とある奇談蒐集家の手稿

赤村雨享

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第六十五話 海底

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 スキューバダイビングの資格を取った女が、有休を利用して南の海に出掛けた。


 現地のツアーに申し込み透明度の高い海を満喫する。


 ツアーの最終日。ナイトダイビングの予定だったが、何やら現地のガイドは躊躇っている様子。
 話を聞いてみると、その日は朝から海が静か過ぎるのだという。


 静かなら好都合だろうと女は考えたが、ガイドは『こういう日にはユーリーが出る』と動きが重い……。


 ユーリーが何か判らないが、女の有給は明日まで。移動時間を考えれば、今日しか機会がない。
 どうしてもと頼み込まれたガイドは、合図をしたら船に引き返すと約束させ渋々ながら海へと潜ることにした……。 


 夜の海は深く独特の世界を創り出し、女は大満足……。


 しかし───。


 海底にライトを向けた時、女の背筋が凍り付く。


 海草が揺れているのだろうと思ったそれは、真っ黒な人影……上半身だけが海底から出ている状態で手を上に伸ばした人影が、海流に揺られていたのだ……。

 肌は真っ黒……影の形容が相応しいその姿は、目だけがキョロキョロと忙しなく動いている。


 ガイドもそれに気付いたらしく、二人は急いで船に戻った……。


「な、何ですか、アレは……」

 パニックを起こしている女に対し、ガイドはゆっくりと答えた。

「ユーリーというのは本土の言葉でいう『幽霊』や『悪霊』です。大丈夫かと思ったんですが、最後の最後に出てしまいましたね」
「ガイドさんはアレを見たことがあるんですか?」
「ええ……あの影は手に触れたものを捕まえて食べるんです。生きた魚でも死骸でも海草でもロープでも……多分、人も………」
「……………」
「これで解ったでしょ?地元の人の言葉は軽んじてはいけないんです。他の場所に潜る時も忘れないで下さいね?」


 女はその後もスキューバダイビングを続けたが、地元のガイドの注意を軽んじることは無くなった……。


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