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第二話

妖刀と名刀・序章

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 その場所は十二畳ほどの広さの作業部屋兼物置、とう印象だった。壁沿いに刀や槍、短剣、矢などの武器を始め、つるはしや熊手、すきなどの農具などが整然と並んでいる。仕事に関しては非常に誠実かつ繊細に行う質なのであろう、と氷輪は感じた。

 男の名は甥七兼充おいしちかねみつと言った。およそ百五十年ほど前から続く刀剣職人の家柄だそうだ。

「……百瀬家とは代々人形に使う刀剣や槍などを創らせて貰ってましてね。幸成殿は人形を創る際に刀や槍、矢などが必要な場合はここに打ち合わせによくいらして頂いてるのですよ」

 幸成から預かったふみを読み合わると、男は意外にも饒舌に話し出した。

「お二方とも、引き受けたお仕事、こと作品に対しては妥協を許さない性質とお見受けしました」

 氷輪は率直に答える。下手な賛辞を述べれば侮辱と捉え兼ねられない、と判断しかからだ。

「いやぁ、お恥ずかしい。この通り不器用なもんで、商売が上手くないといいますか……。作り置きの物をお売りする際も、その人となりの癖や性質などを見極めて最適な物をお選びしたいので。少し微調整をしてお渡ししたり、一から打ち直すか、または場合によってはお断りする事もあるもんですからねぇ」

 と恥ずかしそうに頭を掻く。

(……やはりな。これはすんなりとは行きそうにないな。下手したら「一昨日来い」と追い出される事も有り得る……)
「確かに、仕事を愛想と速度に重きを置く人からは敬遠されるかもしれませんね。ですが質と信頼度に重きを置く人からしたら、次も是非お願いしたい、末永くお付き合い頂きたい。そう思われるのではないでしょうか」

 氷輪は慎重に言葉を選びながら応じる。ここで信頼を得て、刀を一つ、琥珀の短刀を一つ購入。更には八握剣の事で何か知っている情報はないか聞いてみたかった。
 雲水の姿で物語僧という設定のせいか、今迄は幸いな事に対人たいひととの戦いは生じていない。改めて父・佳月の聡明さを思い知る。けれどもこの先の国では戦が盛んに行わていると聞く。人々が活発になればなるほど、刺激を求めて欲望が際限なく巨大になっていくものだ。故に、これからは戦いを余儀なくされる事が予測された。

「そう言って頂けますと嬉しいです。そういう所が、幸成殿と共通すると言いますか。ただ、あの人は少し引っ込み思案なところがありますので当主としてやっていくにはしんどいところはあるんじゃないかと……」
「さすがです。そうやってその人の性質などを見極めた上で依頼を受けられているのですね」
「これは……さすが僧侶様、褒め上手ですなぁ」

(……へぇ? 武器も農具も、刃の部分は水晶みてーに清浄じゃん。やるじゃん、兼充のおっちゃんも)

 琥珀は例によって社交は氷輪に任せ、左隣で大人しく腰をおろしながら兼充が作ったのであろう数々の作品を見ていた。

(欲に目が眩んで創ったもんには、邪気が宿ったりするもんなんだけど。まぁ、殆どの物には多かれ少なかれ作り手の念が籠るもんで……でも、このおっちゃんの作ったもんには何にも入ってねーや。それどころか真摯な気分になるっつーか。あれかな。十種神宝の、辺津鏡へつかがみ、だっけか。いつも近くに置く鏡。顔を映して生気・邪気を視るて息を吹きかけて磨くことにより、自己研鑽につながるとかいう奴。あれはきっと、こんな感じなんだろうな。魔界にあるとされている)

 琥珀はそこまで思うと、ふと何かが引っかかった。

(あれ? でもさぁ……噂とは言え、魔界に辺津鏡なんて必要あるかなぁ。冥界なら閻魔王は常に自分を保つ必要はあるだろうけど、こんな鏡なくても「精神修行の間」があるし。魔界の奴らが自己研磨って変だよな。堕落してなんぼなのに。それに、よく考えたら十のお宝の話自体変だよなぁ。だって、て……あれ? 何だろう? 何か、物凄く大事な部分の記憶が抜け落ちている気がする……。俺が人間界に来る前……)

 幼い頃の朧気な記憶。父親に抱き上げられて、隣には母親が優しい笑みを浮かべていて……。

(……駄目だ、頭の中が真っ白だ……)

「……えぇ。出来れば新しいものが欲しくて。出来れば自分の身を守り、相手を殺めぬように峰打ち出来るほどのものが欲しいのです。ただ、あまり時間が無い……」

(兄者……)

 琥珀は氷輪と兼充の真剣な会話に我に返る。

「なるほど、峰打ち……相手に切り掛かりギリギリのところで刃を返し、『切られた!』と思い込ませる事によって意識を断つ事を目的にしたい。それに適う刀と短刀をご所望、という訳ですね」
「はい」

 兼充はそう答えると、氷輪の心の奥を視るような眼差しで凝視した。氷輪は姿勢を正し、その視線を真っすぐに受け止める。琥珀は状況を把握すると、氷輪に倣って姿勢を正し、兼充を見つめた。

 にわかにピーンと張り詰めた空気が流れる。




 まるで叢雲の中に身を置いているかのような濃霧が辺りを包み混む。咽返るように漂う甘ったるい花の香り。そんな中、白衣に浅葱色の袴姿で佇む長身細身の男が一人。
 男の視線の先は、唐傘大の深い青色牡丹に、蜃気楼のように浮かび上がる琥珀の姿。心の声も全て伝わる。それを食い入るように見つめる柔らかな空色の瞳。青みがかった白く透けるような肌、女のように甘やかで端麗な顔立ち。フサフサとした胡桃色の髪はくるぶしあたりまでサラリサラサラと流れる。

「ふっふっふ……忘却の術が解けかけてきたようですね。もう少しですよ、愛しい我が娘よ」

 艶のある甘やかな声が流れる。薔薇そうびの花びらのような薄桃色の唇が、穏やかな弧を描いた。

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