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第三十四話 山篭もり
しおりを挟むある秋の日、男は山篭もりを始めた。
仕事で疲れていた男は知人から山小屋を借り、数日の間山の散策などで自然を楽しむ。精神は少しづつ癒され、休日も残すところあと僅かとなった。
山篭もり最後の夜は川沿いにキャンプを張り夜景を楽しむことにした男……。コーヒーを飲みながら焚き火をしていたところ、一人の老人が現れた。
「御一緒しても?」
「どうぞ。今コーヒーを入れます。甘い方が良いですか?」
「それはありがたい。私は甘いものが大好きでして……」
要望に応え砂糖とミルクを加えた甘めのコーヒーを差し出すと、老人は嬉しそうに飲み干した。
最後の夜なので残っていたチョコレートやビスケットなどの甘いものを全て並べ、男はもう一杯のコーヒーを老人に差し出す。更にはブランデーも加わり、キャンプは楽しい談笑になった。
「おっと……そろそろ帰らねば。お邪魔しました」
「いえ……実に楽しかったです。お礼という訳ではありませんが、これを持っていって下さい」
余った甘味と酒を全て差し出すと、老人は嬉しそうに微笑む。
「これは有り難い。では、私からもお礼を」
そういった老人は咳払いの後、男に告げた。
「明日、山を下りたらその足で警察に行き全てを話しなさい。それで問題は解決する。良いかな?後ではいけませんぞ?」
驚いた男は問い質そうとしたが、老人は土産を持って颯爽と去っていった……。
翌朝……老人に言われたように男は山を下り直ぐに警察へ向かう。
実は男の勤める会社は、大きな不正を行ない隠蔽を指示していたのだ。
それを知った警察は捜査を開始。経営陣は瞬く間に逮捕となった。
後に警察から聞かされたことだが、会社は暴力団とも繋がりがあり社員の口封じまで画策していたという。
男は危うく犠牲になるところだったのだ。
事件が落ち着いた頃、男は老人に礼をと山に向かった。しかし、老人と会うことは出来なかった。知人の話では近くに民家はない為、夜に山を歩くものは居ない筈とのこと。
ただ知人は、その辺りには昔から天狗の伝説があるとだけ最後に付け加えた。
男は下山の際に山小屋の入り口に酒瓶とチョコレート、そして羊羮を置いてきたが、知人が山小屋に向かった際には綺麗に消えていたそうだ。
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