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第七話

伊勢の国とモフモフと・その三

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 船体は大きく揺れ、次第にゆっくりと止まった。皆、ぞろぞろと入り口に向かう。氷輪たちは最後の方にゆっくりと出ようとわりと落ちついていた。

「またどこかで!」

 氷輪は名残を惜しんで半べそをかいている娘たちを笑顔で見送った。清々しい程の笑顔だ。そして娘たちの姿が見えなくなると、スッと真顔に戻った。

(執着しない気質というか。全然思い入れとか無いからあんな風に切り替えが早いんだろうな。宿世のひとに出会ったら、きっと……俺の事も……)

「……珀、琥珀?」
「ん、あ!」

 氷輪の呼びかけで我に返った。慌てて彼を見つめる。

「どうした? ぼんやりして」

 心配そうに眉を潜める彼に、複雑な複雑な想いが交差する。けれども口角を上げた。

(切り変えが必要なのは俺の方だ!)
「へへ、わりぃ。船の旅も終わったと思ったら名残惜しくなってさ。ちょいと柄にもなく感傷に浸っちまった! さ、下りようぜ!」

 と朗らかに言うと、氷輪の先に立ってスタスタと歩き始めた。

(時々、憂いを秘めた顔をしてぼんやりする時がある。琥珀……私には言えない事か? 何か私に出来る事はないのか?)

 出来るなら、今琥珀に腕を伸ばし己の胸に引き寄せてそう言いたかった。けれども、何故かそれをしてはいけない気がした。琥珀自身の尊厳を踏みにじってしまうようで……。気持ちを切り変え、琥珀の後を追った。




 
(あん? 何や。ここから匂いが途切れとる。船に乗ったんかーい。それにあの半妖の小娘、何や? 動揺、悲しみ、奥底に潜む嫉妬? 意味分からん。情緒不安定かいな? あれか? 月一来る女の……)

 尾張の船場まで氷輪たちの匂いと感情の足跡を辿ってきた風牙は、そう感じて大海原を見つめた。そして再び砂浜に鼻をつけてクンクンクンクンと匂いをかぐ。

(……あの坊さん、珍しく何かに気を取られたんかいな。一瞬、半妖の小娘の事も旅の本来の目的も忘れとるみたいや)

  そして後ろ足二本で立ちあがり、鉛色の空を見上げた。飴色の顔と腹の部分が剝き出しになる。どんよりして今にも雨が降り出しそうだ。

(禍津日の神さんの不可解な言動といい、これは……何かあるんやろうなぁ)

 本能的にそう感じた。

(御宝の事、もう一度洗い直した方が良さそうだぜ、人柱のあんちゃんよ)

 風牙はいつに無く真剣な眼差しを向ける。そしてニタッと笑うと素早く周りを行きかう人々を見渡し、両手を広げる。すると鋼色の毛が脇腹と両手両足にモクモクと伸び始めた。屈み込んでピョンと飛ぶと、そのままふわーっと浮かびあがった。両手両足を大の字にしたまま空へと飛び立って行く。

 風牙が飛び立った瞬間を、母親び手を引かれた男児が見ていた。五歳くらいだろうか。少し前から(あ、何だろう? あのふわふわしたまん丸いの)と興味津々で見ていた。飛び立つ瞬間を目の当たりにし、口をポカンと開けて空を見上げる。やがて目を輝かせて母親の袖をつかんだ。

「おっかちゃん、おっかちゃん」
「なんだよ、おっとうはもうすぐ帰って来るよ、だから迎えに来てるんじゃないか」
「うん、そうれじゃなくて。あのね、さっきあそこでまぁるいフワフワした毛の生き物がお空に飛んで行ったの」
「あーそうか、それはきっとムササビだねぇ」

 こんな海辺にムササビなど居るわけないだろ、と思いながら母親は子供に話を合わせた。




「良かったなぁ。ここの関所はすんなり通れて」

 琥珀は後ろを振り返り、乗客たちを見送っている船頭に右手を振った。彼は不器用にペコリと頭を下げる。

「そうだな。決められたお金以上は取られなかったし。船も、関所も」
「薬の行商人、本当にいい人だったな」
「あぁ、彼と出会わなければあの船頭にも出会えなかった」
「船頭のおっちゃん、不愛想に見えるけど客が無事に関所を越えるまで見送りとか。照れ屋さんなんだな」

 二人は微笑み合うと、同時に先を急いだ。

 
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