改造人間

SIN

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ジュタ 1

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 5年前、生まれて初めての経験をした。
 それは万引き。
 お金が無かった訳じゃなく、ソレがとびっきり欲しかった訳でも無かった。ただ俺はここに自分というちっぽけな存在がいる事を誰かに気付いて欲しかったのかも知れない。
 この、崩壊した世界の中で。

 俺は地球戦闘部隊の見習い生、NO,BS1519のジュタ。
 地球ではかつて繁栄していた人間の時代は終わり、人間が作り出したロボットが支配し、その勢力を広めている。
 事の発端は21世紀始め。
 架空のロボット戦士を再現しようと研究され、競い合うかの様に作られた精密ロボットにあったとされている。初代ロボットは人間の10倍の視力を持ち、10倍の処理スピードを誇っていたらしい。
 2代3代と進んでいくうち、ロボット達は自ら研究を始めた。より高い知能を求めた結果、ロボット達は人間を研究の材料として選んだ。
 そうやって人間は自作り出したロボットによってここまでその数を減らす事となったのだ。
 そこで産み出されたのが俺達改造人間。
 改造人間とはその体の半分以上を機械にとって換わられた言わばロボットと戦う為だけに開発された人間の事。
 俺が改造人間にされたのは5年前。
 名誉ある事だと国から多額の報酬を受け取った母が、既に月に住んでいる兄貴を頼って月へ移住した事を知らされた時、俺に新しい名前がつけられた。それがNO,1519。
 因に名前の前についている“BS”とは、B級能力のSクラスって事。
 能力は、優れている者からA,B,Cに分けられ、クラスは優秀な生徒からS,A,B,C,Fに分類されている。つまり“AS”が1番優れていて、逆に“CF”は能力の低い役立たずと言う訳だ。
 俺達を改造人間なんてモノにしておきながら、研究員は平気な顔をして“役立たず”と呼んでいる。何だか人間に攻撃を仕掛けたロボット達の気持ちが分からない訳でも無いが、ここでそんな事を言えば間違い無くスクラップにされるだろう。
 っと、話を戻そう。
 ASにランクアップ出来ればロボットとの戦闘が繰り広げられている場所への派遣が決まり、月にいる家族の所への面会が許される。皆その面会の為だけに日々厳しいトレーニングに耐えているって言っても過言では無いだろう。ここの施設の奴らだってそれは分かっている筈だ。だから何でも家族で釣ろうとしている。
 家族に会いたいなら歯向かうな、家族に会いたいなら進級しろ……。
 おかしな話だと思わないか?
 俺達は今、会いたがっているその家族のせいでこんな目に遭ってるんだぞ?
 売られたんだ。
 違うか?
 少なくとも俺は家族なんかには会いたく無い。
 だから試験だってAFに進級しないように手を抜いてやってる。
 ホラ、今日も月で育った子供が親に売られ、月からこの研究施設に輸送されて来た。
 改造人間にされる為に。
 そんな改造人間なりたての子供にここでの掟やらを教えるのはA級能力者の仕事で、Bはほとんど何もしなくて良い。それはBに留まる理由の1つになっている。
 毎日のトレーニングだけでもダルイってーのに、お子様の面倒なんて見てらんねぇーってーの。
 トレーニングは1日16時間。6時間毎にある2時間の飯時以外は特に自由時間さえ与えられない。睡眠時間でさえ睡眠学習とか言うモノをさせられて、寝不足の慢性化が改造人間病だ。
 1ヶ月に1度進級テストがあり、ASはその後1日だけ家族に会いに行かされ、そのまま戦場へと向かう。
 新しくASになった奴は残りの1ヶ月間更に厳しいトレーニングを受ける。
 人類の為、家族の為を合言葉に……。
 「1519、1523、1638、1699、来い」
 トレーニングを終えての飯時、白い服を着た研究員の1人が俺を含めて4人の改造人間を呼び付けた。
 この4人はBSを1年以上も続けている顔ぶれ、そろそろBを続ける事への潮時が来たって訳か。なんたってBSはB級能力者でいる最後の砦……俺のように腐った奴が溜まって当たり前だからな。
 「今から特別テストを行う」
 やっぱりそう来たか。
 何としてでも俺達をA能力者にしたいようだ。
 こう言う場合奴らは必ず言うんだ。“出来なければ家族に会えなくなるぞ”か“スクラップにしてやる”だ。まぁ俺達は以前家族に会えなくなるって言われて手を抜いたクチだから、今度はスクラップにすると言われるだろう。
 「今度のテストに合格しなければスクラップにするぞ」
 ほらな、言う事分かってんだよ。
 けど、流石にそれは嫌だから……仕方ない。
 「何だ、おまえら雑魚もやれば出来るんだな」
 研究員はニタリと嫌味な笑顔を向けてくると、人の事をかなり馬鹿にした風な口調で言ってきた。
 雑魚と分かり易く煽られたけど、それに乗っかる事はイコール破棄処分に繋がる。昔はいちいち腹が立ったっけ……。わざとだろうがなんだろうが、こんな簡単なテストに落ち続けているんだから、誰がどう見たって雑魚なのにな。
 「1519、お前ならもっと上に行けるんじゃねぇ?」
 テストを終え、新しいクラスへの移動中、さっき一緒にテストを受けた1人の改造人間が話し掛けて来た。コイツは俺の幼馴染でもあって、同じ時期に改造人間にされて、同じように進級して来た、言わば親友ってやつだ。
 「今更数字で呼ぶのか?タイキ」
 「ちょっとした挨拶だって。そうとんがんなよジュタ」
 ニカリと人の良い笑顔を見せるタイキは、孤児院出身。
 その孤児院はここに改造人間の材料となる人間を送る強制施設で、その説明を孤児達にはしないって言うとんでもない施設だった。
 普通の家庭から売られた俺と違って、なんの説明もなしにここへ送られて来たタイキは、改造人間にされた後しばらく暴れてたっけ。
 まぁ、よく立ち直れたよな。
 移動してきた新しいクラスの中に、俺達の顔見知りは1人もいなかった。もう皆戦場に行ってしまっていたんだ。
 「取り残された気分」
 「それでいーんだって」
 A級ではB級にやっていた剣術体術に加え、実弾を使用した銃の授業も行われていたが、かなり惜しい事に、銃の授業の時研究員の奴らは防弾ガラスの向こう側にいる。
 普通の人間ならこんなデカイ銃なんか扱えないだろ?ってくらいの銃を構え、1秒に5枚現れる的に撃ち込んで行く。味方の絵が描かれた的まであったりするから、ただ撃ちゃ良いってもんでもないんだけど……白い服着た研究員の絵が描かれている的には3発程いれてやるのがマナーだよな。
 今更改造人間にされた事を嘆いても仕方ねぇ。だったらこれからどう生きるか、そんな選択肢さえ与えないここの研究員のやり方には頭キテんだ。
 何故俺達が機械にされてロボットと戦わなきゃなんねーんだよ。
 何故架空のロボットを実現させようとした?そんなのアホが考えても人間じゃ太刀打ちできない事になるって想像出来ただろ?
 それとも、弱い人間をロボットが助けて守るとでも本気で考えたのだろうか?
 はぁ、止めた。
 折角の休憩時間なんだから、もっと楽しい事を考えよう。
 「知るか!消えろ!」
 あぁ、またか。
 食堂での飯休憩時に怒鳴り声が聞こえて来るのは、日常茶飯事。
 研究員と改造人間が声を荒げて言い合う事は決してないが、研究員への鬱憤を、他の改造人間へ向けて八つ当たりする事はしょっちゅうあるからだ。
 なので、
 「うるさい!あっちに行け!!」
 と、大きな声が聞こえてきた所で気にもならず、悠々と食事を続ける事が出来る筈なのだが……
 「そんな名前知らない、他を当たれ」
 「うるさい!」
 「黙れ」
 拒否の声が段々近付いてくれば流石に気にはなってきて、何気なく視線を向けてみた。
 そこには改造人間になったばかりと思われるF能力者……月出身者特有のほっそりとした、物凄く弱そうなガキが1人1人に何かを尋ね回っていた。
 「落ち着いてんな」
 俺の隣で飯を食らっていたタイキも近付いてくる拒否の声が気になったのだろう、いつもなら絶対に食事を中断しないと言うのに、ガキの方を見ながらそう言った。まぁ、口いっぱいに飯は頬張ってるけど。
 「お前に比べれば誰だって落ち着いて見える」
 そう毒づいてみたが、確かにそのガキの落ち着きには引っかかるものがある。
 まるで自分が改造人間になる事などズット昔から知っていたかのような……それに、怒鳴られていると言うのに平然と次の奴に質問を繰り返す姿は、ガキとは思えない程の雰囲気を持っていた。
 何を聞き回っているのかは良くは聞き取れないが、それを気にする必要はない。何故なら、そのガキは今、俺とタイキの前にまでやってきたから。
 皆があれ程まであからさまに拒否する程の質問、何か余程の事を言っていたに違いない。
 よし、心の準備は出来た……さぁ、言ってみろ。
 「貴方達はいつから改造人間としてここにいるんですか?」
 あぁー、成る程。
 「他行け」
 こんな人の古傷を突付いて、更に抉るような事を淡々とした態度と表情で聞いて回ってたんじゃ―拒否されんのも無理はない。
 俺だって、初対面のこんなヤツに教える義理もなにもないし、第一喋りたくもない上に思い出したくもない。
 とは言うものの、この時代家族に売られるなんて珍しくもなんともない話ではあるか。
 「他は皆当たった。後は貴方達だけだ」
 まぁ、俺達は1番端に座ってる訳だからそうなるんだけど、こういう場合の“他行け”が意味する事は、普通に考えたら“失せろ”だろ?
 ガキの癖に肝が据わり過ぎてるだろ。それとも単なる天然か?どっちにしたって手遅れか。タイキはこういう真っ直ぐに視線を向けてくるようなガキを放っておけない性質をもってる……。
 ホラ、意味もなく笑顔だよコイツ。
 「5年前」
 その上質問にも答えてやんの。
 誰よりも改造人間になった事のトラウマがキツイ癖に、それを上回る程の子供好きとは知らなかったぞ。
 今までは変に世話を任されるからって避けてたみたいだけど……このガキの世話係はタイキで決まりか。
 ガキはガキで妙にタイキを気に入ったらしく、さっきまでの表情から一転して笑顔だ。
 はぁ、勝手にしてくれ。
 「じゃあ、じゃあ、ジュタって人知ってるよね?」
 半場はしゃぎながら発せられたガキの言葉に、俺は力加減を過ってテーブル1つを大破させてしまった。
 何でこのガキが俺の名前を知ってんだ?俺はこのガキを今日始めて見たんだぞ?
 「ジュタの知り合い?」
 不思議そうに俺を指差すタイキ。
 「な訳あるか」
 「じゃー貴方がジュタ?」
 何だ?そのガッカリした表情は! 
 「分かった、弟か何かか?」
 俺に弟がいるんなら、親友のお前も知ってる筈だろ?何か分かったーだよ。
 「知らねぇって」
 「まさか隠し子?」
 ……ハァ。
 今年成人したばかりの俺に、何で15くらいの子供がいるってんだよ。良く考えて発言しろよ、疲れるから。
 「お前はなんてーの?」
 「俺はルル」
 自分の名前が知られてるのに、こいつの名前を知らない事がどうも気に入らなくて名前を聞いてはみたが……ガキに対しての妙味なんか微塵にも沸いて来ないわな。
 「で、そのルルさんが俺に何の用?」
 壊れたテーブルの片付けを始めたタイキを尻目に、ズット俺を凝視していたガキに聞く。一体何処で俺の名前を知ったのかも気になる所ではあるが……まぁ、何となくの予想は付いてる。
 「ジュタ……ガドルの事……恨んでる?」
 はい、思った通りー。
 あいつを知ってるんなら、俺の話題が出ても可笑しくはない。
 「アイツの回し者か」
 「違っ!」
 ガキは俺が睨んでやると、今までの落ち着いた雰囲気や楽しげに微笑みを消し、一気に怯えたように目を逸らした。
 まだまだか弱いガキ相手に少々大人気ないのかも知れないが、仕方ない……何故なら俺はガドルなんてこの世で1番不快な名前を耳にしてしまったのだから。
 「ガドルは俺の恩人なんだ!お願いだから恨まないで!」
 だから何?
 あいつがお前を助けたから事と、俺がアイツを許す事とは全くの別物。その上で許せって?ハハッ笑える。
 「失せろ」
 お前に俺達の何が分かる?何を知ってる?
 ある程度ならアイツから聞いたのかも知れないが、それが何?何になる?
 「ガドルは今適性テストに落ちて月に戻され、強制施設から逃げ出し路上生活している子供を保護する施設を経営してるんだ」
 そんな事は、知ってる。
 保護した子供をここに送るだけの強制施設だろ?
 「だから?」
 今のアイツがどんなに善人だったとしても、俺には全く関係ない。
 アイツに対する恨みの気持ちは消えないし、消そうとも思わない。
 「俺はガドルに……」
 まだ言うか。
 「黙れ」
 これ以上アイツの名前を出すな……不快だ。
 とにかく目の前からガキの姿を消したくて、俺はガキの胸倉を掴み揚げて投げ飛ばしていた。
 俺達がいる食堂の1番端から反対方向へと勢い良く飛んで行ったガキは、受身も何も取れずに壁に埋まり、食堂に大きな穴が開いてしまった。
 改造人間なのだからこの程度では何の攻撃にもなっていないが……そうか、壁には悪い事をしてしまったな……。
 だけど、もうガキの顔を見たくないから……。
 「タイキ、ちょっと片付け頼む」
 テーブルの片付けに続いて壁の後処理まで押し付けてごめん……。
 「任せとけ」
 人間だった頃からの親友であるタイキは、俺とアイツの問題も良く知っていた。だから俺が今回多少力加減を間違えてしまった事も“仕方ない”と言った風に手を振り、快く片付けを引き受けてくれた。
 「あんたなんかっ!ガドルとは大違いだ!!」
 トレーニングルームへ向かう俺の後ろ姿にガキは再びその名前を発したが、いちいち攻撃しに戻るのも嫌になり、そのまま食堂を後にした。
 俺がアイツとは大違いだ?とても良い事じゃねーか。俺はあんな偽善者でいたくない。
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