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第十三話
神薙一族の姫巫女・その一
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「へぇー? あのモフモフ、意外にやるじゃん。しかも防御の術、俺達にも聞こえないようにしっかり出来てるし」
炎帝は巨大な水晶玉に映し出されている『ふわり』を指さす。
「まぁ、元産土神なのだ。そのくらいは出来るだろうさ」
月黄泉はそう答えながらも、己がどう動くべきか考えあぐねていた。
「ふーん、そういうもんか」
「あぁ、まぁな……」
月黄泉は突如として何かを思い付いたかのように目を見開いた。
「ん? どした?」
「炎帝、私は少し外出する」
「へ? いきなり何処へ?」
「月末までには戻る」
「え? あの、ちょっと……」
「丸薬と人形の追加分、少彦名に伝えておく」
「あ? え? 別に追加はいらないってば!」
「くれぐれも無理はせぬように。ではな」
「……て、なぁ! ……行っちまった。なんなんだよもう、いきなり」
言いた事だけ言うと引き留める間もなく消えてしまった月黄泉命。炎帝はヤレヤレ、といいながら肩をすくめて苦笑した。
「今日は曇り空ね……」
釣殿に座り、空を見上げる竜胆の襲の姫の姿があった。
「まるで私の心の中を映し出したみたい」
と溜息混じりに呟く。こっくりとした漆黒の瞳は、心なしか虚ろに見える。黒々とした長い睫毛の|《とばり》が、涼やかな目元に濃い影を落としていた。鉛色の空はどんよりと重苦しく、いつ雨が降り出してもおかしくない模様である。
『のぅ、姫よ』
彼女は先程父に言われた事を思い浮かべた。
『今更言のも何だが……』
いつも堂々としており自信に溢れている父が、やけに歯切れが悪い。
『その、なんだ……宿世の男とやらが、もし……もしもの話だぞ?』
『はい、仮のお話ですね、承知しました』
『もし、もしその宿世の男とやらが、二目と見られない醜男だったとしたら……姫はどうするつもりじゃ?』
『……そ、それは……』
その時、急には答えられない自分に戸惑った。
『今まで何も言わんかった……いや、言えんかったのじゃがのぅ。わしも何か口を出すつもりは無かったんじゃが……。雅之に聞けばその宿世の男とやらは、何やら女連れかもしれんぬと聞いてのぅ……』
躊躇いがちに切り出す父。自分を気づかう様子がひしひしと伝わる。
『……「宿世の男と出会う事によって代々守ってきた神の宝が全て揃い、永久に守られるだろう」と言う予言じゃったな?』
『はい、幼き時より聞かされてきた事です』
『わしも、女連れである事を雅之から聞かされなかったら何も言うつもりはなかったんじゃ。予言には無意識にその相手と結ばれるという暗示が含まれとる。けれども、もしかしたら必ずしも結ばれる相手とは限らんかもしれんのぅ』
何か答えなくては、言わなくてはと思うのにカラカラに乾いた喉からは言葉を紡ぎ出すのに一苦労だ。
『で、ですがその道連れにしている娘は……妹、かもしれませんし』
必死に理由を探している自分が滑稽だった。そうしなければならない程衝撃を受け、動揺していた。
『よしんばそうだったとしても、もしかしたらその男、妻子を自国に残しているやもしれんし。先程言ったように二目と見られない醜男も知れぬぞえ? そうなった場合、それでもその男を想い続ける事が出来るかのぅ?』
回想から我に返る。
(そうなのよね。幼い頃、初めて宿世の男についての予言を受けてからずっと、その人に憧れてきた。とても美しい方に違いなくて、その人も私に会うのを心待ちにしていて。同じように思ってくれているのだ、と。だから、その人のお嫁さんになるのだ、て無邪気に信じてきた……)
裳着の儀を終えると同時に、家柄、容姿、教養ともに申し分ないとどこから聞き付けてきたのか降って湧いたような縁談もすげなく断り続けた。
まだ見ぬ男へ、いつか出会う宿世だという人への憧れ。いつしかその憧れは、恋へと変わっていった。
炎帝は巨大な水晶玉に映し出されている『ふわり』を指さす。
「まぁ、元産土神なのだ。そのくらいは出来るだろうさ」
月黄泉はそう答えながらも、己がどう動くべきか考えあぐねていた。
「ふーん、そういうもんか」
「あぁ、まぁな……」
月黄泉は突如として何かを思い付いたかのように目を見開いた。
「ん? どした?」
「炎帝、私は少し外出する」
「へ? いきなり何処へ?」
「月末までには戻る」
「え? あの、ちょっと……」
「丸薬と人形の追加分、少彦名に伝えておく」
「あ? え? 別に追加はいらないってば!」
「くれぐれも無理はせぬように。ではな」
「……て、なぁ! ……行っちまった。なんなんだよもう、いきなり」
言いた事だけ言うと引き留める間もなく消えてしまった月黄泉命。炎帝はヤレヤレ、といいながら肩をすくめて苦笑した。
「今日は曇り空ね……」
釣殿に座り、空を見上げる竜胆の襲の姫の姿があった。
「まるで私の心の中を映し出したみたい」
と溜息混じりに呟く。こっくりとした漆黒の瞳は、心なしか虚ろに見える。黒々とした長い睫毛の|《とばり》が、涼やかな目元に濃い影を落としていた。鉛色の空はどんよりと重苦しく、いつ雨が降り出してもおかしくない模様である。
『のぅ、姫よ』
彼女は先程父に言われた事を思い浮かべた。
『今更言のも何だが……』
いつも堂々としており自信に溢れている父が、やけに歯切れが悪い。
『その、なんだ……宿世の男とやらが、もし……もしもの話だぞ?』
『はい、仮のお話ですね、承知しました』
『もし、もしその宿世の男とやらが、二目と見られない醜男だったとしたら……姫はどうするつもりじゃ?』
『……そ、それは……』
その時、急には答えられない自分に戸惑った。
『今まで何も言わんかった……いや、言えんかったのじゃがのぅ。わしも何か口を出すつもりは無かったんじゃが……。雅之に聞けばその宿世の男とやらは、何やら女連れかもしれんぬと聞いてのぅ……』
躊躇いがちに切り出す父。自分を気づかう様子がひしひしと伝わる。
『……「宿世の男と出会う事によって代々守ってきた神の宝が全て揃い、永久に守られるだろう」と言う予言じゃったな?』
『はい、幼き時より聞かされてきた事です』
『わしも、女連れである事を雅之から聞かされなかったら何も言うつもりはなかったんじゃ。予言には無意識にその相手と結ばれるという暗示が含まれとる。けれども、もしかしたら必ずしも結ばれる相手とは限らんかもしれんのぅ』
何か答えなくては、言わなくてはと思うのにカラカラに乾いた喉からは言葉を紡ぎ出すのに一苦労だ。
『で、ですがその道連れにしている娘は……妹、かもしれませんし』
必死に理由を探している自分が滑稽だった。そうしなければならない程衝撃を受け、動揺していた。
『よしんばそうだったとしても、もしかしたらその男、妻子を自国に残しているやもしれんし。先程言ったように二目と見られない醜男も知れぬぞえ? そうなった場合、それでもその男を想い続ける事が出来るかのぅ?』
回想から我に返る。
(そうなのよね。幼い頃、初めて宿世の男についての予言を受けてからずっと、その人に憧れてきた。とても美しい方に違いなくて、その人も私に会うのを心待ちにしていて。同じように思ってくれているのだ、と。だから、その人のお嫁さんになるのだ、て無邪気に信じてきた……)
裳着の儀を終えると同時に、家柄、容姿、教養ともに申し分ないとどこから聞き付けてきたのか降って湧いたような縁談もすげなく断り続けた。
まだ見ぬ男へ、いつか出会う宿世だという人への憧れ。いつしかその憧れは、恋へと変わっていった。
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