ボクらはあの桜の麓で

由海

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  三月下旬、今日から僕の春休みが始まった。教科書、制服、カメラ、とにかくたくさんの荷物が入った重い鞄を持って一人電車に揺られている。電車から見える景色は家を出た頃よりも山や川が増えてもうすっかり田舎だ。祖母の家までは電車で三時間そこからバスに一時間乗っていったところにある。
  都会の父と母は離婚をするかでもめているため、迷惑がかからないようにと僕は祖母のところに引越しとなった。そのため都会の高校からここの唯一の高校へ転校することも決まっていた。
  電車が止まり終点に着いたみたいだ。僕は二時間に一本しかないバスに乗るためバス停へ向かう。重い鞄を肩にかけて少し離れたところにあるバス停へと急いだ。すると後ろから走行音が聞こえた。僕の乗るバスだ。バス停まではもう少しある。このままじゃ間に合わないと思い僕は全速力で走った重い鞄のせいでなかなか進まないけれど。
  なんとか間に合った。いや、正確には運転手さんが僕を待ってくれていた。
「はぁ、はぁ、すいません」
「いいよ、このバス逃したら二時間も待たなきゃいけないだろう?」
  そうだここは都会のように十分に一本の頻度では来ないのだ。危なかった。
「君、見ない顔だね」
「今日からここに住むことになりました」
「そうかい、若い人が増えるってのはいいもんだね」
  バスの運転手さんはこの地域の住民を大体知っているのだろう。
  僕は一番後ろのはじの席に座った。久しぶりに走ったせいかまだ息が上がっている。あともう一時間経てば祖母の家にたどり着く。バスに乗れた安堵と疲労感で僕は目を閉じた。

  焦った。
 起きた時は降りるバス停の三つ前 "朝日総合病院前駅" だった。白くいかにも現代的な建物は周りの緑から浮いており、きっとここら辺で一番大きな病院なのだろう。今度は寝ないように次の駅に向かうバスの景色を見ていようと思い少しだけ背筋を伸ばした。
「桜だ」
  思わず口に出してしまった。周りの席は空席だから誰も僕の独り言を知らない。バス停に停車したバスからは見えなかったその桜は病院の裏の少し離れた丘の上に一本だけ立派に立っていた。ちょうど満開だった。
  ここから見てもあんなに綺麗な桜を近くでみたいとおもった。
  カメラに収めておきたいとおもった。
  ここに来て初めてやりたいことができた。明日またここへ来よう。少しだけ胸が高鳴っていた。

「おじゃまします」
  無事に祖母の家に着いた。肩に食い込んでいた鞄を下ろし一息つく。すると奥の部屋から祖母が顔を出す。
「はるくんよく来たねー」
「これからよろしくおねがいします」
「いいよいいよ、そんなにばあちゃんにかしこまらなくて、ばあちゃんははるくん来てくれて嬉しいんだから」
  元気そうでなによりだ。昔遊びに来てから何年たっただろうか。
「はるくんの部屋は二階だから好きなように使っていいよ」
「わかったありがとう」
  僕は二階へ荷物を運んだ。部屋に入ると机と布団があった。きっとこれは父さんが使っていたものだろう。布団からは少しだけ太陽の匂いがする。きっとばあちゃんが干してくれたんだろう。僕は吸い込まれるように眠ってしまった。







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