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ラスティアの街

広がる闇

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「いらっしゃ……いませ」

日も沈み始めたので宿に戻ると、活発そうな少女が出迎える。
その目は、こちらを警戒している小動物そのもので
部屋に向かうには、その横を通り抜けなければならない。

「おや、アンタかい……さっきはすまなかったね
 本当なら即座に追い出している所だが、紹介があるからね」

もし、嘘だったら金を投げ捨てて、追い出していたさ
飯はまだだろう? 部屋に持っていって食べな
と、口を挟ませないほどの勢いで、できたての料理をトレイごと渡された。

「ミリア! いつまで突っ立てるんだい! やる事はまだ残ってるだろう」

その声に反応して、テキパキと動き始めるのを尻目に自分の部屋へと向かった。

部屋はベッドが綺麗に整えられており、壁には備え付けの灯りがあり
机の上には暗くなっても、使えるように灯りもあった。
部屋の隅には本がいくつかあり、また、グラスも置いてある。
窓を閉め切れば喧騒が遠ざかり、過ごしやすい環境が作られている。

やっと人心地ついたオレは、料理に手を付けずにベットへと倒れこむ。

「……動きたくない」

張り詰めていた心がゆっくりと、解けていく心地よさに眠ってしまいそうだった。
非日常の連続に、疲れきっていた体を休ませる。
今まで感じたことの無いほどの、緊張感が今まで襲ってきていたのだ。

寝返りを打つと、不意に、今日の出来事がフラッシュバックする。
そして、殺す事への嫌悪感が無くなっている事に動揺した。

「『強さとは剣ではない、心に宿るのだ』……初心を、忘れないようにしないと」

久しく聞かなかった師匠の言葉を思い出す。
結局、一度も勝てなかった。
もしオレが人を傷つけたら、性根が直るまで、叩きのめされるだろう。

「たとえこの場所でも、見つけ出されて、今から説教をされたり……」

そんなありえない想像をして、顔が緩む。

腹が鳴って、空腹だった事を思い出したオレは料理を見やる。
パンとポタージュ、甘い匂いのする果実が乗っていた。
パンを齧り、ポタージュを飲む。

「この味……美味いな、もっと味が薄いと思ったが
 パンが白くないが、ポタージュとよく合うように作られている」

この感じだと、調味料も揃っていそうで、落ち着いたら
自分で料理を作りたいと思いながら、あっという間に食べ終わる。
本を読む気分にはなれず、ベットに腰掛ける。
これから、どう行動していくか考えているとノックの音が聞こえてくる。

「どうぞ」

「あ、あの……説明し忘れていたのですが
 そこの扉の先にある設備は、ご自由に使って頂いて構いません」

「ありがとう……そうだ、これはどうやって使うんだ?」

「それだったら魔力を軽く流すと使えますよ
 流し込みすぎると、消えなくなっちゃうので気をつけてください」

おずおずと扉を開け入って来て、部屋の一角へ手を向け、説明し
まるで、手本を示すようにミリアが魔力を込めると淡い光が灯る。
そのままトレイを回収し、ごゆっくりどうぞと言いながら出て行った。

部屋の隅に、よく見なければ気づかないような、扉を空けてみると驚くことに
風呂らしき設備だった、少し弄ってみるが水すら出なくて
魔力を流してみると湯が出てきた。




風呂上りで、心地良いままにベットに倒れこむ。
眠りに落ちるまでそう時間は掛からなかった。



朝日が差し込む光で目が覚める。
手早く身だしなみを整えて、ギルドへと向かう。

ギルド内で依頼書を見ながら、オレでもできそうな依頼が無いか見る。
気づいたことは、雑用系の依頼がかなりの数がある事だ。
依頼料は大体20コルセに設定されていて、そして一際目立つ依頼書があった。

【屋敷の騒音解決:500コルセ】

説明を見れば、音の原因を見つけて欲しいとの事だった。

依頼書を持って、受付へと持っていく。
ところが、まるで見えていないかのように無視される。
折角、綺麗な顔をしているのに、態度のせいで好きになれそうにない。

「昨日も思っていたが、まともに仕事すらできないのか?」
「……仕事ならしてる」
「それはともかく、依頼書はこれだ、先に受けたヤツはいるか?」

この形式の依頼だと、早いもの勝ち。
ギルドを介さず、依頼人に直談判して受けるという方法もあるのだ。

そういった事態が増えないように、ギルドは管理しているので。
直談判によって解決済みであっても、受けると言っておかないと
ギルドは報酬を支払わないので、依頼の取り下げが来たかが大事なのだ。

「この依頼を受けようとするバカなんて一人しか知らない」

昨日の対応を思い出してつい、口が悪くなってしまって謝るべきか悩んだが
口が悪いコイツには、このぐらいの対応でも構わないだろう。

雑用依頼に、帯剣したまま行くのは不自然なので人目に付かないように
インベントリに収納して目的地を目指す。

問題の家は西側にあって、外から見る限り木造でできている。
他の屋敷が少し、小さく見えるほど土地を多く使っている屋敷で
庭では、お茶会でも開けそうなほどの広さだ。

「この館の主に依頼を受けに来たと伝えて欲しい」

そういってギルドのマークが入った依頼書を、門番へと見せながら言う。
門番の視線は依頼書とオレを執拗に行き来していたが、ため息をつくと
屋敷の方へと向かい、しばらく待たされた後に戻ってきて、入るように促される。

「やあやあ! よく来てくれたね、堅苦しいのは抜きにして早速
 本題に入らせてもらってもいいかな?」
「話が早く済むのはこちらとしても有難いです」
「話しやすい言葉遣いで構わないさ、さぁ! 普段通りに話すといいさ!」
「普段通りの言葉遣いですよ、お気になさらずに」

「ほう? キミは、もっとぶっきらぼうに話していたと聞いているのだが」

チッ! 簡単な依頼だと思っていたが、誰も受けないってのはこういう意味か!
……油断できない人物だな、ここでの警戒心を二回りほど上げる。
魔物氾濫の時の事でしたら、緊急事態なのであちらが例外でした。
と言い繕い、言葉の応酬を交わす。

一向に始まらぬ本題に、嫌気が差した頃に説明される。

「聞いていたよりも面白い人物のようだ、それで本題なのだが
 屋敷の地下から物音が響いてきていてね、その原因を取り除いてもらいたい」
「依頼書では原因の解明まででしたが、そこの辺りは?」
「おっと! そうだったね、では報酬を上乗せしよう!」
「その判断をするのはギルドの管轄ですので
 ギルドを経由して頂かないと、こちらも困ってしまうのですが……」

結果としては、こちらが折れる事になった。

人をやって依頼書の変更をしてくるという力技でだが。

現場を見なければ話にならないという事で、依頼主とオレの二人で
問題の地下へと降りていくことになった。

そこはワインセラーになっているようで
独特の芳醇な香りと――腐敗臭が鼻についた。

どこかに穴が開いているのか、トンネルを通り抜けた風の音ようなものも
聞こえてくるが、それ以外では不自然な場所は無かった。

最初に考えた通り、家鳴りかと思ったのだが、匂いが気になる
――都合の悪い人間を殺しただけなのかもしれないが。

「この場所に保管している、もっとも古いお酒はどれになりますか?」

「ふむ、酒を嗜むのか? 原因を解決できるなら一樽やってもいいぞ?」

見せて貰った樽も、外から見る限りでは腐敗はしていない。
覚えている限りもっとも古い樽も同様に、だ
ワインセラーを歩き回り、原因を探しているときに
足音が変わった箇所があった、まるで下に空間が続いているような反響音
――何かがあるならここだろう。

急に立ち止まったオレを不審がる視線が届くが一先ず無視する。
何度か行き来して、ほぼ確信できたので調べる許可を貰った。

「ま、まさか我が屋敷にこのような道があったとは!」

喜びあがる館の主と引き換えに、オレのテンションは下降していく。
何故なら出てきたのは、枯れた下水道――ダンジョンだったのだ。

ここで出てくるのは大半がゾンビだ。
ダンジョンを開いたからか、微かだった匂いがきつくなり眉をしかめる。

「キミはもう帰ってもらって構わないぞ! 安心したまえ
 ちゃんと依頼料は払う、いや上乗せしてやる!」

こちらを振り向き、捲し立てているせいで気づかなかったのだろう。
ゾンビが1体こちらへとゆっくり向かってきている。

生返事を返していると納得したのか依頼主は振り返り。
――即座に、オレの背中へと逃げ隠れた。

「ゾ、ゾンビだと!? 聞いていないぞ! おい、なんとかしろ!!!」

あまりにも図々しいその態度に心底呆れるが
構築しておいたホーリーレイを放つ。

こちらに向かって来ていたゾンビは消えていく。

ゾンビ……というかその系統のモンスターの対処は二つ。
聖属性の魔術を当てるか、聖属性をぶつけるぐらいだ
逆に言えば、それ以外の攻撃で倒すのは諦めた方が早い。

「や、やるじゃないか……よし、このまま奥まで行くぞ!」

オレは意気揚々と、先陣を切る依頼主の背中を見送った。
すると、すぐさま複数のゾンビに追い立てられて帰ってくる。

「な、何を道に迷っているんだ! いや、そ、そんな事より!
 早くオレを助けろ!! 何をしている! さっさとしろおおおおお!」

オレはいつもよりもゆっくりと、魔術陣を展開しながら構築していく。
必死に逃げ惑っている中、しっかりとその展開速度を見てる事を確認する。
そして、害されるギリギリのタイミングで魔術を放つ。

命の危機だった事は、その楽観的な頭でも理解できたようで
膝が震え、まともに立っている事すらできないようだ。
仕方がないので落ち着くまで待ってやると、逆ギレしてきた。

「き、貴様が! オレに従っていればあんな事にはならなかった!
 そもそも、未熟な腕の癖に人の指示にも従えないなどありえないだろうっ!?」

――ブツリ
まるで血管が音を立てて切れる音が頭の中で響いた。
8重・・の魔術陣を1秒にも満たない速度で構築し、目の前のクズに向けて放った。

魔力が暴風となって襲いくる、瞬く間に氷が複雑に絡み合い。
対象の動きを完全に止める、全力で振りぬいた剣は
クズの喉元の皮一枚で止まり、遅れて風が吹く。

「自分達のしてきた事の、罪の重さにも気づかずに世迷言を言っていたように
 聞こえたが……もう一度お前の口から聞いてみたいんだ、言ってみろよ」
「お、お前がいうこt」

最後まで聞き終わる前に腹に向けて拳を振りぬく

「テメェのその頭は飾りか!? 使わねぇなら今すぐにでも
 吹っ飛ばしてやろうか!? オレはテメェの手足じゃねぇぞ!!!」
「わ、私をだれだt」
「そもそも! こんな危険地帯の上でよく、のうのうと生活してやがったな!?
 どれだけ街を危険に晒し続けていたのか理解できないのか!?」

その時――ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ――と地鳴りが起きる。

あれほどの熱が一気に冷め、即座にダンジョンの奥へ視線を向けるが
異常は感じられない、しかし直感的に確認しないのは危険だと感じる。

ここに捨てておいたら勝手にくたばって面倒だな……
そう思ったオレは拘束を解き、クズの襟元を掴みゴミでも捨てるように
そのまま屋敷の壁に叩きつけると、8重のバインドで再拘束する。

入り口からモンスターが流れ出ても困るので、バインドを改良した
魔術で強固な壁を作り上げ、通れる隙間を完全に埋めた。

広大な広さを誇る旧下水道ダンジョンだが
何故か、異変の中心はボスエリアだと確信して、疾走する。

途中に遭遇するモンスター達は魔術で処理していく。
数が多すぎて魔術陣一つだけでは処理しきれないので
魔術陣二つ・・から放たれる魔術で速度を落とさずに進む。
ボスエリアに近づくほどに自身の直感が間違っていないと予感させる。



辿り着いたそこでは、異質な空間が広がっていた。
壁はまるで、大砲でも撃ち込んだようにほとんどが崩壊していて
地面は赤黒く染まり、陥没している箇所が多い。
10メートルはあろう天井にも、不自然な痕跡が見当たる。
何よりも異質なのは中央で、そこに存在するのは恐らく祭壇だろうか?
原型を連想できないほど、崩壊しているその前に居る存在。

ソレ・・はコールタールのように鈍い黒色をしていて
まるで呼吸しているかのように膨張ぼうちょうと収縮を繰り返し
千切れては戻り、戻っては千切れる。
一瞬たりとも同じ姿をとどめる事なく変化を繰り返すソレは
――オレの知らないモンスターであり、明確な敵意を持っていた。
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