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四 友人と街へ、調香師は笑う
三
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ルファもどちらかと言えばポークパイ派だ。
ぎっしりと詰まった角切りの豚肉。 それを包むやわらかなプルプルのゼラチンと、 ホロホロと崩れてしまいそうなパイ皮が絶妙な一品だ。
片手で数えるくらいしかルファは食べたことがないが、好きな食べ物ランキングの上位にくいこむこと間違いなしだと判断している。
「しかも冷めてもおいしいのです!」
「確かにおいしいけど、ちょっともう食べ飽きちゃったのよね」
羨ましい! とすかさずキエルが叫んだが、ルファも飽きるくらい食べたエリーチェを羨ましく思った。
しかしなぜそこまで食べたのか。首を傾げて隣のエリーチェに視線を向けると、彼女は窓の外へ顔を向けてしまう。
「……前に、人魚館で一度だけ食べたことがあって」
ルファも店では食べたことがない。人魚館でたまに出たポークパイは格別においしく、他の人魚達も絶賛していた。
「それで、外に出て自由になったから毎日食べに行って……、食べ飽きたの」
それがどれだけ子供染みたことかをわかっているエリーチェは不服そうに白状した。
キエルは それでも羨ましそうな目をしていたが、他はちょっと微妙な顔つきだ。似たような経験をしたことがあるのだろう。
子供染みたことだと後悔するのは、それを終えた後に大抵襲いかかってくる。
「だって仕方ないじゃない。自由を満喫したかったのよ」
「自由って、エリーチェはバセット夫人の子供じゃないのですか?」
だから他の人魚達から離して住まわせていた。大きなパーティには必ず出席し、エリーチェをかけての競い合いもかなり白熱していると言う噂もある。──と、そこまで考えて嫌な考えが浮かんだ。
体温が一気に下がる。
「……まさか、あなた。……だからなの? だから、ハーキントンの屋敷にいるのですか?」
他の人魚達とは離れた別室。──つまり、隔離していた、と言うことではないのだろうか。
社交界、つまり売る為の営業には顔を出させ、高値を競い合い、売られる。
親が、子供を?
だからこそエリーチェは自由を望み、人魚館の力が及ばないハーキントン家に助けを求めた。
「……あの女を、親と思ったことはないわ。血も繋がってないもの」
白髪と蒼眼の女に心を奪われた大公が、女性を人魚だと褒め称えた。
海も見たことがな いルテリア公国の民に、彼女の瞳は海の色だと触れ回り、彼女が歌うはさざ波の音だと聞かせた。
そして貴族たちも我先にと人魚を探し始める。
もちろん本物の人魚ではなく、最初に人 魚と呼ばれ、妃となった人魚の容姿に似た女性だ。
その容姿を持つ女奴隷は高値で取引され、最初の大公妃の保護者であったバセット夫人はその後、現在の人魚館と施設の名前を改めた。
国は白を欲し、個人は個性を失い、人魚を求めた。
外国では人魚を、国をたぶらかした魔女、と罵ることもあるようだ。
「人魚は、結局高値で売られるだけなのよ。まあ奴隷じゃないだけマシだし、それにうまくいけば貴族や、王族になるのだって夢じゃないんだから良いのだけどね」
人魚を得ることが一種のステータスとなっている今、それに意を唱えることは不可能だ。それに、なんの地位も持たない庶民の女性が貴族に、もしかしたら王族になれると言うのはかなり破格条件で、人魚達も望んでいる。
それが、たとえ人身売買であっても。
「そういえば、ティカもロジェも髪が白髪だけど、もしかしてお母様が人魚だったのですか?」
「そうだよ。屋敷の廊下に絵も飾ってあってね」
屋敷の絵、で思い当たるものがあって、思わずルファは前のめりになった。
「もしかして廊下にある白髪の女性の絵ですか?」
ハーキントンの屋敷に来た初日。暇を持て余して廊下を歩いた時、目に入った。
白髪の、まるで異世界かと思ってしまう、不思議な絵だった。
まさか、あれが二人の母親だとは思っていなかった。そもそも実際に存在した人物の絵だとも思っていなかった。
「わたくしのお母様と、ティカのお母様は姉妹なのよ」
「え?」
「人魚館でも姉妹は珍しくてね。姉のルーマはハーキントン家に。年の離れた妹リエルダは王家へって言う流れだよ」
では二人は従姉妹なのだ。おそらく妹のリエルダを大公が見初めた。
しかし姉を下手なところに嫁がせるわけにもいかず、信望も熱いレグランの元へ嫁がせたのだろう。
だが、わざわざ絵が屋敷に飾ってあると言うことは、レグランもルーマを想っていて、 すでに亡くなられた彼女を、今でも忘れられないのだと察する。
「あ、ティカ様、お店が見えてきましたよ!」
興奮した様子でキエルが窓の外を眺めて報告した。
「さ、早くパイを食べに行きましょ」
オレンジ色の可愛い店の前に馬車は停止し、まずルファとエリーチェ、それからずっと膝の上をキープし続けたキエルが降りた。
ティセルカは騎士服の上に髪まで隠すフードを羽織り、馬車を降りて目の見えないカロラティエを抱き上げ、そのまま店の前にいくつも並んでいる可愛らしいアンティーク調の椅子に座らせた。
「何が食べたいです?」
「ティカのおまかせで」
「わかりました」
ぎっしりと詰まった角切りの豚肉。 それを包むやわらかなプルプルのゼラチンと、 ホロホロと崩れてしまいそうなパイ皮が絶妙な一品だ。
片手で数えるくらいしかルファは食べたことがないが、好きな食べ物ランキングの上位にくいこむこと間違いなしだと判断している。
「しかも冷めてもおいしいのです!」
「確かにおいしいけど、ちょっともう食べ飽きちゃったのよね」
羨ましい! とすかさずキエルが叫んだが、ルファも飽きるくらい食べたエリーチェを羨ましく思った。
しかしなぜそこまで食べたのか。首を傾げて隣のエリーチェに視線を向けると、彼女は窓の外へ顔を向けてしまう。
「……前に、人魚館で一度だけ食べたことがあって」
ルファも店では食べたことがない。人魚館でたまに出たポークパイは格別においしく、他の人魚達も絶賛していた。
「それで、外に出て自由になったから毎日食べに行って……、食べ飽きたの」
それがどれだけ子供染みたことかをわかっているエリーチェは不服そうに白状した。
キエルは それでも羨ましそうな目をしていたが、他はちょっと微妙な顔つきだ。似たような経験をしたことがあるのだろう。
子供染みたことだと後悔するのは、それを終えた後に大抵襲いかかってくる。
「だって仕方ないじゃない。自由を満喫したかったのよ」
「自由って、エリーチェはバセット夫人の子供じゃないのですか?」
だから他の人魚達から離して住まわせていた。大きなパーティには必ず出席し、エリーチェをかけての競い合いもかなり白熱していると言う噂もある。──と、そこまで考えて嫌な考えが浮かんだ。
体温が一気に下がる。
「……まさか、あなた。……だからなの? だから、ハーキントンの屋敷にいるのですか?」
他の人魚達とは離れた別室。──つまり、隔離していた、と言うことではないのだろうか。
社交界、つまり売る為の営業には顔を出させ、高値を競い合い、売られる。
親が、子供を?
だからこそエリーチェは自由を望み、人魚館の力が及ばないハーキントン家に助けを求めた。
「……あの女を、親と思ったことはないわ。血も繋がってないもの」
白髪と蒼眼の女に心を奪われた大公が、女性を人魚だと褒め称えた。
海も見たことがな いルテリア公国の民に、彼女の瞳は海の色だと触れ回り、彼女が歌うはさざ波の音だと聞かせた。
そして貴族たちも我先にと人魚を探し始める。
もちろん本物の人魚ではなく、最初に人 魚と呼ばれ、妃となった人魚の容姿に似た女性だ。
その容姿を持つ女奴隷は高値で取引され、最初の大公妃の保護者であったバセット夫人はその後、現在の人魚館と施設の名前を改めた。
国は白を欲し、個人は個性を失い、人魚を求めた。
外国では人魚を、国をたぶらかした魔女、と罵ることもあるようだ。
「人魚は、結局高値で売られるだけなのよ。まあ奴隷じゃないだけマシだし、それにうまくいけば貴族や、王族になるのだって夢じゃないんだから良いのだけどね」
人魚を得ることが一種のステータスとなっている今、それに意を唱えることは不可能だ。それに、なんの地位も持たない庶民の女性が貴族に、もしかしたら王族になれると言うのはかなり破格条件で、人魚達も望んでいる。
それが、たとえ人身売買であっても。
「そういえば、ティカもロジェも髪が白髪だけど、もしかしてお母様が人魚だったのですか?」
「そうだよ。屋敷の廊下に絵も飾ってあってね」
屋敷の絵、で思い当たるものがあって、思わずルファは前のめりになった。
「もしかして廊下にある白髪の女性の絵ですか?」
ハーキントンの屋敷に来た初日。暇を持て余して廊下を歩いた時、目に入った。
白髪の、まるで異世界かと思ってしまう、不思議な絵だった。
まさか、あれが二人の母親だとは思っていなかった。そもそも実際に存在した人物の絵だとも思っていなかった。
「わたくしのお母様と、ティカのお母様は姉妹なのよ」
「え?」
「人魚館でも姉妹は珍しくてね。姉のルーマはハーキントン家に。年の離れた妹リエルダは王家へって言う流れだよ」
では二人は従姉妹なのだ。おそらく妹のリエルダを大公が見初めた。
しかし姉を下手なところに嫁がせるわけにもいかず、信望も熱いレグランの元へ嫁がせたのだろう。
だが、わざわざ絵が屋敷に飾ってあると言うことは、レグランもルーマを想っていて、 すでに亡くなられた彼女を、今でも忘れられないのだと察する。
「あ、ティカ様、お店が見えてきましたよ!」
興奮した様子でキエルが窓の外を眺めて報告した。
「さ、早くパイを食べに行きましょ」
オレンジ色の可愛い店の前に馬車は停止し、まずルファとエリーチェ、それからずっと膝の上をキープし続けたキエルが降りた。
ティセルカは騎士服の上に髪まで隠すフードを羽織り、馬車を降りて目の見えないカロラティエを抱き上げ、そのまま店の前にいくつも並んでいる可愛らしいアンティーク調の椅子に座らせた。
「何が食べたいです?」
「ティカのおまかせで」
「わかりました」
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