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第三話
紅い櫛に金の蝶々・後編
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だが、次の瞬間琥珀は我に返る。
(……て、なに女ぶってんだ俺!)
「あ、あー! そ、そうだな。うん。赤は昔っから魔除けとか言われてるし。櫛なんかも昔から邪気払いとかお守りとか言われてるよなー、うん」
ボッと顔に火がついたように熱い。真っ赤になっているであろう自分を誤魔化すように殊更声を張る。
「うん。だからお前にやる。お守りだ、お前と、私自身の」
氷輪の唇が穏やかな弧を描く。その蕩けるような笑みに一瞬、女である事を知っているかのように錯覚する。
(……あぶねー! んな訳ねーよな。天然女たらしめ!)
甘い泡沫の夢を打ち払うように心の中で悪態をつく。
(でも、これ、綺麗だ……)
心の奥では裏腹に、歓喜に酔いたい己もいた。
(呪いであれなんであれ、一瞬でもその時は俺だけの事を思って選んでくれたんだ。……もう二度と、こんな事ないかもしれない)
ニッと笑って見せた。そのまま両手で櫛を胸の前で持ち、
「ありがとな! お守り、大切にするぜ! なんたって、俺と兄者二人の御守りなんだしな! ちょいと女の代物、て感じだけど、赤は嫌いじゃねーぜ! 活力の色、命の力の色、情熱の色、勝負の色、て感じがしてさ。蝶々も、変化変容、成長、とかいう意味があるらしいし、俺にちょうどいいじゃん!」
精一杯元気よく応じてみせた。
(……この先、兄者が宿世の女と出会って……。別れの時が来たとしても、この櫛があれば、きっと……きっと元気に生きていけるさ!)
そう思う事で、己を奮い立たせて。
氷輪はホッと胸を撫でおろした。素直に琥珀に受け取って貰えた事が嬉しかった。琥珀が大垂髪を結い、櫛を飾る姿を思い浮かべながら。この上なく大切そうに懐にしまう琥珀の姿に、言い知れぬ喜びが込み上げる。
黄土色の直垂に身を包み、白い布を頭に巻いた大柄な男が、作業台を前に胡坐をかいている。口元と顎は黒い髭がボーボーと生え、頭に巻かれた布から首筋のあたりにいくつも解れ髪が零れている。男は鷲のように鋭い目付きで、右手に掲げた刀剣を見つめていた。そう、兼充である。氷輪自身の持つ波動と既存の刀剣の波動を合わせる為に刃や束の部分などを見極めているのだ。
「ん? 邪気!?」
兼充は唐突にそう叫ぶと、手にしていた刀剣を素早く床に置き、懐から短刀を取り出し、鞘から抜き取って右腕を真上に上げ、天に向かって短刀を掲げた。キッと刃を見据える。刃の部分にモヤモヤとした灰色の煙のようなモノが映し出された。
(……これは、邪気にしては清浄過ぎるような……えぇい、ごちゃごちゃ考えても仕方が無い! この神聖で清浄な場所に何か得体の知れないモノが入って来たのは紛れもない事実!)
己を叱咤すると、再び刃先を見つめた。
「エィヤ――――――ッ!」
腹の底から気合いを入れて声をあげる。まさに泣く子も黙り、潜んでいた鼠も逃げ出すような気迫に満ちた声だ。刃に映し出された靄はスッと消え去った。
「まだまだ未熟者だな」
自嘲気味に呟いた。
(どいつもこいつも、忌々しい!)
空を舞うようにして移動する禍津日神は酷く苛立っていた。
(おのれ兼充! たかだか刀剣職人の分際で、この私を気合い一つで弾き飛ばすとは!)
チッと舌打ちすると、風に溶け込むようにして消えた。
(……て、なに女ぶってんだ俺!)
「あ、あー! そ、そうだな。うん。赤は昔っから魔除けとか言われてるし。櫛なんかも昔から邪気払いとかお守りとか言われてるよなー、うん」
ボッと顔に火がついたように熱い。真っ赤になっているであろう自分を誤魔化すように殊更声を張る。
「うん。だからお前にやる。お守りだ、お前と、私自身の」
氷輪の唇が穏やかな弧を描く。その蕩けるような笑みに一瞬、女である事を知っているかのように錯覚する。
(……あぶねー! んな訳ねーよな。天然女たらしめ!)
甘い泡沫の夢を打ち払うように心の中で悪態をつく。
(でも、これ、綺麗だ……)
心の奥では裏腹に、歓喜に酔いたい己もいた。
(呪いであれなんであれ、一瞬でもその時は俺だけの事を思って選んでくれたんだ。……もう二度と、こんな事ないかもしれない)
ニッと笑って見せた。そのまま両手で櫛を胸の前で持ち、
「ありがとな! お守り、大切にするぜ! なんたって、俺と兄者二人の御守りなんだしな! ちょいと女の代物、て感じだけど、赤は嫌いじゃねーぜ! 活力の色、命の力の色、情熱の色、勝負の色、て感じがしてさ。蝶々も、変化変容、成長、とかいう意味があるらしいし、俺にちょうどいいじゃん!」
精一杯元気よく応じてみせた。
(……この先、兄者が宿世の女と出会って……。別れの時が来たとしても、この櫛があれば、きっと……きっと元気に生きていけるさ!)
そう思う事で、己を奮い立たせて。
氷輪はホッと胸を撫でおろした。素直に琥珀に受け取って貰えた事が嬉しかった。琥珀が大垂髪を結い、櫛を飾る姿を思い浮かべながら。この上なく大切そうに懐にしまう琥珀の姿に、言い知れぬ喜びが込み上げる。
黄土色の直垂に身を包み、白い布を頭に巻いた大柄な男が、作業台を前に胡坐をかいている。口元と顎は黒い髭がボーボーと生え、頭に巻かれた布から首筋のあたりにいくつも解れ髪が零れている。男は鷲のように鋭い目付きで、右手に掲げた刀剣を見つめていた。そう、兼充である。氷輪自身の持つ波動と既存の刀剣の波動を合わせる為に刃や束の部分などを見極めているのだ。
「ん? 邪気!?」
兼充は唐突にそう叫ぶと、手にしていた刀剣を素早く床に置き、懐から短刀を取り出し、鞘から抜き取って右腕を真上に上げ、天に向かって短刀を掲げた。キッと刃を見据える。刃の部分にモヤモヤとした灰色の煙のようなモノが映し出された。
(……これは、邪気にしては清浄過ぎるような……えぇい、ごちゃごちゃ考えても仕方が無い! この神聖で清浄な場所に何か得体の知れないモノが入って来たのは紛れもない事実!)
己を叱咤すると、再び刃先を見つめた。
「エィヤ――――――ッ!」
腹の底から気合いを入れて声をあげる。まさに泣く子も黙り、潜んでいた鼠も逃げ出すような気迫に満ちた声だ。刃に映し出された靄はスッと消え去った。
「まだまだ未熟者だな」
自嘲気味に呟いた。
(どいつもこいつも、忌々しい!)
空を舞うようにして移動する禍津日神は酷く苛立っていた。
(おのれ兼充! たかだか刀剣職人の分際で、この私を気合い一つで弾き飛ばすとは!)
チッと舌打ちすると、風に溶け込むようにして消えた。
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