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鴨野修三
しおりを挟む家の前には救急車とパトカーが止まっていた。
路駐しており道の半分をふさいでいるが致し方ないのだろう。
栄一は車を停めた空き地で鴨野宅を眺めていた。
鴨野さんは亡くなっていた。
あの後栄一はすぐに警察と救急車を呼んだ。
田辺さんも駆け寄ってきて鴨野さんに声をかけ体を軽く揺らしていたが全く反応はなかった。
5分ほどで救急車が到着した。救急隊員達はすぐに遺体のもとへ向かっていった。
その後すぐ警察も到着し、これまでの経緯を簡単に説明した。
後でもう一度詳しく聞くので待機していてほしいと言われ今に至る。
3年間この仕事をやってきて遺体を見たことは何度かあった。
しかし第一発見者になったことは初めてだった。
倒れていた鴨野さんを見たときの記憶がフラッシュバックしてくる。
身がすくんだ。
会社への連絡は救急車が来る前に終わっていた。
この後の訪問のキャンセルの連絡も先ほど完了した。
急なキャンセルだったが理由が理由なだけに文句は飛んでこなかった。
やることがなくなった所で一緒に待機している田辺さんの様子を窺う。
かなり動揺しているようだった。
「田辺さん大丈夫ですか?」
「ええ、なんとか・・・」
声に力はなく目も虚ろだ。
明らかに大丈夫ではない。
栄一は疑問に思う。
生活安全課の仕事で何度か会っている人が急に亡くなったのだからショックなのはわかるが、この表情はかなり深刻なものだった。
仕事上の付き合いだけでここまで動揺するものだろうか。
もしかしてと思い田辺さんに聞いてみる。
「田辺さんは鴨野さんと付き合い長いのですか?」
田辺さんの顔からほんの少し笑みがこぼれる。
「ええ・・・実は私が小学2年生の時から通っていた書道教室の先生だったんですよ」
当たっていた。しかも予想以上に長い付き合いのようだ。
「小1の頃よく字が上手だねって褒めれて、それでもっとうまくなりたいと思って鴨野さんの書道教室に通い始めたんですよ」
「真剣に良い字を書こうとしている私に鴨野さんも熱心に指導してくれました。まぁ厳しすぎると言ってやめる子もいましたが」
栄一は軽く相槌を打ちながら話を聞く。
「中学校にあがったら鴨野さんの奥さんの静子さんが教師をやっていましてね」
「私が書道教室の生徒だと知ってすごく喜んでいました」
「静子さんは歴史を教えていたんですけど、戦国時代が特に好きでその授業だけ熱量が違ったんですよね」
田辺さんの顔が明るくなってきた。思い出話をしていて気が楽になったようだ。
「特に上杉謙信が好きだったようでしてね」
「なんでも若いころ上杉謙信を参考にした手紙を鴨野さんに送っていたそうです」
それはどういう手紙なんだ、と疑問に思い聞こうとするが田辺さんが先に言葉を発する。
「いったいどんな手紙なんでしょうね。鴨野さんも初めは意味がわからなかったと言っていました」
話が止まらない。辛い気持ちを話すことでごまかしているのだろうか。
「中学を卒業した後は書道教室をやめてしまったのですが、その後も年賀状のやり取りはしていたんですよ」
「ただ・・・」
再び表情が曇る。
「10年前に鴨野さんの書道教室がつぶれてしまいましてね」
「厳しすぎるとあまり評判が良くなかったようです」
「静子さんも定年を迎えそれからは年金生活を送っていたのですが、生活は苦しかったようでして」
「その影響なのか近所付き合いもうまくいっていなくて、安田さんもご存知の傷害事件を起こしてしまったようです」
最初の表情に戻っている。話すことでより辛くなっているのではないかと栄一は感じた。
話題を変えるべきかと思ったが、どう切り出してよいかわからずそのまま聞くしかなかった。
「それだけではなくて静子さんにも当たっていたそうなんです。流石に手は出ていなかったようですが」
「静子さんから生活安全課に相談があったんですよ。話を聞いた時は本当に驚きました」
「色々あって静子さんは別の市の施設に入所したのですが、鴨野さんは納得していなかったようで何度も静子さんの携帯に電話していましてね」
「着信拒否にして、鴨野さんには二度と静子さんとかかわらないことを約束をさせました」
「・・・破ったら訴えるとまで伝ました」
少し間が空く。
「伝えた時は辛かったです。私にとって鴨野さんは恩師ですから」
「それに2人は本当に仲が良かったのに。・・・どうしてこうなってしまったのでしょうね」
*
その後現場検証に本格的に参加した。
解放されたのは15時過ぎだった。
4時間近くかかったことに驚く。
鴨野さんの死因はおそらく急性の心筋梗塞とのこと。現場の状況的に事件性はないそうだ。
つまり鴨野さんは孤独死、ということになる。
昼前に来たのに警察の人たちは昼食も取らずに黙々と業務を行っていた。
もちろん栄一も昼食を取れていない。
貸していた車いすを持って帰っていいかと聞いたが今日は返せないと言われた。
この家においておくので後日取りに来てほしいとのこと。
ここは通り道なので手間ではないのだが、今ここにいるのだから持って帰りたかった。
田辺さんも一緒に解放される。どうやら大分落ち着いたようだ。
車を停めた空き地で挨拶をして田辺さんより先に出発する。
少し足早になってしまい申し訳ない気もしたが、やらなければならない仕事が溜まっていた。
空き地から出る際、庭先の貼りだされている文章が見える。
この文章を書き、貼りだした後に亡くなった。
もしかしたらこれが最後の作品かもしれない。
書道を仕事にしていて、書道教室がつぶれた後も書き続けていた。
書道に人生を捧げたといっても過言ではない。
そんな人の最後の作品がこの意味のわからない文章かもしれないわけだ。
『いったい何を思ってこの文章を書いたんだろうな』
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