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第二十八話

神への捧げモノ・中編

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 琥珀は懐の中より短剣を二つ取り出し、構え直す。氷輪は懐の観世音菩薩に意識を合わせた。邪悪な気配は感じない。そのモノは静かに、地上から木の上に場所を変えたようだ。氷輪も琥珀の視線は、同時にそのモノの気配を追って前方の地上から右側の楠木くすのきへと移り、木の先端を見上げた。

「おう! おめーら、ワイの気配を察知して追えるとこは褒めてとらす!」

 二人の視線の先から、まだ幼さの抜けきれない男子の声が響いた。

『……子ども?』
『……ガキ?』

 氷輪と琥珀は同時に顔を見合わせ、囁き合う。

「やいやいやい! おめーら! ワイをおぼこい、なんて失礼な事ぬかすなや!」

 そのモノはそう啖呵を切ると、呆気に取られている二人の前に姿を現すべく木から降り立ったようだ。

『おぼこいとは?』
『多分、「あどけなくて可愛い」って意味だ』

 氷輪は素早く琥珀に耳打ちで質問し、琥珀も耳打ちで返した。二人の視線は、木の上からスタタタタと降り立つ白っぽい塊を捉える。それは転がるようにして氷輪の目前に止まった。少し後ろに下がってい琥珀は氷輪の左隣に並んでそれを見下ろす。そして

「いや、別におぼこいとまでは言ってねーって」

 とそのモノに声をかけた。

「あぁ、私もそこまでは言ってない」

 と氷輪もそれに追従する。そのモノは白い布が丸まったように見えた。それはフルフルと小刻みに震え出すと、

「やかましいっ!」

 という声と共に小柄な男童の姿となって両手を腰に当て、踏ん反りかえるようにして氷輪と琥珀を見つめた。
その者は純白の浄衣じょういに身を包み込み、裸足で立っている。フサフサとした鋼色はがねいろの髪は大人の中指ほどの長さで切り揃えられており、ツンツンと天を向いて立っていた。艶やかな飴色の肌。逆三角形の小さな顔の輪郭に凛々しい鋼色の眉。少し鼻の頭がツンと上を向いた高くも引くくもない鼻筋。今にも笑い出しそうな唇は如何にも健康的な夕焼け色だ。くりくりとした大きな瞳は栗色で、生き生きと輝いている。そして琥珀の腰の辺りの背丈だった。つまり……

「そっかそっか。人間に化けるならもっと上手くやらないとな」

 琥珀は少しかがんで右手を伸ばし、男児の頭を撫でた。男童は気持ち良さそうに目を細める。だが次の瞬間、右手でパシッと琥珀の手を払いのけ、睨みつけた。

「無礼者! 気安くワイに触れるなど千年早いわ! 第一お前が言うなや!」

 そしてフン、と小馬鹿にしたように笑うと、

「……まぁ良い。ワイはこの辺りを取り仕切る者じゃ。小童の少々無礼な振る舞いなど、許す度量は持ち合わせておるわ」

 とそこで一旦言葉を切ると、カッと目を見開き挑むように氷輪を見つめた。

(何言ってんだ? こいつ。だけど、邪気は感じねーな……むしろ清浄に近いか?)

 と琥珀は呆れながらも成り行きを見守る。

「ワイが用事があるのはお前じゃ! やい、この偽坊主にせぼうず! ワイと尋常に勝負致せ!」

 男児はそう言い放ち、氷輪を右手で指差した。内心では、

(決まったー! 一度、『いざ、尋常に勝負!』て言ってみたかったんやなー、ワイ)

 と感激していた。

「え? 私と?」

 氷輪は突然の成り行きにポカンとして男児を見つめる。

「何や何や? その間の抜けた顔は。ワイをおぼこい子どもだとタカを括っておるな?」
「いや、別にそのような事は。ただ理由がよく分からない以上、むやみに戦うのは非効率だと思うのだが……」

 苛立つ男児に、すぐに冷静さを取り戻す氷輪。琥珀はワクワクして双方の成り行きを見ている。勿論、氷輪に危険が及びそうになればすぐに助太刀出来るように戦闘態勢は取ったままだが。

「やかましいわい! 聞いて驚け! ワイの名は風牙ふうが! 風に牙と書くんやで。この辺りを取り仕切る産土神なんやで!!!」

 と両手を腰にあて、えっへんとばかりに踏ん反りかえり、「フフン、どうや?」と得意満面な顔で氷輪を見つめた。

「……あちゃー、何言ってんだよこの馬鹿っ!」

 琥珀は右手を額にあて、「ダメだこりゃ」と天を仰ぐ。

「何? この風牙様に向かって! 口を慎め!」

 自称(?)産土神は顔を真っ赤にして琥珀を睨みつけた。

「いや、だから……敵を前にしてどこの大馬鹿者がベラベラと……しかも御丁寧に文字まで……」
まことの名を言ってしまって大丈夫なのか? 体術勝負ならともかく、妖術も使うなら真の名を言ってしまえば……」

 呆れ過ぎてて物が言え無い様子の琥珀の言葉を氷輪が引継ぎ、心配そうに産土神を見つめる。

「あーーーーーーっ!!! アカーーーーン! しまったぁ!! ワイとした事がぁっ!」

 次の瞬間、両手で髪を掻きむしり、地団太を踏む産土神の叫び声が森に響いた。

……カー! アホ―……

 どこからともなく、烏の声が虚しく辺りに響き渡る。




『これは、想定外のたわけ者だな』

 少し離れた楠木の大木の上から事の一部始終を見守っていた存在があった。八咫烏の諌弥いさやである。彼は心底呆れ返っていた。

『何やら面白そうですねぇ』

 不意に、諌弥の頭上から冷たい声が響く。姿を現したのは白玉色の髪、禍々しいほどの赤い瞳を持つ……

『こ、これは……! 禍津日神様っ!』

 諌弥は慌てふためき、平伏さんばかりの勢いで頭を下げた。

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