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レイン
ある人々の醜態
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ハルカの誕生日当日。リリーと共に、ハルカの家に向かう。新しく仕立てた白いワンピースに、真っ赤なコートはリリーによく似合っていた。頭にはアネモネがいくつか。頼んだら髪をいじっていい許可が出たので、編み込んでみたのだけれど。かなり気に入ってくれたみたい。僕も嬉しい。せっかくなので、僕の胸のコサージュもお揃いのアネモネだ。
ハルカの家は、僕の家からそんなに遠くない。大きな通りを一つ抜けた先だ。ハルカは実は、この町では珍しい貴族の一人だ。昔はこの家以外にも別に家があったのだという。建物自体は少し古いが、白を基調とした綺麗な家。周りの家々も立派なのだが、ハルカの家はなんというか、纏っている空気が特殊な感じがする。
門のところで招待状を見せて、中に入る。
ハルカの家、スミレ以外はみんなハルカの作った人形なんだって。リリーと同じ。中で上着と荷物、プレゼントを預けて会場に向かう。ハルカの家には大きな部屋があって、そこがパーティー会場になる。
「やぁやぁ、ご機嫌麗しゅう!待っていたよ、レイン!リリーも来てくれたんだね、ありがとう!」
会場には、既に人が来ていて、みんな思い思いに話をしていた。楽しそうな話から、怖い話まで。ハルカのところには、いろんな人が集まる。
「こんにちは、ハルカおにーさん!招待してくれてありがとう。ふふ、もうなんだか楽しそうね」
「今年もたくさんの人が来てくれたからね。とても嬉しいんだ。二人とも、楽しんでいってくれたまえ!ああ、さっき向こうにローシュもいたよ。ついでに話すといい。ボクはもうちょっと挨拶回りに行ってくるね。ご飯も、好きに食べていいよ。ボクの自信作がいっぱいだからさ!」
ハルカほどの上流階級の人が、自分で料理をするって普通はないんだけど。彼はちょっと変わっていて、自分で料理をするのが趣味なのだという。料理ができる作品もいるはずだけど。喧嘩にならないのかな。
「ようこそお越しくださいました。どうぞ、お飲みになってください」
「あ、ありがとう」
飲み物をもらって、ローシュの元にむかう。ローシュの周りには、それなりに人がいた。
「こんにちは、ローシュ!ご機嫌いかがかしら?」
「おや、その声はリリー君だね。『キミ』に会うのは久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
「ええ、『わたし』はあなたに会う機会もあるけれど、わたしはあまりないものね。たまにはお店に来てちょうだい?寂しいわ」
「それはすまない。近々手土産でも持って、遊びにいくとしよう」
「ふふ、待ってるわね」
綺麗にクリーニングされた燕尾服。片手にグラスを揺らしながら、優雅にローシュは答える。歳を取ってもローシュの動きは実に綺麗だ。見ていて飽きない。
「レインも来ていたのだね。今日はお気に召す食事はあったかな?」
「もう、ローシュったら。いじわるしないで。後で、色々食べてみるよ。ハルカのご飯、いつも美味しいから楽しみで」
「彼は料理人としてもやっていけそうだね。貴族の出には珍しいタイプだ。変わり者、だからこそ。彼の作る作品は美しいのかもしれないね」
ハルカは、本当に自由に生きている。その手で作られる作品たちにも、だ。リリーがこんなに表情豊かなのは、作者がハルカだからかもしれない。
ローシュとゆっくり話す機会はなかなかない。リリーがいるのも相待って盛り上がっていると、むこうから女性が一人近づいてきた。豊かな亜麻色の髪をした彼女は、どうやらこちらに用があるらしい。
「ローシュ様、ご機嫌よう。お久しぶりですこと」
「ああ、これはこれは。ミス・マリアンヌ。すっかり立派な淑女の様子だね。再び会えて光栄だ」
どうやら、ローシュの知り合いらしかった。僕らはそろそろ移動しようかな。リリーに目配せして、移動する意思を伝える。ハルカのご飯、食べに行こ。
リリーと料理テーブルに移動する。綺麗に並べられた料理たちは、みんなお腹が空いているのか予想より減っていた。どれから食べようかな。サラダからいく方がいいかな。このポテトサラダ美味しそう。
「リリーは、どうする?食べれないよね」
「レインが食べてるのを眺めるわ。あなた、美味しそうに食べるもの。見ていると幸せになるの」
「そ、そう?うーん、ただいっぱい食べてるだけだと思うけど。リリーがいいならいいか」
お皿を受け取って、好きなものをとっていく。あまり一度に取りすぎるのは良くないので、ちょっとずつ。この時間が楽しい。
「あら、この料理は何かしら?」
「えーっと。説明書には、ちらし寿司って書いてある。お寿司?」
「お寿司?なにかしら。異国のもののようだけれど」
ハルカの料理には、時々見たことのない国のものが混ざっていることがある。最近ローシュと東の国の話をしていたような。関係あるかもしれない。興味を惹かれたので、お皿によそってみる。これ、お魚かな?卵も入ってて、なんだかカラフルでかわいいかも。下にあるのはお米、かな?一口食べてみると、甘じょっぱいお米と丁寧に処理されたお魚が良い塩梅で。これ、美味しい!
「その顔は、美味しかったのね?」
「うん。美味しい。これ、僕好きかも」
「とても良いことだわ!後でハルカおにーさんにも言ってあげて。喜ぶわ」
「そうだね。後で会ったら言うね」
異国のもののような料理は、他にも並んでいる。次はどれを食べようかな。などとワクワクしていると。
「あら?ローシュがこちらにくるわ。さっきのお姉様も一緒ね。どうしたのかしら?」
「え?ご飯食べにきたのかな」
ローシュがこういう場で料理に手をつけるの、珍しい。エレンが生きていた頃からだけど、あまりこういった場で食べないイメージがある。
「やぁ、先ほどぶりだねレイン。それにリリーも」
「う、うん。そうだね?ローシュも何か食べにきたの?珍しいね」
「ああ、いやいや。そう言うわけではなくてね。レイン、突然だが。オフェーリアはご機嫌いかがな?」
「……ああ、なるほど」
ハルカのお客さんの中には、僕の作品のファンも多い。お得意様の顔も何人か見た。作るものは違うけれど、作品傾向に似たものがあるのかもしれない。僕は、作品として作っているつもりがあまりないけれど。僕のところにきた人で、リリーを見てハルカの作品に出会う人もいる。
「えーっと、君が今回のお客さま、でいいの?」
「ええ、間違いないわ。私はマリアンヌ。ファミリーネームは伏せさせてもらうわ。内緒でここにきているの」
ハルカの知り合いなら、貴族の出の可能性も高い。僕の作品を欲するというのは、世間的にはあまりよくないので。家の名前を伏せたり、偽名で買いにくる人も多い。特に気にならなかった。
「貴方の作品、ローシュ様のところで拝見したわ。この世の何よりも、美しいものが本当にあるなんて。感動したの!今までたくさんの絵や服、宝石を手にしたけれど。何よりも貴方の作品が欲しいの。叶えてくださるかしら?」
「そんなに気に入っていただけて、僕も嬉しいです。ありがとうございます。時間はかかりますが、貴方の希望の作品を作りましょう」
僕がそう言うと、彼女は花が咲いたように軽やかに微笑んでみせた。まるで、新しい宝物を手に入れる前の喜びのように。
「そうと決まれば、オフェーリアに合う素敵なプレゼントを探さなくてはね。ワタシに任せたまえ。満足いくものを用意しよう」
「本当⁉︎ありがとうローシュ様!そのプレゼント、私も選びに連れて行ってくださる?」
「ああ、もちろん。一緒に選びに行くとしよう。レインは、一緒に来るかい?」
「いや。僕は遠慮しておくよ。僕のオフェーリアが、帰りを待っているんだ」
作品を求めてくる人の一部は、作品のために材料を選んで連れてくる。僕は、それに同伴する気はなかった。あくまでも、僕の仕事は死んだ人の弔いの一部。醜美で誰かを選ぶことはできない。同伴してもあまり役にたてないのだ。
「それなら、プレゼントが選べ次第、また連絡しよう。今回もよろしく頼むよ、レイン」
「ああ、今からとても楽しみだわ!どうぞよろしくお願いね、レイン様」
「うん。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
「では、詳しい話はまた後日。食事中にすまなかったね」
要件が済むと、二人はどこかへ行ってしまった。あの様子だと、一週間後には話が全て終わっていそうな気がする。
「お仕事、おつかれさまレイン。これ、飲む?」
どこかに行っていたリリーが戻ってきた。手にはグラス。オレンジ色の液体がゆらゆら揺れている。
「うん、ありがとうリリー。喉乾いちゃった」
グラスを受け取って、一気に飲み干す。甘くて美味しい。少しだけ乾いた喉が癒された。
仕事の話、苦手じゃないはずなんだけど。ローシュからの紹介は、やはり身構えてしまう。『作品』として僕の仕事を求めてくる人の視線は、ちょっと苦手だ。
「ふー。やっと一通り回ったよ。楽しんでるかい?レイン、リリー」
「あ、ハルカ。きてくれたんだね。それに、スミレも」
「あら、スミレ!すごく素敵なドレスだわ!きれいな紫色ね」
「ふふ、ありがとうリリー。気に入ってるのよ」
挨拶回りの終わったハルカが、こちらにやってきた。スミレも一緒だ。
スミレのドレスは僕が先日選んだものだ。スミレは真っ黒な髪にアメジストのような深い紫色の目をしていて、背も高い。直感でこの布の色とドレスの形が似合いそうだなと思って選んだのだけれど。予想通り、スミレのためのドレスに仕上がっていた。
「お、早速何か食べたみたいだね。気に入ったものはあった?」
「うん。このちらし寿司って書いてあるやつ、美味しかった」
「ああ、それはよかった!夏にローシュと一緒に東の国へ行ったんだけど、そこで食べたんだ。生でも大丈夫な魚を仕入れるの、結構大変だったんだよ?気に入ってもらえて、おにーさん鼻が高いね!」
「デザートはまだ食べてないから、感想は後で言うね。ハルカ達も何か食べるの?」
「そうだね、軽く食べとこうかな。スミレ、お皿取ってくれる?」
「はい、どうぞ。フォークは一本で構わない?」
「うん、ありがとう!レインもまだ食べるでしょ?一緒に選ぼう」
「うん、いいよ」
ビュッフェ用の大きなお皿を片手に、料理を選んでいく。気になったものの解説をハルカから聞きながら、あっという間にお皿が埋まってしまった。
「スミレも何か食べておいた方がいいよ。この後また仕事の話もあるし」
「本日の主役なのに?」
「本日の主役だから、かな。生まれてくる子供のために、遊び相手になってくれる子が欲しいんだって。ふふ、そういう仕事なら喜んで!って二つ返事でオッケー出しちゃった。どんな子にするか相談しなきゃね」
ハルカの作品はリリーのように自由気ままに動くものから、通常の人形のような仕様まで色々ある。依頼主がどちらを求めているのかはわからないけど。お誕生日のお祝いに自分の作品が選ばれるのは、作者冥利に尽きるだろう。僕の作品は、こうはいかないから。ちょっぴり羨ましい。
「あら、とても素敵ね!新しい子ができたら、わたしにも会わせてちょうだいね」
「ああ、もちろんさ!最高に美しいものを作るから、期待しててくれたまえ」
「ああ、そうだわ。新しい子で思い出したのだけれど。『リリー』の調子はどうかしら?この前行った時は大丈夫そうだったけれど」
白ワインを傾けながら、スミレが訪ねた。スミレは定期的に僕のところにやってきて、リリー達の様子を診てくれる。軽い修理ならスミレがやってくれることもある。
「うん、みんな元気だよ。前にハルカが来た後からは、痛いの隠すこともないし」
「ふふ、レインがとても心配してたから、反省したみたいよ。不調はない方がいいのはもちろんだけれど、そうもいかない時はあるものね」
「それならよかったわ。また何か困っていたら言ってちょうだい」
「うん。いつも気にかけてくれてありがとう、スミレ」
「いいえ、どういたしまして。リリーも何かあったらすぐ言ってちょうだい」
「ええ、もちろんよ。ありがとう、スミレ」
「スミレ、そろそろ次に行っていいかい?」
「あら、もういいの?わかったわ」
いつのまにか食事が終わっていたらしい。ハルカはお皿を給仕に預けると、スミレを連れて移動していった。
「僕たち、そろそろ帰ろうか。ハルカとも話したし」
「ええ、そうしましょう。あまり遅くなると、あなたのオフェーリアが拗ねてしまうわ」
「ふふ、そうだね。それじゃあ、帰ろっか」
お腹いっぱいでなんだか幸せな気持ちで、ハルカの家を後にした。
「ただいま、エレン。遅くなってごめんね」
深夜0時過ぎ。今日は特別遅くなってしまった。慌てて花を選んできちゃったけど、気に入ってくれるだろうか。
今日の花はラナンキュラス。今年一番に入ってきた春の花。暖かいオレンジ色が、まだ寒いこの部屋にいくらか温度を持たせる。
「今日ね、ハルカの誕生日だったの。パーティー、楽しかったよ。ご飯美味しかった。エレンは、ちらし寿司って食べたことある?東の国のご飯なんだって」
ショーケースの中に、ラナンキュラスを詰めていく。今日は特別寒いから、色味だけでも暖かくなればいいのだけれど。吐く息が白い。この部屋にはストーブがないから、すっかり冷え切っている。持ってきた上着を深く被りながら、エレンを見つめる。うん、今日も綺麗だ。
「エレンの誕生日も、もうすぐだね。今年はどうしよう?去年はリリーが、チョコのケーキを焼いてくれたよね。今年は何を焼くんだろ。ふふ、食いしん坊だなぁって?僕がよく食べるの、エレンも知ってるでしょう?」
窓の外は、雪が降っている。小さな窓は、明日には雪で埋もれてしまうだろう。雪かきしなきゃ。
「そろそろ戻るね。おやすみなさい、エレン」
ショーケースの蓋を閉じて。また明日もくるね、エレン。
凍える寒さの部屋に、主だけが温もりを感じている。
ハルカの家は、僕の家からそんなに遠くない。大きな通りを一つ抜けた先だ。ハルカは実は、この町では珍しい貴族の一人だ。昔はこの家以外にも別に家があったのだという。建物自体は少し古いが、白を基調とした綺麗な家。周りの家々も立派なのだが、ハルカの家はなんというか、纏っている空気が特殊な感じがする。
門のところで招待状を見せて、中に入る。
ハルカの家、スミレ以外はみんなハルカの作った人形なんだって。リリーと同じ。中で上着と荷物、プレゼントを預けて会場に向かう。ハルカの家には大きな部屋があって、そこがパーティー会場になる。
「やぁやぁ、ご機嫌麗しゅう!待っていたよ、レイン!リリーも来てくれたんだね、ありがとう!」
会場には、既に人が来ていて、みんな思い思いに話をしていた。楽しそうな話から、怖い話まで。ハルカのところには、いろんな人が集まる。
「こんにちは、ハルカおにーさん!招待してくれてありがとう。ふふ、もうなんだか楽しそうね」
「今年もたくさんの人が来てくれたからね。とても嬉しいんだ。二人とも、楽しんでいってくれたまえ!ああ、さっき向こうにローシュもいたよ。ついでに話すといい。ボクはもうちょっと挨拶回りに行ってくるね。ご飯も、好きに食べていいよ。ボクの自信作がいっぱいだからさ!」
ハルカほどの上流階級の人が、自分で料理をするって普通はないんだけど。彼はちょっと変わっていて、自分で料理をするのが趣味なのだという。料理ができる作品もいるはずだけど。喧嘩にならないのかな。
「ようこそお越しくださいました。どうぞ、お飲みになってください」
「あ、ありがとう」
飲み物をもらって、ローシュの元にむかう。ローシュの周りには、それなりに人がいた。
「こんにちは、ローシュ!ご機嫌いかがかしら?」
「おや、その声はリリー君だね。『キミ』に会うのは久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
「ええ、『わたし』はあなたに会う機会もあるけれど、わたしはあまりないものね。たまにはお店に来てちょうだい?寂しいわ」
「それはすまない。近々手土産でも持って、遊びにいくとしよう」
「ふふ、待ってるわね」
綺麗にクリーニングされた燕尾服。片手にグラスを揺らしながら、優雅にローシュは答える。歳を取ってもローシュの動きは実に綺麗だ。見ていて飽きない。
「レインも来ていたのだね。今日はお気に召す食事はあったかな?」
「もう、ローシュったら。いじわるしないで。後で、色々食べてみるよ。ハルカのご飯、いつも美味しいから楽しみで」
「彼は料理人としてもやっていけそうだね。貴族の出には珍しいタイプだ。変わり者、だからこそ。彼の作る作品は美しいのかもしれないね」
ハルカは、本当に自由に生きている。その手で作られる作品たちにも、だ。リリーがこんなに表情豊かなのは、作者がハルカだからかもしれない。
ローシュとゆっくり話す機会はなかなかない。リリーがいるのも相待って盛り上がっていると、むこうから女性が一人近づいてきた。豊かな亜麻色の髪をした彼女は、どうやらこちらに用があるらしい。
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どうやら、ローシュの知り合いらしかった。僕らはそろそろ移動しようかな。リリーに目配せして、移動する意思を伝える。ハルカのご飯、食べに行こ。
リリーと料理テーブルに移動する。綺麗に並べられた料理たちは、みんなお腹が空いているのか予想より減っていた。どれから食べようかな。サラダからいく方がいいかな。このポテトサラダ美味しそう。
「リリーは、どうする?食べれないよね」
「レインが食べてるのを眺めるわ。あなた、美味しそうに食べるもの。見ていると幸せになるの」
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「えーっと。説明書には、ちらし寿司って書いてある。お寿司?」
「お寿司?なにかしら。異国のもののようだけれど」
ハルカの料理には、時々見たことのない国のものが混ざっていることがある。最近ローシュと東の国の話をしていたような。関係あるかもしれない。興味を惹かれたので、お皿によそってみる。これ、お魚かな?卵も入ってて、なんだかカラフルでかわいいかも。下にあるのはお米、かな?一口食べてみると、甘じょっぱいお米と丁寧に処理されたお魚が良い塩梅で。これ、美味しい!
「その顔は、美味しかったのね?」
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「とても良いことだわ!後でハルカおにーさんにも言ってあげて。喜ぶわ」
「そうだね。後で会ったら言うね」
異国のもののような料理は、他にも並んでいる。次はどれを食べようかな。などとワクワクしていると。
「あら?ローシュがこちらにくるわ。さっきのお姉様も一緒ね。どうしたのかしら?」
「え?ご飯食べにきたのかな」
ローシュがこういう場で料理に手をつけるの、珍しい。エレンが生きていた頃からだけど、あまりこういった場で食べないイメージがある。
「やぁ、先ほどぶりだねレイン。それにリリーも」
「う、うん。そうだね?ローシュも何か食べにきたの?珍しいね」
「ああ、いやいや。そう言うわけではなくてね。レイン、突然だが。オフェーリアはご機嫌いかがな?」
「……ああ、なるほど」
ハルカのお客さんの中には、僕の作品のファンも多い。お得意様の顔も何人か見た。作るものは違うけれど、作品傾向に似たものがあるのかもしれない。僕は、作品として作っているつもりがあまりないけれど。僕のところにきた人で、リリーを見てハルカの作品に出会う人もいる。
「えーっと、君が今回のお客さま、でいいの?」
「ええ、間違いないわ。私はマリアンヌ。ファミリーネームは伏せさせてもらうわ。内緒でここにきているの」
ハルカの知り合いなら、貴族の出の可能性も高い。僕の作品を欲するというのは、世間的にはあまりよくないので。家の名前を伏せたり、偽名で買いにくる人も多い。特に気にならなかった。
「貴方の作品、ローシュ様のところで拝見したわ。この世の何よりも、美しいものが本当にあるなんて。感動したの!今までたくさんの絵や服、宝石を手にしたけれど。何よりも貴方の作品が欲しいの。叶えてくださるかしら?」
「そんなに気に入っていただけて、僕も嬉しいです。ありがとうございます。時間はかかりますが、貴方の希望の作品を作りましょう」
僕がそう言うと、彼女は花が咲いたように軽やかに微笑んでみせた。まるで、新しい宝物を手に入れる前の喜びのように。
「そうと決まれば、オフェーリアに合う素敵なプレゼントを探さなくてはね。ワタシに任せたまえ。満足いくものを用意しよう」
「本当⁉︎ありがとうローシュ様!そのプレゼント、私も選びに連れて行ってくださる?」
「ああ、もちろん。一緒に選びに行くとしよう。レインは、一緒に来るかい?」
「いや。僕は遠慮しておくよ。僕のオフェーリアが、帰りを待っているんだ」
作品を求めてくる人の一部は、作品のために材料を選んで連れてくる。僕は、それに同伴する気はなかった。あくまでも、僕の仕事は死んだ人の弔いの一部。醜美で誰かを選ぶことはできない。同伴してもあまり役にたてないのだ。
「それなら、プレゼントが選べ次第、また連絡しよう。今回もよろしく頼むよ、レイン」
「ああ、今からとても楽しみだわ!どうぞよろしくお願いね、レイン様」
「うん。こちらこそ、どうぞよろしくお願いします」
「では、詳しい話はまた後日。食事中にすまなかったね」
要件が済むと、二人はどこかへ行ってしまった。あの様子だと、一週間後には話が全て終わっていそうな気がする。
「お仕事、おつかれさまレイン。これ、飲む?」
どこかに行っていたリリーが戻ってきた。手にはグラス。オレンジ色の液体がゆらゆら揺れている。
「うん、ありがとうリリー。喉乾いちゃった」
グラスを受け取って、一気に飲み干す。甘くて美味しい。少しだけ乾いた喉が癒された。
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「あ、ハルカ。きてくれたんだね。それに、スミレも」
「あら、スミレ!すごく素敵なドレスだわ!きれいな紫色ね」
「ふふ、ありがとうリリー。気に入ってるのよ」
挨拶回りの終わったハルカが、こちらにやってきた。スミレも一緒だ。
スミレのドレスは僕が先日選んだものだ。スミレは真っ黒な髪にアメジストのような深い紫色の目をしていて、背も高い。直感でこの布の色とドレスの形が似合いそうだなと思って選んだのだけれど。予想通り、スミレのためのドレスに仕上がっていた。
「お、早速何か食べたみたいだね。気に入ったものはあった?」
「うん。このちらし寿司って書いてあるやつ、美味しかった」
「ああ、それはよかった!夏にローシュと一緒に東の国へ行ったんだけど、そこで食べたんだ。生でも大丈夫な魚を仕入れるの、結構大変だったんだよ?気に入ってもらえて、おにーさん鼻が高いね!」
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「そうだね、軽く食べとこうかな。スミレ、お皿取ってくれる?」
「はい、どうぞ。フォークは一本で構わない?」
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「本日の主役なのに?」
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「スミレ、そろそろ次に行っていいかい?」
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いつのまにか食事が終わっていたらしい。ハルカはお皿を給仕に預けると、スミレを連れて移動していった。
「僕たち、そろそろ帰ろうか。ハルカとも話したし」
「ええ、そうしましょう。あまり遅くなると、あなたのオフェーリアが拗ねてしまうわ」
「ふふ、そうだね。それじゃあ、帰ろっか」
お腹いっぱいでなんだか幸せな気持ちで、ハルカの家を後にした。
「ただいま、エレン。遅くなってごめんね」
深夜0時過ぎ。今日は特別遅くなってしまった。慌てて花を選んできちゃったけど、気に入ってくれるだろうか。
今日の花はラナンキュラス。今年一番に入ってきた春の花。暖かいオレンジ色が、まだ寒いこの部屋にいくらか温度を持たせる。
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窓の外は、雪が降っている。小さな窓は、明日には雪で埋もれてしまうだろう。雪かきしなきゃ。
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