの強い人間を連れてくるのだが、一体どう言う了見なのか。

 助けを求めて周囲に目をやると、恭助はにやにやするばかり、由乃は目を輝かせ、鼓梅は我関せずとあんみつを口に運んでいる。状況は絶望的だ。

「あの…お嬢さん。一旦落ち着こうか」

「はい!」

「残念だけど、私は男じゃない」

「はい、知ってます!」

 奈落は頭を抱えた。意味がわからない。

「それじゃあ結婚できる訳ないだろう…」

「あ、それは問題ないです。何故ならわたくしは…」

「いい加減にして。奈落さんが困ってるわ、兄さま」

 鼓梅が口を開いた。しかも、何か今物凄い衝撃的な事を言った気がする。

「にい…さま…?」

「なによう、人の恋路を邪魔しないでくれる?鼓梅。大体貴女なんでここにいるの?」

「こちらの台詞ですわ、兄さま。しばらく家に顔を見せないと思っていましたが、どこで何をしていたんですの?」

「いいじゃない、宝生の家督は虎徹が継ぐのでしょう?私は自由にさせてもらうわ!」

「いやいやいやいや待って待って待って待ってねぇちょっと待って」

 大体何か察せるような会話だったが、頭の処理が追いつかない。

 奈落は掴まれた手を振り払って、少女、と思っていた何かを指差した。

「…兄さま?」

「はい。宝生家の長子にて私の兄、宝生 利一りいちです」

「やだ、この格好の時はおいちって呼ばれてるのよ」

「しったこっちゃありません」

 奈落は頭がくらくらしてきた。恭助は相変わらずにやにやと笑っている。

「一応お前も会うのは初めてではないぞ。ほれ、先日カフェーに行っただろう。そこで女給をしておった1人だ」

 言われてみればあの時、やたらと背の高い女給が1人いたような気がする。しかしあの時は風吹と辺氏に気を取られていて、それ以外は頭に入っていなかった。

「なんでその女給(男)をじいさまが連れて来てるんですか」

「お前に惚れたと泣き付かれたもんでの。儂も偶には人の恋路の世話がしたくてな」

「余計なお世話です。そもそも私が嫁に行ったら極楽堂はどうするんですか」

「問題ありませんわ。わたくし勘当されておりますので婿入りできますの!」

「貴様はちょっと黙ってろ女男」

「あん、いけず」

「という訳だ。何の問題もない。儂もひ孫の顔が見たい。いい話だと思うんだがの」

「どこがですか。余計なお世話だと…」

「奈落」

 怒気をはらんでいた奈落の剣幕はしかし、恭助に名を改めて呼ばれて勢いを落とした。

「お前ももういい大人なのだ。そろそろ落ち着きなさい。儂だってお前が自由恋愛をしたいというのなら止めはしない。しかしお前は、仕事に篭ってばかりではないか」

「しかし、私は…」

「それに、お前には似合いだと思うんだがの。お前、女色の気があるだろう」

 恭助の一言で奈落が凍る。何故それを、と思ったが、周囲はその一言に特に驚いた様子もなかった。

「そうそう、お姉ちゃんこの前綺麗な奥さんを前に浮き足立っていたわ」

「いやそれは」

「奈落さん、珍しい事ではありませんわ。今の時代、エログロナンセンスが蔓延っているのですもの。百合もまた美しいと思いますの」

「いやだから」

「奈落さんが望むならわたくし、この股間のものを切り取る覚悟が」

「貴様次に喋ったらその口を切り落とすぞ」

「それは困るの、跡継ぎを作ってからにしてくれんか」

「…」

 最早誰も奈落の話など聞いてはいなかった。奈落は安易に恭助を連れて来た事を後悔した。

 ガラスのボウルに入った蛍石のようなフルーツが、奈落を嘲笑うかのようにシロップの中で揺れていた。
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