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第十話
琥珀の過去、そして決断・その二
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氷輪は、己の腕の中で無防備に泣く琥珀がいじらしく、心の奥底から愛しいと思った。このまま二人だけで生きていけたら……そんな風に感じた。けれども、そのような自分勝手な行動は出来よう筈もない。また、そのような行動を取ったものなら、間違いなく琥珀は喜ばないどころか激怒するだろう。そんな真っすぐで純粋なところも、氷輪にはたまらなく魅力的に感じていた。
込み上げる激情に翻弄されぬよう、高い場所から激流を俯瞰するような感じで静かに己を見つめた。そうしないと、激しい感情の並に呑み込まれ琥珀を強引に自分の物にしてその証を刻みつけてしまいそうだった。
……これから先旅を続けても姫様にとっては傷つく結果になるだけ……
あの時、朦朧とした意識の中に耳に飛び込んで来た言葉が呪いのように甦る。
……他の女に心を奪われ。忘れ去られて捨てられる……
それは呪縛のように氷輪の体を絡めとり、琥珀への想いに歯止めをかけた。先の事は分からない。宿世の女とやらに出会った際、己がどう思うのか。琥珀を真剣に思えばこそ、軽々しく行く末の契りを交わす事は出来なかった。そして思う。
……姫を泣かせてみろ! 神の捧げモノであろうと容赦はしない! 私がお前を殺す!……
とまで言ってのけた久遠と言う男、恐らく幼少の頃から琥珀に忠誠を誓った者であろう。琥珀に想いを寄せている事は容易に推測がつく。もしかしたら、彼自身自覚していないかもしれないが。自分の知り得ない琥珀の事を知っている男、恐らく自分などよりもずっと深く……。そう思うだけで、激しい嫉妬の念が湧き起こる。それでも、琥珀に対しては清廉潔白であり続けたかった。彼女の不安と苦しみを全て受け止めようと、涙を受け止め続けた。
(兄者……あたしの全てを受け止め、そして自分の気持ちもつまびらかにするつもりだ)
琥珀は氷輪の腕の中で、少しずつ感情が落ち着いて来るのを覚えた。同時に、鼓動を通して伝わって来る彼の想いを感じ取る。
(あたしも、正直に伝えよう。大丈夫、最初から人じゃない、て事が分かっていてあたしを連れて行った。女である事に気付いても、あたしを気遣ってずっと知らないふりをし続けてくれた彼だもの。きっと、大丈夫)
あらん限りの勇気を振り絞り、己の想いを告げようと目を開いた。
(話した結果、どうするのかは兄者に委ねよう)
そう自分に言い聞かせ、腕の中でゆっくりと彼を見上げた。すぐに視線がかち合う。真っすぐに見つめる深い紫色の瞳は、一点の曇りもなく真冬の月のように澄み切っていた。そしてどこか温かく優しい光を湛えていた。
(……ずっと、あたしが落ち着くのを待っていてくれたんだ。全てを受け止めるつもりで)
そう確信した。自然に想いが言の葉となって唇を伝った。
「……あたしの父は、妖界の全てを束ねる長なの。人の世で表立っては、ぬらりひょんとか色々言われていると思うけど。敢えてそうさせているというか。まぁ、影で全てを牛耳る、て感じで。玉藻の前とかでよく言われる九尾の妖魔があるけど、あれより強い妖力を持つ十一の尾を持つ妖狐なの」
ゆっくりと語り始めた。
「……母親は……」
そしてややためらいがちに話を続ける。
「……母親は精霊界を束ねる長の一人娘。精霊は美形揃いだけど、中でも格別に美人で気立てもよく、頭も良かっんだって。その噂を聞き付けた神が、縁談を持ちこんで来たの。だから、本当なら母は神様のお嫁様になる筈だったの」
(あぁ、そうか。だから……)
氷輪はそこまで聞いて、時折垣間見える琥珀の並外れた治癒力と戦闘能力、そしてそして粗野に振る舞っていても隠し切れない気品と透き通るような美しさの謎がスッと解け俯に落ちたのだった。
込み上げる激情に翻弄されぬよう、高い場所から激流を俯瞰するような感じで静かに己を見つめた。そうしないと、激しい感情の並に呑み込まれ琥珀を強引に自分の物にしてその証を刻みつけてしまいそうだった。
……これから先旅を続けても姫様にとっては傷つく結果になるだけ……
あの時、朦朧とした意識の中に耳に飛び込んで来た言葉が呪いのように甦る。
……他の女に心を奪われ。忘れ去られて捨てられる……
それは呪縛のように氷輪の体を絡めとり、琥珀への想いに歯止めをかけた。先の事は分からない。宿世の女とやらに出会った際、己がどう思うのか。琥珀を真剣に思えばこそ、軽々しく行く末の契りを交わす事は出来なかった。そして思う。
……姫を泣かせてみろ! 神の捧げモノであろうと容赦はしない! 私がお前を殺す!……
とまで言ってのけた久遠と言う男、恐らく幼少の頃から琥珀に忠誠を誓った者であろう。琥珀に想いを寄せている事は容易に推測がつく。もしかしたら、彼自身自覚していないかもしれないが。自分の知り得ない琥珀の事を知っている男、恐らく自分などよりもずっと深く……。そう思うだけで、激しい嫉妬の念が湧き起こる。それでも、琥珀に対しては清廉潔白であり続けたかった。彼女の不安と苦しみを全て受け止めようと、涙を受け止め続けた。
(兄者……あたしの全てを受け止め、そして自分の気持ちもつまびらかにするつもりだ)
琥珀は氷輪の腕の中で、少しずつ感情が落ち着いて来るのを覚えた。同時に、鼓動を通して伝わって来る彼の想いを感じ取る。
(あたしも、正直に伝えよう。大丈夫、最初から人じゃない、て事が分かっていてあたしを連れて行った。女である事に気付いても、あたしを気遣ってずっと知らないふりをし続けてくれた彼だもの。きっと、大丈夫)
あらん限りの勇気を振り絞り、己の想いを告げようと目を開いた。
(話した結果、どうするのかは兄者に委ねよう)
そう自分に言い聞かせ、腕の中でゆっくりと彼を見上げた。すぐに視線がかち合う。真っすぐに見つめる深い紫色の瞳は、一点の曇りもなく真冬の月のように澄み切っていた。そしてどこか温かく優しい光を湛えていた。
(……ずっと、あたしが落ち着くのを待っていてくれたんだ。全てを受け止めるつもりで)
そう確信した。自然に想いが言の葉となって唇を伝った。
「……あたしの父は、妖界の全てを束ねる長なの。人の世で表立っては、ぬらりひょんとか色々言われていると思うけど。敢えてそうさせているというか。まぁ、影で全てを牛耳る、て感じで。玉藻の前とかでよく言われる九尾の妖魔があるけど、あれより強い妖力を持つ十一の尾を持つ妖狐なの」
ゆっくりと語り始めた。
「……母親は……」
そしてややためらいがちに話を続ける。
「……母親は精霊界を束ねる長の一人娘。精霊は美形揃いだけど、中でも格別に美人で気立てもよく、頭も良かっんだって。その噂を聞き付けた神が、縁談を持ちこんで来たの。だから、本当なら母は神様のお嫁様になる筈だったの」
(あぁ、そうか。だから……)
氷輪はそこまで聞いて、時折垣間見える琥珀の並外れた治癒力と戦闘能力、そしてそして粗野に振る舞っていても隠し切れない気品と透き通るような美しさの謎がスッと解け俯に落ちたのだった。
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