「十種神宝異聞」~天に叢雲、地上の空華~

大和撫子

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第二十八話

神への捧げモノ・前編

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 鬱蒼と生い茂る森の中に、朱赤の鳥居が木々に隠れるようにして立っている。鳥居に向かい合うようにして立つと、左側に小さな小川が流れており、サラサラとした音が響いている。鳥居を潜り抜けて十歩ほど歩いた先に、もう一つ一際大きな朱の鳥居が立っている。そこから木の枝と上り坂を利用して作られた階段があり、のぼりきった先にかなり大きめの祠があった。山を切り開いて作られたと思われるその場所は、左側に小さな滝が流れており小川となって下に流れている。

 藍色の屋根の祠だ。そなえられた賽銭箱の前に、木製で作られた小さな台がある。そこには餅や竹筒に入った酒、茄子や清白すずしろなどが供えられていた。まだお供えしたばかりと見えて、餅も野菜も新鮮だ。掃除がしっかりと行き届いている様子だ。

 突如、上空より一陣の黒い風が祠の屋根に降り立ち、辺りの木々を揺らす。砂埃がふわっと舞った。それは大きな漆黒の塊……。木々の隙間より漏れるいずる光に照らされ、濡れたように艶やかだ。赤みがかった黄金色こがねいろの見事なくちばしを持つ。嘴と同じ色の細くしなやかな足は、良く見ると三本の足を持っていた。それは大きくて立派な烏であった。

 それはバサッと音を立ててその大きな翼を広げた。そして「カーーーーッ!」と一声鳴く。辺りに響きるほど大きく、予想外に高くて澄んだ声だ。

「何やまたかいな、はいはいはいはいはいってばー!」

 すると祠の中より声が響いた。まだ声変わり前の男児のようだ。続いて続いて慌てたようにバタバタゴソゴソと音がする。パタッと祠の後ろ側の扉が観音開きに開いた。同時にピョーンと何かが飛びだす。影になってその者の顔は窺い知れぬが、三本足の烏を見上げた様子だ。純白の狩衣姿……即ち浄衣じょういを身に着けている。

 烏は祠の屋根の上からその者を見下ろし、厳かに口を開いた。

『起きたばかりか? 相変わらずいい加減な奴だな』

 どことなく夜空を思わせるような不思議な声だ。

「んな事言ったって連日こき使われるもん。ったく、前から思っていたけど、人遣いが荒いよなぁ。いくら助けてくれたとはいえ、もう十分にお釣りがくると思うくらいやで?」

 その者は不満そうに答えた。

『人遣い? お前は人ではあるまい!』

 烏は淡々と応じる。

「あーもぅどうでもいいよ。で、八咫烏やたがらす諌弥いさや様よ、わいに何の用や?」
『上からの指令だ』
「わお! やっと来たか!」

 その者はホッとしたように溜息を漏らす。

『これに合格すれば、お前は晴れて自由の身だ』
「えろう長かったが、ようやっと……」
『それは合格してから言え。それでは試験の内容を伝える!』
 




「ふぅ……食ったぁ食ったぁ。魚も美味く焼けてたし、白米も美味かったぜ! ご馳走さん、ありがとな」

 琥珀は満足そうに笑った。子どものように無垢で満面の笑みだ。

「そう言って貰えて、奮闘した甲斐があったよ。私も嬉しい」

 氷輪は琥珀に釣られるようにして笑った。まるでお日様のような笑顔だと氷輪は思う。

(笑顔って移るのだな。その笑みが純粋であればあるほど、見る者を瞬時に無条件で自然に笑顔にさせてしまう。妖術やら武器などよりも余程驚異の力ではないか?)

 とういう思いがぼんやりと脳裏をかすめた。

「もう少し休んだら出かけよう。美濃みのの国の境界は、明るい内に通過しておきたい」

 氷輪の言葉に、琥珀は「そうだな」と相槌を打つ。

「でも兄者、結構魚焼きとか火起こしとか手慣れてるよなぁ。良いとこの出だろうに」

 琥珀はしみじみと言う。だがすぐにハッとしたように付け加えた。

「……て俺の勝手な推測だし、気にしないでくれよな」

 と両手を大きく振り回した。その慌てた様子が微笑ましくて、氷輪はクスクス笑った。

「そうだな、まだ話していなかっただけで、別に隠したかった訳では無いのだ。それは幼い頃から一人で旅が出きるように仕込まれてきたからだ。何故なら私は……」

 続きを話そうとした時、何かの尋常ではない気配を感じて氷輪は言葉を止め、背後を見つめた。そしていつでも戦える体制を取る。ほぼ同時に琥珀も何かを感じ、氷輪の見つめる先を見据え身構えた。
 
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