12 / 25
蛍石の果実
二話
しおりを挟む
「す、す、す、好きです!結婚して下さい!」
「…は?」
奈落はフォークで刺していたフルーツポンチの桃を思わず落としてしまった。この世に生を受けて二十数年経ったが、こんなに唐突に求婚されたのは初めての事だった。目の前の背の高い少女は、奈落の手を取り目を輝かせている。
女学生のような長い髪。色白の細く面長な顔立ち。くりくりとした少し垂れ気味の特徴的な目をしている。大きな縦縞に可愛らしい牡丹が咲いた着物は、しかし少女の長身によっておはしょりが殆どない。由乃よりは年上に見えるのだが、女学生なのだろうか。恭助が連れてきたこの少女は、パーラーで奈落たちと合流した時からずっとそわそわしていた。恭助とどういう関係かは知らないが、老人に連れてこられていきなり知らない集団に放り込まれては話すのにも難儀するだろうと思っていたのに、初めて口を開いて言う事がこれとは。どうも先日から恭助はアクの強い人間を連れてくるのだが、一体どう言う了見なのか。
助けを求めて周囲に目をやると、恭助はにやにやするばかり、由乃は目を輝かせ、鼓梅は我関せずとあんみつを口に運んでいる。状況は絶望的だ。
「あの…お嬢さん。一旦落ち着こうか」
「はい!」
「残念だけど、私は男じゃない」
「はい、知ってます!」
奈落は頭を抱えた。意味がわからない。
「それじゃあ結婚できる訳ないだろう…」
「あ、それは問題ないです。何故ならわたくしは…」
「いい加減にして。奈落さんが困ってるわ、兄さま」
鼓梅が口を開いた。しかも、何か今物凄い衝撃的な事を言った気がする。
「にい…さま…?」
「なによう、人の恋路を邪魔しないでくれる?鼓梅。大体貴女なんでここにいるの?」
「こちらの台詞ですわ、兄さま。しばらく家に顔を見せないと思っていましたが、どこで何をしていたんですの?」
「いいじゃない、宝生の家督は虎徹が継ぐのでしょう?私は自由にさせてもらうわ!」
「いやいやいやいや待って待って待って待ってねぇちょっと待って」
大体何か察せるような会話だったが、頭の処理が追いつかない。
奈落は掴まれた手を振り払って、少女、と思っていた何かを指差した。
「…兄さま?」
「はい。宝生家の長子にて私の兄、宝生 利一です」
「やだ、この格好の時はおいちって呼ばれてるのよ」
「しったこっちゃありません」
奈落は頭がくらくらしてきた。恭助は相変わらずにやにやと笑っている。
「一応お前も会うのは初めてではないぞ。ほれ、先日カフェーに行っただろう。そこで女給をしておった1人だ」
言われてみればあの時、やたらと背の高い女給が1人いたような気がする。しかしあの時は風吹と辺氏に気を取られていて、それ以外は頭に入っていなかった。
「なんでその女給(男)をじいさまが連れて来てるんですか」
「お前に惚れたと泣き付かれたもんでの。儂も偶には人の恋路の世話がしたくてな」
「余計なお世話です。そもそも私が嫁に行ったら極楽堂はどうするんですか」
「問題ありませんわ。わたくし勘当されておりますので婿入りできますの!」
「貴様はちょっと黙ってろ女男」
「あん、いけず」
「という訳だ。何の問題もない。儂もひ孫の顔が見たい。いい話だと思うんだがの」
「どこがですか。余計なお世話だと…」
「奈落」
怒気をはらんでいた奈落の剣幕はしかし、恭助に名を改めて呼ばれて勢いを落とした。
「お前ももういい大人なのだ。そろそろ落ち着きなさい。儂だってお前が自由恋愛をしたいというのなら止めはしない。しかしお前は、仕事に篭ってばかりではないか」
「しかし、私は…」
「それに、お前には似合いだと思うんだがの。お前、女色の気があるだろう」
恭助の一言で奈落が凍る。何故それを、と思ったが、周囲はその一言に特に驚いた様子もなかった。
「そうそう、お姉ちゃんこの前綺麗な奥さんを前に浮き足立っていたわ」
「いやそれは」
「奈落さん、珍しい事ではありませんわ。今の時代、エログロナンセンスが蔓延っているのですもの。百合もまた美しいと思いますの」
「いやだから」
「奈落さんが望むならわたくし、この股間のものを切り取る覚悟が」
「貴様次に喋ったらその口を切り落とすぞ」
「それは困るの、跡継ぎを作ってからにしてくれんか」
「…」
最早誰も奈落の話など聞いてはいなかった。奈落は安易に恭助を連れて来た事を後悔した。
ガラスのボウルに入った蛍石のようなフルーツが、奈落を嘲笑うかのようにシロップの中で揺れていた。
「…は?」
奈落はフォークで刺していたフルーツポンチの桃を思わず落としてしまった。この世に生を受けて二十数年経ったが、こんなに唐突に求婚されたのは初めての事だった。目の前の背の高い少女は、奈落の手を取り目を輝かせている。
女学生のような長い髪。色白の細く面長な顔立ち。くりくりとした少し垂れ気味の特徴的な目をしている。大きな縦縞に可愛らしい牡丹が咲いた着物は、しかし少女の長身によっておはしょりが殆どない。由乃よりは年上に見えるのだが、女学生なのだろうか。恭助が連れてきたこの少女は、パーラーで奈落たちと合流した時からずっとそわそわしていた。恭助とどういう関係かは知らないが、老人に連れてこられていきなり知らない集団に放り込まれては話すのにも難儀するだろうと思っていたのに、初めて口を開いて言う事がこれとは。どうも先日から恭助はアクの強い人間を連れてくるのだが、一体どう言う了見なのか。
助けを求めて周囲に目をやると、恭助はにやにやするばかり、由乃は目を輝かせ、鼓梅は我関せずとあんみつを口に運んでいる。状況は絶望的だ。
「あの…お嬢さん。一旦落ち着こうか」
「はい!」
「残念だけど、私は男じゃない」
「はい、知ってます!」
奈落は頭を抱えた。意味がわからない。
「それじゃあ結婚できる訳ないだろう…」
「あ、それは問題ないです。何故ならわたくしは…」
「いい加減にして。奈落さんが困ってるわ、兄さま」
鼓梅が口を開いた。しかも、何か今物凄い衝撃的な事を言った気がする。
「にい…さま…?」
「なによう、人の恋路を邪魔しないでくれる?鼓梅。大体貴女なんでここにいるの?」
「こちらの台詞ですわ、兄さま。しばらく家に顔を見せないと思っていましたが、どこで何をしていたんですの?」
「いいじゃない、宝生の家督は虎徹が継ぐのでしょう?私は自由にさせてもらうわ!」
「いやいやいやいや待って待って待って待ってねぇちょっと待って」
大体何か察せるような会話だったが、頭の処理が追いつかない。
奈落は掴まれた手を振り払って、少女、と思っていた何かを指差した。
「…兄さま?」
「はい。宝生家の長子にて私の兄、宝生 利一です」
「やだ、この格好の時はおいちって呼ばれてるのよ」
「しったこっちゃありません」
奈落は頭がくらくらしてきた。恭助は相変わらずにやにやと笑っている。
「一応お前も会うのは初めてではないぞ。ほれ、先日カフェーに行っただろう。そこで女給をしておった1人だ」
言われてみればあの時、やたらと背の高い女給が1人いたような気がする。しかしあの時は風吹と辺氏に気を取られていて、それ以外は頭に入っていなかった。
「なんでその女給(男)をじいさまが連れて来てるんですか」
「お前に惚れたと泣き付かれたもんでの。儂も偶には人の恋路の世話がしたくてな」
「余計なお世話です。そもそも私が嫁に行ったら極楽堂はどうするんですか」
「問題ありませんわ。わたくし勘当されておりますので婿入りできますの!」
「貴様はちょっと黙ってろ女男」
「あん、いけず」
「という訳だ。何の問題もない。儂もひ孫の顔が見たい。いい話だと思うんだがの」
「どこがですか。余計なお世話だと…」
「奈落」
怒気をはらんでいた奈落の剣幕はしかし、恭助に名を改めて呼ばれて勢いを落とした。
「お前ももういい大人なのだ。そろそろ落ち着きなさい。儂だってお前が自由恋愛をしたいというのなら止めはしない。しかしお前は、仕事に篭ってばかりではないか」
「しかし、私は…」
「それに、お前には似合いだと思うんだがの。お前、女色の気があるだろう」
恭助の一言で奈落が凍る。何故それを、と思ったが、周囲はその一言に特に驚いた様子もなかった。
「そうそう、お姉ちゃんこの前綺麗な奥さんを前に浮き足立っていたわ」
「いやそれは」
「奈落さん、珍しい事ではありませんわ。今の時代、エログロナンセンスが蔓延っているのですもの。百合もまた美しいと思いますの」
「いやだから」
「奈落さんが望むならわたくし、この股間のものを切り取る覚悟が」
「貴様次に喋ったらその口を切り落とすぞ」
「それは困るの、跡継ぎを作ってからにしてくれんか」
「…」
最早誰も奈落の話など聞いてはいなかった。奈落は安易に恭助を連れて来た事を後悔した。
ガラスのボウルに入った蛍石のようなフルーツが、奈落を嘲笑うかのようにシロップの中で揺れていた。
0
お気に入りに追加
10
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
可惜夜に浮かれ烏と暁の月
るし
BL
亡き祖父の家を継いで田舎町へとやってきた暁治は、祖父、正治の友人だという少年、朱嶺と出会う。
気づけば図々しく家に上がり込み、半ば居候状態になった彼は、何かにつけて暁治を構い、あれやこれやと振り回してくる。
おまけにこの町には、不思議な秘密があるようで。
ほんわり一途な妖×頑固で意地っ張りな男前
七十二候二十四節気
一年を巡る日常系和風ファンタジー
Twitterリレー企画、作者は葉月めいこ&るしとなります。
第一節気はるし、第二節気は葉月めいこと、三話ずつ交代でリレー小説をつづっていく形になります。
表紙は葉月めいこ様。他サイトにも転載しています。
葉月めいこ様:https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/795168925
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる