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六 彼の言い分と、真相
二
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「え?」
「そりゃあ見た方がいいだろうが、見えなきゃ意味がないわけじゃない。海はな、香るんだ」
香る、と言う意味を図り兼ねて、カロラティエは首を傾げた。
「海は独特の潮の香りがする。さざ波の音も聞こえる。渡り鳥の鳴き声もある。見えなくても、それだけでも十分に海がわかるだろう?」
潮の香り。さざ波の音。渡り鳥の鳴き声。すべて、このルテリアで暮らしていては体験できないことだ。
「それにな、魚介類の料理はおいしいぞ。川魚とかもいいが、食べたことのない海の幸も堪能できる」
「海の幸……」
オレーシャは次々にミデラの良いところを言っていく。ルテリアとは違うもの、変わったもの、面白いもの。
「それにな、ミデラには人魚はいない」
「……人魚が」
つまり、白を崇拝し、流行もなにもない、他の色が活かされていないルテリアのような国とは違う。
色や個性が溢れ、流行がある。
「わたくしは、好きな色を着てもいいのでしょうか」
パーティの時は必ず白。それ以外はなるべく淡い色を着るように決められている。カロラティエは、本当はもっと明るい濃い色が好きだった。
オレンジ、赤、緑。目が覚めるような鮮やかなそれらの色が大好きだった。
「いいとも。着れば良い、好きな色のドレスを」
「……でもティカと離れ離れになってしまいますわ」
「ティセルカとは遠からず離れることになる。それは、お前がよくわかっていただろう? お前はそのわがままを突き通したいのか?」
カロラティエの、わがまま。
それは、ティセルカを一緒に連れて行くと言うことだ。
でも、それは出来ないとわかっていた。やってはいけないと理解していた。
「ティセルカも永遠にそばにいることは出来ない。彼女も結婚して、妊娠して、そして仕事を辞める」
「……もうティカとは会えませんの?」
もうティセルカの顔も見れない? 声も聞けない?
それに果たして自分が耐えられるのだろうか。
「会いたいと願えば叶えればいい。時間はかかっても、お前が望むのなら叶えられるはずだ。お前は、公女として、なにを今思う?」
「わたくしが、思うこと……」
正しくは、公女として考えなくてはならないこと。
オレーシャは期待しているのか、こんな自分に。こんな、小さな自分に。
──ならば、答えなくてはならない。
公女として、同じ立場にあったオレーシャに対して恥じないように。
カロラティエは背筋をすっと伸ばした。
「わたくしは……」
答えは最初から決まっていた。
オレーシャはその言葉を導いてくれた。情けないカロラティエを怒鳴りつけても許されるくら い、公女として落ちぶれていた。
オレーシャは王族の一人として、厄災を祓うために生贄にされた。
生贄にした自分の両親達を彼女は許してはいないのだろう。だが、それをオレーシャは受け入れたはずだ。
なぜ自分がと葛藤を抱えながらも、それが王族として生まれた自分の宿命なのだと、甘受したはずだ。
カロラティエは久しぶりに自然と頬が緩み、 微笑んだ。
***
え、と誰かが声を漏らした。
エリーチェか、キエルか、または別の誰かか。しかしそんなことを気にしている場合ではない。 まだ体がだいぶ辛いがひとまず熱は下がったようで、足を踏ん張って立ちながら玄関ホールで客人を迎える。
客人とは雨でべたべたに濡れた、カロラティエ付きの護衛副隊長であるサルークで、今しがた彼はとんでもない報告をしたのだ。
「なにを、馬鹿なことを……」
「密告がありました。明日の夜、歌姫を一人売りに出すと」
髪色が白くないルファを人魚と言って売ることは無理だ。だから歌姫、と遠回しな言葉で告知したのだろう。
「ルファは屋敷にいるだろう? なぜ売りに出されるんだろうな。手に入る予定でもあるのか」
「……もしくは、もう手に入っているとか」
サルークがぽつりと物騒なことを言い、ロジェの背筋にひやりと冷たい汗が流れる。
「ルファを見た者はいるか? 最後にどこで見た!」
守ると、誓ったのに。
自分の不甲斐なさが嫌で、ロジェは屋敷にいる全員を玄関ホールへ集める。
早くしないと、と気持ちだけが焦る。
「あら、何事ですの?」
使用人達の話を聞き終わる頃、夜中だと言うのにティセルカに抱えられたカロラティエがやっ て来た。
「カーラ様、ルファが拐われたかもしれません」
サルークが駆け寄って報告すると、カロラティエの顔が青ざめていく。
「なぜ、拐われたなどと……」
顔を強張らせながらもティセルカは尋ねてきて、サルークは落ち着いた声音でゆっくりと答 えた。
「闇オークションで明日の夜に歌姫が出品されると報告があったんです。ルファも先程から行方がわからなくて……」
「なぜそんなことになっている! 出品されるのだとわかっているなら開催場所もわかっているのだろうな?」
サルークの言葉を遮って、ティセルカが激昂した。開催場所はロジェも知りたかったことだ。
どうなのかとサルークに視線が集まるが、彼は首を横に振る。
「報告にあったのは出品される商品の一覧と、後日場所を知らせるという手紙だけです。……協力者は、もう死んでいます」
「なにを言っているんだ? 死んだ? 協力者が? なぜきちんと守らなかった! お前はそれでも……」
「ティカ。落ち着きなさい」
凛とした少女の声が響いて、ティセルカの言葉が止まる。
協力者が死んだ。──密告がバレて殺されたのだ。
「そりゃあ見た方がいいだろうが、見えなきゃ意味がないわけじゃない。海はな、香るんだ」
香る、と言う意味を図り兼ねて、カロラティエは首を傾げた。
「海は独特の潮の香りがする。さざ波の音も聞こえる。渡り鳥の鳴き声もある。見えなくても、それだけでも十分に海がわかるだろう?」
潮の香り。さざ波の音。渡り鳥の鳴き声。すべて、このルテリアで暮らしていては体験できないことだ。
「それにな、魚介類の料理はおいしいぞ。川魚とかもいいが、食べたことのない海の幸も堪能できる」
「海の幸……」
オレーシャは次々にミデラの良いところを言っていく。ルテリアとは違うもの、変わったもの、面白いもの。
「それにな、ミデラには人魚はいない」
「……人魚が」
つまり、白を崇拝し、流行もなにもない、他の色が活かされていないルテリアのような国とは違う。
色や個性が溢れ、流行がある。
「わたくしは、好きな色を着てもいいのでしょうか」
パーティの時は必ず白。それ以外はなるべく淡い色を着るように決められている。カロラティエは、本当はもっと明るい濃い色が好きだった。
オレンジ、赤、緑。目が覚めるような鮮やかなそれらの色が大好きだった。
「いいとも。着れば良い、好きな色のドレスを」
「……でもティカと離れ離れになってしまいますわ」
「ティセルカとは遠からず離れることになる。それは、お前がよくわかっていただろう? お前はそのわがままを突き通したいのか?」
カロラティエの、わがまま。
それは、ティセルカを一緒に連れて行くと言うことだ。
でも、それは出来ないとわかっていた。やってはいけないと理解していた。
「ティセルカも永遠にそばにいることは出来ない。彼女も結婚して、妊娠して、そして仕事を辞める」
「……もうティカとは会えませんの?」
もうティセルカの顔も見れない? 声も聞けない?
それに果たして自分が耐えられるのだろうか。
「会いたいと願えば叶えればいい。時間はかかっても、お前が望むのなら叶えられるはずだ。お前は、公女として、なにを今思う?」
「わたくしが、思うこと……」
正しくは、公女として考えなくてはならないこと。
オレーシャは期待しているのか、こんな自分に。こんな、小さな自分に。
──ならば、答えなくてはならない。
公女として、同じ立場にあったオレーシャに対して恥じないように。
カロラティエは背筋をすっと伸ばした。
「わたくしは……」
答えは最初から決まっていた。
オレーシャはその言葉を導いてくれた。情けないカロラティエを怒鳴りつけても許されるくら い、公女として落ちぶれていた。
オレーシャは王族の一人として、厄災を祓うために生贄にされた。
生贄にした自分の両親達を彼女は許してはいないのだろう。だが、それをオレーシャは受け入れたはずだ。
なぜ自分がと葛藤を抱えながらも、それが王族として生まれた自分の宿命なのだと、甘受したはずだ。
カロラティエは久しぶりに自然と頬が緩み、 微笑んだ。
***
え、と誰かが声を漏らした。
エリーチェか、キエルか、または別の誰かか。しかしそんなことを気にしている場合ではない。 まだ体がだいぶ辛いがひとまず熱は下がったようで、足を踏ん張って立ちながら玄関ホールで客人を迎える。
客人とは雨でべたべたに濡れた、カロラティエ付きの護衛副隊長であるサルークで、今しがた彼はとんでもない報告をしたのだ。
「なにを、馬鹿なことを……」
「密告がありました。明日の夜、歌姫を一人売りに出すと」
髪色が白くないルファを人魚と言って売ることは無理だ。だから歌姫、と遠回しな言葉で告知したのだろう。
「ルファは屋敷にいるだろう? なぜ売りに出されるんだろうな。手に入る予定でもあるのか」
「……もしくは、もう手に入っているとか」
サルークがぽつりと物騒なことを言い、ロジェの背筋にひやりと冷たい汗が流れる。
「ルファを見た者はいるか? 最後にどこで見た!」
守ると、誓ったのに。
自分の不甲斐なさが嫌で、ロジェは屋敷にいる全員を玄関ホールへ集める。
早くしないと、と気持ちだけが焦る。
「あら、何事ですの?」
使用人達の話を聞き終わる頃、夜中だと言うのにティセルカに抱えられたカロラティエがやっ て来た。
「カーラ様、ルファが拐われたかもしれません」
サルークが駆け寄って報告すると、カロラティエの顔が青ざめていく。
「なぜ、拐われたなどと……」
顔を強張らせながらもティセルカは尋ねてきて、サルークは落ち着いた声音でゆっくりと答 えた。
「闇オークションで明日の夜に歌姫が出品されると報告があったんです。ルファも先程から行方がわからなくて……」
「なぜそんなことになっている! 出品されるのだとわかっているなら開催場所もわかっているのだろうな?」
サルークの言葉を遮って、ティセルカが激昂した。開催場所はロジェも知りたかったことだ。
どうなのかとサルークに視線が集まるが、彼は首を横に振る。
「報告にあったのは出品される商品の一覧と、後日場所を知らせるという手紙だけです。……協力者は、もう死んでいます」
「なにを言っているんだ? 死んだ? 協力者が? なぜきちんと守らなかった! お前はそれでも……」
「ティカ。落ち着きなさい」
凛とした少女の声が響いて、ティセルカの言葉が止まる。
協力者が死んだ。──密告がバレて殺されたのだ。
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