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第二十五話

木魂・前編

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 少しずつ、渇き切った大地に潤いが出て来ているようだ。琥珀は少し先の地面にぬめりを帯びてテカるものを見つけ、小走りでその場所に向かう。そして

「兄者、ミミズだ!」

 琥珀は嬉しそうに地に座り込んだ。

「ほう? 土に大部湿り気が出てきていると思ったが、少しずつ土に養分が出てきたようだな」

 氷輪はすぐに追い付き、ミミズを覗き込んだ。思いの外、よく肥えている。

「さっきの村じゃ、何もかも干上がり過ぎて話聞けるようなあやかしも居なかったからなぁ。ちょいとこのミミズに、御宝のこと知ってるかどうか聞いてみるぜ」

 と琥珀は氷輪を見上げた。

「それは助かる、聞けそうか?」
「やってみないと分からんけど、まぁ上手く話せたらお慰み、てな」

 琥珀はニッと笑ってみせた。

「あぁ、では宜しく頼む」

 氷輪は笑顔で応じると、大きく三歩ほど後ろに下がって見守った。琥珀は地に這うようにしてミミズに目線を合わせる。ミミズはウネウネと動き回るのを辞め、琥珀に向き合ったようだ。

(こ、琥珀! お、女の子がそんなあられもない格好を!)

 氷輪はハラハラした。慌てて周りを見回す。取りあえずは誰も居ないようだ。ホッと胸を撫で下ろす。

「よ! 元気かよ!」

 琥珀は親し気に話しかけた。

『……いつもと変わらんねぇ。あんた、半妖だね。珍しい、初めて会ったよ』

 琥珀の頭の中に直接響く声は、思いの外高めで可愛らしい声だ。

「そっか。大昔は結構ゴロゴロいたみたいだけどな。ところでさ、聞きたい事があるんだけど」
『いいよ、あたしが知ってる事なら。仲間以外で話しかけてくれたのなんて、あんたが初めてだしねぇ』
「お、こいつは有難てーや! あのさ、十種神宝の話って聞いた事あるかい?」

(凄いなぁ、ミミズと会話が出来るなんて。何を話してるんだろう)

 氷輪には、琥珀の元気な声しか聞こえて来ない。自分も会話に加わりたい気がした。

『さー、あたしらには縁のない話題だねぇ。仲間から噂で聞いた程度だねぇ。なんでも、人間に食われそうになって運良く逃げ切った奴が言ってたねぇ。仲間同士で何か言っていたとか。人間や妖、魔物なんかが好みそうじゃないかい?』
「そうか。そしたらこの辺りの人間なら知っているかなぁ?」
『どうかねぇ? 金属と、獣の血の匂いのする複数の人間、て言ってたからねぇ』
「となると、野武士か……」
『あんまりお役に立てなかったみたいだねぇ、ごめんよ』
「いやいや、そんな事ないよ。噂を聞いた事があるだけでも有り難いや」
「何やら訳あり、みたいだねぇ。……そうだねぇ、もしかしたらだけど、この先の……」

 
(あの子たち、仲良く元気でやってくれると良いな)

 氷輪は空を見上げて思う。急に陽が陰り、湿った風を感じ取ったのだ。雲行きを確認した。遠くの方で黒い雲がもくもくと発達している。

「兄者!」

 ミミズとの会話を済ませた琥珀が、元気よく駆け寄ってきた。

「琥珀」

 氷輪は笑顔で迎えた。

「この先の森の奥に、長老の木があるんだとさ。何でも、人間に祀られてるらしくてしめ縄だかがはられてるらしい。その木に聞けば、何か分かるかもしれない、てさ」
「そうか、では早速行ってみよう」

 二人は歩き出した。

「どうかしたのか?」

 琥珀は氷輪が空を見上げていた事が気になった。

「いや、遠くでは一雨来てるのだな、と思ってな。この辺りも降るかもしれん」
「ん? あぁ、確かに。森ん中へ急ごうぜ。でっかい葉っぱ、ありそうじゃん」

 琥珀は氷輪の右袖を引っ張った。

「そうだな。あの子供たちのいる村にも、降るだろうか?」
「さぁ……雨の通り道だったら、降るんじゃねーの? そこだけ避けるなんて、それこそ呪いじゃないんだから。さ、急ごう!」

 二人は駆け出した。

「結構深い森なんだな」

 森の中に入り、雨を凌げそうな葉を探しながら琥珀は言った。

「そうだな。さすがに出稼ぎに来るだけの事はある。肥沃な土だ」

 氷輪は言いながら、一族が治めていた領地から大分離れた事を感じ入った。

「降るといいな、あの土地にも雨が。もう全然降ってなかったみたいだし」

 琥珀はしみじみと言う。そして雨を凌げそうな柏の葉を見上げた。

「そうだな」

 感じ入ったようにこたえる氷輪の声を背に、するすると猿のように身軽に柏の木に登る。そして手頃な枝に跨り、胸の前でパチンと手を合わせると、

「雨を凌ぐ為の葉っぱを二枚ほど頂きます。お許しください」

 と言ってペコリと頭を下げた。そして手近にある葉を二枚、丁寧にとる。

「有難うございます。お陰様で助かりました」

 と再び頭を下げ、そのままヒラリと地に飛び降りた。意外にも礼儀正しく律儀な様子に、氷輪は口元を綻ばせる。

「へへ、花でも実でも石でもさ。貰う時は挨拶と礼を言え、て住職のおっちゃんからキツーくしつけられたんだよ。人間どもがいる前じゃ、心の中で話すに留めたけどな。……奴らすぐ揶揄うから」

 琥珀は照れたよに笑いながら、氷輪に少し大きい方の葉を差し出した。

「有難う。やはり、聞けば聞くほど良い住職様だったんだな」
「おう! いい人だったぜ。ちょいとお人よし過ぎたけどな。さ、行こう。あっちだ」

 琥珀を先頭に歩き出した。

「そういや、兄者って……ガキの扱いに慣れてたな。あの後、お宝の事分かるやつ居ないか探し回って、ろくにその事話してなかったけど。弟とか妹いたんか?」

 琥珀はふと思い出したようにそう言って氷輪を降り返った。
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