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第十話

琥珀の過去、そして決断・その一

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 それは重苦しい中にも、互いに相手の事を思い合うという妙に甘い沈黙であった。ともすると、その沈黙に永遠に時を委ね、陶酔していたくなる危険な甘さでもあった。

 氷輪は病みやつれて、その美貌の透明感に磨きがかかっている

『……まずは腹を割って話しあわんと。上手く話そうとか、相手がどう思うかなんてのは二の次やで……。いつか話そう、後でもいいや。そう思っている内に、もしかしたら明日は来なかった……なんて事もあるんやで。そうなっちまったら遅いのや。今ならまだ間に合う』

 風牙の言葉が、琥珀の背中を押す。恐らく、彼を変える切っ掛けとなった幼女の事を思い浮かべながら諭したであろう切実な想いは、真っすぐに届いた。思い切って沈黙を破ろうと口を開く。

「あのさ、兄者……」
「琥珀、すまなかった……」

 二人は同時に口を開いた。何となく気まずさと気恥ずかしさが入り混じって互いを見つめる。互いに言おうとしている事が同じ事である事を感じ取る。

「兄者が、何を謝る必要があるの? むしろ、謝らないといけないのは……」
「いや……お前が女の子である事を知って、性別を隠す理由は深い訳があるのだろうと気づかないふりをして来た」

 氷輪はやんわりと琥珀を遮ると、穏やかに語り始めた。

「お前がいつか心を開いてくれるまでの間そうして、ずっと守り通して行こうと思ったしまた出来ると思った。けれども、結局は何も出来なかった上に……こんな、情けない結果になってしまって、お前に多大な不安を与えてしまった」

 と悲し気かつ自嘲気味に微笑んだ。彼の言葉は切なさの伴った木枯らしの風となって琥珀の抱えていた恐れを粉々に散らしていく。同時にそれは透明な雫と化して琥珀の双眸に溢れていった。

「違うよ……違う。兄者は、ちっとも悪くない……」

 ポロポロと大きな目から涙が伝う。睫毛が濡れて艶やかな栗色となり殊更長さを強調し、瞳を縁取る。氷輪にはそれがとても美しく映った。

……その涙が、ほんの少しくらいは私の為に流したのだと思ってしまうのは、やはり自惚れだろうか……

 と感じながら。そして琥珀の話に耳を傾ける。

「……あたしが、兄者に甘え過ぎてたから。本当はね、ホントは……ほんの少しだけ感じてたんだ。もしかしたら、女の子である事、気付いているのかも知れない、て。でも、それを確かめるのは避けた。気付かないふりをして、敢えてそこを考えないようにしてきた。だってもし……もしそれが、あたしの勘違いだったら? 思い上がりだったら? て思うと怖かったし。何より、気まずくなって兄者から嫌われるんじゃないかって思ったら、もう耐えられ無くて。それで、それでね、どうして男のなりをして人の世に来たのかとか、本当の事を知られるのが嫌だったの……」

 氷輪は、体を小刻みに震わせながらまことの心情を吐露する琥珀が堪らなく愛しく感じた。そして、

……あぁ、私の予感は自惚れではなかったのだ……

 という確信に胸の奥が歓喜に打ち震えた。

「どうして、私が琥珀を嫌う必要があるのだ? 人でない事など、最初から分かっていたと言うのに……」

 その言の葉の一つ一つに、琥珀への想いを込めて静かに問いかけた。

「……でも! だって、あたし、半妖と言っても人の血は……これっぽっちも、入って無いんだよ?」

 大きな目を目いっぱい見開き、溢れる涙で頬がびしょ濡れになっている。その涙ごと全て受け止めたい、氷輪はそう思った。

「うん、知ってたよ。もっと早くに伝えてやれば良かったな。だけど、どう伝えて良いのやら、また、それを伝えて良いのかも分からなかったから、そのまま気づかないふりをしてきたのだ。それが一番、お前に負担がかからないだろうと判断したから。……ごめんな、結局はお前を追い詰めてしまった……」

 氷輪の言葉はどこまでも優しくて深い愛情に満ちていた。

「……兄者……あたし、あたし……」

 いくらでも涙が溢れた。そうしても許され、またこの涙を全て受け止めてくれる気がした。

「琥珀、おいで」

 限り無く優しい声で、氷輪は名を呼び両手を広げた。

「兄者!」

 琥珀は夢中でその腕に飛び込んだ。

 
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