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第十四話
金烏玉兎・その二
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「ほほぅ、やっぱり知らんかぁ」
ふわりはモフモフの姿のままで西の森の奥にいた。会話の相手はこの森の界隈では、知恵者として知られている古狸である。狼ほどの大きさに針金のような黒灰色の毛に覆われた恰幅の良い狸である。
「今はとんと聞かないのぅ。ただ、大昔に……そうやのぅ、今から七、八百年ほど前じゃったかのぅ。その辺りに一度、十種類の神から与えられた御宝絡みで人や妖を巻き込んだ争い事が起こったっちゅー話は先代から聞いた事がある。それ以降はおよそ百年の間、その御宝を巡って人や妖、冥界やら精霊界やらを巻き込んで争い事が繰り広げられた、ちゅー話じゃ。そっから先は聞かんのぅ。ただ、その御宝を持ちこんだのが饒速日いう神さんでな、物部とかいう一族がその末裔という話じゃ。今は名前を変えているようじゃが、その名前までは分らんのぅ」
古狸は記憶を探りながら答えた。
「さよか。突然に訪ねたのに丁寧にあんがとな」
「なんのなんの。あまりお役に立てず申し訳ないのぅ」
「いや、今殆どその御宝の事を知るモンがおらん、というのを知れたし、その争い事が起きた辺りに何かあったのやろうと推測出来るから大いに助かった。所有してる奴の名前も知れたしな。ありがとな。お礼にちょっとした幸運を授けるわ。楽しみにしとってな」
その頃、琥珀は……
「……今はとんと聞かないですねぇ。でもその七、八百年前にその御宝を所有していて争いに発展した発端が物部一族の僧侶だかで。一族からはその件で破門にされた、て話です」
「僧侶? 破戒僧だったのかしらねぇ」
「恐らく、そうじゃないですかね」
北東の森の奥で魍魎たちを束ねる妖狐に、十種神宝について聞き込みを行っていた。
時を同じくして氷輪は……
「……では、その火種の発端のなった僧侶は一族かた離反した、と?」
「まぁ、物部一族は饒速日命の末裔と聞きますし、御宝を守る立場の者が己の野望の為に悪用した、という事が本当だとしたなら、破門されたというのが真の事でしょうなぁ。物部一族は今は確か……三百年ほど前に神薙と改めて大和の国に移り住んでいると伝え聞いております」
「神薙……」
氷輪の脳裏に、ふと夢で見た美しい乙女の姿が浮かびあがった。トクン、と鼓動が踊りあがった。
天照大神はゆっくりと切り出した。
「そもそも和の国の神々を沢山生み出したのって伊邪那岐と伊邪那美な訳よ。かくいう私たちも伊邪那岐から生まれた訳だけど。でもそれだけ沢山の神々を生み出せば争い事やら派閥やらが出来るのは当たり前よね」
「ええ。神同士殺戮があった事は存じ上げております」
月黄泉命は相変わらず表情を変えず、淡々と応じる。
「でしょ? それで、饒速日はそもそも上から人の世を栄えさせよと十種の宝を授けて降り立たせた訳ね。だから私が授けた訳ではないの。上の三神(※①)は本当に表には出たがらなくて、そういうのは全部私に任せるもんだから……。その三神のうち本当は誰が十種神宝を考えてどういう意図で誰が授けたのか、私も本当の事は知らないのよ」
天照大神は困惑の表情と共に苦笑し、言葉を続ける。
「その頃、人の世では大きく分けて二つの勢力に分かれて争っていた訳。一つは、ある一族を現人神とする勢力。まぁ、私が三種の神器を授けた一族ね、もう一つは、神などいない、人自らの力で生き抜き、自然と共存共栄していくものだ、とする勢力。饒速日はしばらく人に変化して様子を見ていたのね。人の世では饒速日は現人神についたというけど、実際は誰にもつかなかったみたいね」
「では、饒速日命様は人の世に宝を広めようとなさった訳ではない、と?」
月黄泉命は意外だというように眉をあげた。
「そうみたいね。饒速日がどんな意図でそうしたのかは不明だから、ここから先は推測でしかないけど……」
天照大神は、月黄泉命を通して遠くを見るような眼差しを向けた。
(※①…古事記によれば、天地を切り開き創造する際、高天原に現れ、万物を生み出していくその根源となった三神をいう。天御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神を指す)
ふわりはモフモフの姿のままで西の森の奥にいた。会話の相手はこの森の界隈では、知恵者として知られている古狸である。狼ほどの大きさに針金のような黒灰色の毛に覆われた恰幅の良い狸である。
「今はとんと聞かないのぅ。ただ、大昔に……そうやのぅ、今から七、八百年ほど前じゃったかのぅ。その辺りに一度、十種類の神から与えられた御宝絡みで人や妖を巻き込んだ争い事が起こったっちゅー話は先代から聞いた事がある。それ以降はおよそ百年の間、その御宝を巡って人や妖、冥界やら精霊界やらを巻き込んで争い事が繰り広げられた、ちゅー話じゃ。そっから先は聞かんのぅ。ただ、その御宝を持ちこんだのが饒速日いう神さんでな、物部とかいう一族がその末裔という話じゃ。今は名前を変えているようじゃが、その名前までは分らんのぅ」
古狸は記憶を探りながら答えた。
「さよか。突然に訪ねたのに丁寧にあんがとな」
「なんのなんの。あまりお役に立てず申し訳ないのぅ」
「いや、今殆どその御宝の事を知るモンがおらん、というのを知れたし、その争い事が起きた辺りに何かあったのやろうと推測出来るから大いに助かった。所有してる奴の名前も知れたしな。ありがとな。お礼にちょっとした幸運を授けるわ。楽しみにしとってな」
その頃、琥珀は……
「……今はとんと聞かないですねぇ。でもその七、八百年前にその御宝を所有していて争いに発展した発端が物部一族の僧侶だかで。一族からはその件で破門にされた、て話です」
「僧侶? 破戒僧だったのかしらねぇ」
「恐らく、そうじゃないですかね」
北東の森の奥で魍魎たちを束ねる妖狐に、十種神宝について聞き込みを行っていた。
時を同じくして氷輪は……
「……では、その火種の発端のなった僧侶は一族かた離反した、と?」
「まぁ、物部一族は饒速日命の末裔と聞きますし、御宝を守る立場の者が己の野望の為に悪用した、という事が本当だとしたなら、破門されたというのが真の事でしょうなぁ。物部一族は今は確か……三百年ほど前に神薙と改めて大和の国に移り住んでいると伝え聞いております」
「神薙……」
氷輪の脳裏に、ふと夢で見た美しい乙女の姿が浮かびあがった。トクン、と鼓動が踊りあがった。
天照大神はゆっくりと切り出した。
「そもそも和の国の神々を沢山生み出したのって伊邪那岐と伊邪那美な訳よ。かくいう私たちも伊邪那岐から生まれた訳だけど。でもそれだけ沢山の神々を生み出せば争い事やら派閥やらが出来るのは当たり前よね」
「ええ。神同士殺戮があった事は存じ上げております」
月黄泉命は相変わらず表情を変えず、淡々と応じる。
「でしょ? それで、饒速日はそもそも上から人の世を栄えさせよと十種の宝を授けて降り立たせた訳ね。だから私が授けた訳ではないの。上の三神(※①)は本当に表には出たがらなくて、そういうのは全部私に任せるもんだから……。その三神のうち本当は誰が十種神宝を考えてどういう意図で誰が授けたのか、私も本当の事は知らないのよ」
天照大神は困惑の表情と共に苦笑し、言葉を続ける。
「その頃、人の世では大きく分けて二つの勢力に分かれて争っていた訳。一つは、ある一族を現人神とする勢力。まぁ、私が三種の神器を授けた一族ね、もう一つは、神などいない、人自らの力で生き抜き、自然と共存共栄していくものだ、とする勢力。饒速日はしばらく人に変化して様子を見ていたのね。人の世では饒速日は現人神についたというけど、実際は誰にもつかなかったみたいね」
「では、饒速日命様は人の世に宝を広めようとなさった訳ではない、と?」
月黄泉命は意外だというように眉をあげた。
「そうみたいね。饒速日がどんな意図でそうしたのかは不明だから、ここから先は推測でしかないけど……」
天照大神は、月黄泉命を通して遠くを見るような眼差しを向けた。
(※①…古事記によれば、天地を切り開き創造する際、高天原に現れ、万物を生み出していくその根源となった三神をいう。天御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神を指す)
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