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SIN

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人魚の気持ち

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 裏の山には大きな川があって、その川の上流にはかなり大きな滝がある。
 その滝はコイの滝と呼ばれていて、恋人同士で行くと末永く幸せになれるって宣伝文句の観光地になっていた。
 でも、おばあちゃんが言うには、コイの滝の「コイ」は「恋」じゃなくて「鯉」なんだって。
 大昔、1匹の鯉が滝を登って竜になって、山の守り神になったんだって教えてくれた。
 そんな滝の、ズットズット下流は、俺の遊び場。
 本当は流れの穏やかなここじゃなくて、上流の流れの速い所で遊びたいんだけど、恋人達が多くて遊べないんだ。
 今日は釣りをしようかな。
 サラサラ サラサラ
 川の流れる音に混じって、時々魚の跳ねる音がする。なのに1匹も竿にかかってくれない。
 サラサラ パシャン サラサラ
 釣れてもどうせキャッチアンドリリースなんだけど、1回位は「かかった!」ってドキドキ感を味わってみたいなぁ。
 サラサラ ザバーン!
 「へぇ!?」
 なんかデカイのがいた?釣りをしてる場合じゃない、見に行こう!
 音がした岩場に向かい、注意深く岩の下を見てみると、本当にデカイのが1匹、そこに倒れていた。
 オレンジっぽい尾ひれを持った……なんだろう、コレ。
 「おーい」
 恐る恐る声をかけてみると、オレンジの尾ひれのデカイのが顔だけこっちに向けて、両手を使って岩の下でもがき始めた。
 「ちょっと、手ぇ位かしてくれても良いじゃないかぁ」
 あ、出られなくなっているのか。
 俺は両手で尾ひれを掴むと思いっきり引っ張って、川の中に落としてあげた。
 河童ってオレンジ色だったんだなぁ。しかも良く見ると頭に皿が乗ってないし、背中に甲羅もないや。
 で……どうして動かないのだろうか?
 ぷくぷくぷくぷく。
 溺れている!?
 急いで陸に上げて見ると、河童は咳き込みながら俺を恨めしそうな顔で睨んでくる。
 「投げ落とすなんてゲホゲホッ荒い事しなくてもゴホゴボッ」
 だって、思った以上に軽かったし、河童なんだから水に帰しとけば大丈夫だろうって思ったんだからしょうがない。
 それよりも、河童だ。未確認生物だ。確認したからただの生物だ。
 「河童はここで何やってたんだ?」
 岩の下にはまり込んで、1人じゃ抜け出せなくなってたんだから、誰かに入れられた?自分で入った?餌でもあった?主食はなんだろう?
 「誰が河童だ!俺はアイツらみたいにハゲじゃない!」
 あれ?河童じゃないの?
 「じゃあ~……あ、半魚人!」
 どっちにしたって未確認生物だ。
 「俺はあんなにタラコ唇じゃないし!」
 半魚人ってタラコ唇なんだ~……って、実際に河童も半魚人も実在してるんだなぁ。でも、河童でも半魚人でもないなら、この生物はなんだろう?
 「タラコじゃない半魚人?」
 河童と半魚人のハーフかも!
 「なんでそうなる!そこまで出たら出るでしょ!?人魚だよ、俺人魚!」
 え?えぇ!?人魚!?
 「嘘だ!人魚は綺麗なんだぞ!」
 この生物も綺麗なんだけど、人魚って女性でしょ!?かなり美しくて、姫なんでしょ?
 「君、恐ろしく失礼だね……」
 それに……そうだ!
 「溺れてたし!」
 海で生活している人魚が、こんな川の下流にいる訳ないし、こんな浅い所で溺れるなんて可笑しいし!
 「それは君が放り投げたからだよ!」
 自称人魚の河童がそう言いながら自分の額を指差す。
 見てみると、赤く腫れてしまっていた。
 もしかして、投げた拍子に川底で顔面強打しちゃったのかも?
 「ごめん」
 そうか、ここ浅いもんな……。
 「急に素直になられると反応に困るんだけど……」
 自称人魚の河童は、俺の顔を覗き込むようにして首を傾げ、さっきまでは痛そうに摩っていた額をペシンと軽く叩いて、大丈夫とか言って笑っている。
 深い青色の目、変な形の耳、薄い緑色の髪……緑色の……緑って事は、やっぱり半魚人 か河童じゃないか。でもタラコ唇じゃないから河童だな、うん。
 「で、何しにここまで来たの?この上には人がいっぱいいるから見付かっちゃうよ?」
 未確認生物なんだから、もっと隠れてないと駄目なんでしょ?しかも自称人魚だから、刺身にされるかも!河童なら煮物?半魚人なら串焼きかなぁ?とにかく、食べられるよ!
 「……ここに、コイの滝があるって聞いたんだ」
 コイの滝が海にいる未確認生物の間でも有名だったなんて!もしかして恋愛祈願に来たのかな?
 「あるよ」
 だけどね、カップルで行って初めて御利益があるらしいから、1人身で行っても、周りにいるカップル達を眺めるだけの虚しい事になっちゃうよ?そこをあえて1人で来たと言う事は……コイの滝、じゃなくて、ちゃんと鯉の滝だと知って来たんだ!
 「鯉が登って竜になった、伝説の滝。俺も登って……なれるものなら竜になりたいんだ!」
 力説する自称人魚は、それでも海からここまで来た事で消耗しているのか泳ぎ出そうとはしない。よく見ると彼方此方に擦り傷が出来ているし、俺が投げただけで溺れてたし、もしかしたら泳ぎが下手なのかも。
 だったら泳ぎの特訓?それとも体力の回復が先?
 この自称人魚が滝を登る所を見たいから協力したい!
 だってさ、ただの鯉が登っただけで竜だよ?既に未確認生物のコイツが登ったら、一体何になるのか気になるんだもん。
 辺りが暗くなるのを待って、恋人達がいなくなった事を確認してから上流を目指す。
 パシャン。
 自称人魚は勢いをつけ、物凄い早さで川を泳いで行く。泳ぎが下手な訳じゃなかったんだ。だけど、川の流れは上流に行くほど増して、泳ぎ辛くなった所で現れた滝。
 「くっ!」
 何度も何度も登ろうとしては流され、ゴツゴツしている岩に体をぶつけても、しっかり滝を見据えている真剣な顔。そこまでして竜になりたいのかな?俺は、自称人魚がなにか、物凄い未確認生物になる所が見たい!
 「行ける!もっとひれ使って!ジャンプだよ!」
 俺は応援する事しか出来ないけど、気分は一緒に泳いでるつもりだからね!
 バシャァーン。
 今までになく大きく飛び上がった自称人魚は、滝の途中にある岩を足場にして2回目のジャンプ。少し反則な気もするけど、無事に滝を登る事が出来た。
 それなのに、ちっとも嬉しそうじゃない。滝を登ってきた達成感すら感じていないみたいに、落ち込んでしまっている。
 「竜になれなかったね……」
 何を甘い事を言ってるんだよ。
 「そりゃそうだよ」
 自称河童は川の流れに抵抗する事にも疲れてしまったのか、岩の上に座り込みながら上流ではなく、空を見上げた。
 「ふふっ、無理だって事が、初めから分かってたんだね、キミは」
 だから、この滝じゃ無理なんだってば。
 「だってここ、鯉の滝じゃないもん」
 この滝を登った位で竜とかになれるなら、この川に住む魚のほとんどは未確認生物になってるよ。
 「え?ここに鯉の滝があるって言ったじゃないか!」
 現地をちゃんと調べて来なかったのかな?
 「あるよ。あっちに」
 川の上流を指差しながら2つ目の滝を見せてあげると、自称人魚は何度も目をこすっては上流を眺め、パチパチと瞬きをしては上流を眺め、空を見上げてから上流を眺め。
 「え……えっ!?」
 それでも信じられないと声を上げた。
 しょうがないなぁ、じゃあ先に教えといてあげよう。
 「鯉の滝まで、あと2箇所小さな滝があるよ」
 後2回滝を越えて、そこから鯉の滝だから、今日中に登るにはもっと早く泳がなきゃね。きっと明日も朝早くから恋人達が来るから、それまでに。
 「後2箇所!?」
 しんどいなら陸地を歩く?あ、でも足がないか。軽いからオンブしても良いけど、それってやっぱり何か反則な気がする。
 幾多の困難を乗り越えた者がなんとかかんとかってやつなら、やっぱり泳いで登らないと。それに、竜になった鯉は最初から最後まで泳ぎだった……泳ぎ続ける事でひれが強化されて巨大化して、それで竜っぽくなったって感じだったりしてね。
 そうだとしたら、この自称人魚はどんな変化をするのだろう?未確認生物になれなくたって、見てみたい事に変わりはない。だったら応援を続けないと!
 「この滝が1番小さいよ」
 頑張ったら俺にだって登れる位だから、初心者向けの滝。だから次は中級の……って、聞いてる?
 「えぇ~……」
 パシャーン。
 ぷくぷくぷくぷく。
 「かっ、河童ぁ~~~!!」
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