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第二十四話
雨乞い・序章
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「……間髪入れずに二の句が継げなくなるような事言うんじゃねーよ!」
炎帝は顔を赤くして抗議した。
「本当の事であろう? 何を赤くなっておる? 私は別に有のままをそのまま言葉にしただけだ。それについてどうこう言うつもりは無い」
月黄泉は涼しい顔で答えた。炎帝はムッとして黙り込む。そして黙り込んだ。
「……だーかーらー! こういう変な間がなんつーかさー……」
「何か問題でも? 私に何をしろと?」
焦れたように言う炎帝を、淡々と遮る月黄泉。相変わらず顔を真っ赤にしたまま月黄泉を睨みつける炎帝に、冷たく無表情の月黄泉。再び沈黙の風が二人の間を流れた。
グォ―――!
その時、奈落の闇より魔物の咆哮が響く。「チッ」と舌を鳴らし、眉をしかめる炎帝。
「お呼びのようだな」
月黄泉はそう言って口角をあげた。青い唇が冷たい弧を描く。ゾクッと背筋が寒くなるのを感じながら、炎帝は崖下に向かって走り出した。
(魔物よりなによりも、俺はあの月黄泉って奴のがおっかねーと思う……)
グォーグォグォーーーーー!
待ちきれないというように咆哮をあげる魔物。
「うるせーよ! ちょっとぐらい待ちやがれっ!」
と叫ぶと崖下に向かって真っ逆さまに飛び込んだ。
その頃、氷輪と琥珀は次なる村を目指して歩いていた。元は大きな川だったと思われる場所に差しかかる。木を切り倒して筏のようにして作られた橋。乾いてささくれ立ち、砂埃が積もっている。シャリン、シャリンと錫杖の音が、乾燥した空気にやけに大きく響いた。
「ここ、かなりデカい川だったんだろうになぁ」
琥珀は橋に両手をかけ、体重をかけてみる。そしてそのままピョーンと橋の上に飛び乗った。そのまま向こう岸に向かって歩き出す。
「そうだな、全て干上がってしまっているようだ。村人は殆ど居なくなっているだろうか……」
氷輪は橋の下を渡りながら、不安そうに答えた。
「ま、だとしても。蛙とか狸とか、なんかしらいるだろう? 虫とかさ。もし居なけりゃ、ちょいとばかし歳食った木の精霊とか。そいつらから俺が話し聞き出してやっから! なんなら、古い器でもなんでもいいぜ。付喪神じゃねーが、使ってた奴の念とか、器を作った奴の念とか入ってりゃ、大抵は妖化してるもんだし。任せときな、て!」
二ッと白い歯を見せて笑う琥珀。氷輪は驚いて見つめる。
「聞く、て何を……」
「おいおい、兄者、大丈夫かよ? この旅の最大の目的は、十種神宝とやらを探し出すのが目的なんだろう?」
「あ! あぁ、そうだ……、確かに、その通りだ」
「だろ? だったらある意味、人なんか居ねー方が楽なんじゃねーのか?」
「……そうだな、確かに」
クスッと氷輪は笑った。その瞳に、迷いの影は見えない。今度は琥珀がキョトンとした。
「そうだな、村人に会って話を聞き出さねば、と、何やら目的を見失うところだった。そうだな、神の宝の話など、武家や公卿の出の野心に満ちた者の中の一部しか知らぬ話だ。琥珀のいう通り、人ではないモノに聞いた方が早いかもしれん」
琥珀は、そういう事か、と頷くと再びニカッと笑う。その笑顔が眩しくて、氷輪は思わず目を細めた。
「だろ? それに人間のお偉いさんなんか、そんな情報ベラベラ話すとも思えんしな」
(その御宝が見つかったら……兄者ともお別れなのか)
琥珀は一抹の寂しさを覚えながらも、朗らかに答えた。
(まだ先の話だ。今はただ、兄者といられるこの時を大事にしよう)
自らに言い気かせるようにして、琥珀はヒラリ、と橋をおりた。そして氷輪の左隣に並んで歩く。
「それにしても、心強いな。妖だけでなく、精霊とも話が出来るとは」
感心したように氷輪は言う。
「ん? あ、あぁ。少し話したけど、俺の父ちゃんは妖狐なんだ。それもかなり高位の。だから、住職のおっちゃんに『感情に任せて殺生は駄目だ』て教えられてるから、必要な時しか、その力は使わないようにしてるんだけどな」
(今、兄者に、俺の母ちゃんの話をしたら、去って行っちまうだろうか……)
琥珀は会話を交わしながら、あらいざらい話してしまいたい衝動に駆られる。
(駄目だ、今はまだ……)
衝動に身を任せる事ガ、急に怖くなった。吹っ切るようにして殊更明るく振る舞う。
「そうだ、兄者」
そう言って、懐から短剣の一つを取り出す。そして柄の部分に結ばれていた淡い枯草色の布を解き、氷輪に差し出す。
「これさ、麻の布で住職のおっちゃんが施してくれた、俺の暴走止めなんだよ。で、こっちの刀の柄に結んである緋色の布は、俺の力を抑え込んである術が施されてるんだとさ。巫女さんの袴の布らしい。普段力を抑え込んであるのは、このお陰でもあるんだな。人ごときに殴られたり蹴られたり、少しばかり切りつけられたって、妖狐の血を引く俺ならすぐに治っちまうからな。だけどこれからもし兄者が危ない目に合う時があったら、この封印を解く。だから俺が暴走しそうになったら、それを俺の体か持ち物のどこかに結んでくれ。いわば『力の再封印』の術が発動する布なんだとさ」
「そんな大事なもの、私が受け取ってしまって良いのか?」
「あぁ、受け取ってくれ。そもそも、封印を解いて自我が保てなくなったら、誰かに封印して貰わないと無理だからさ」
依然として、聞きたい事は山ほどあった。琥珀の両親の事、住職に育てられる事になった経緯等々……。けれども、琥珀が自ら話すまでは聞くまい、と再確認するに留まった。
「……分かった。これを使わなくても済むように最善を尽くそう」
と氷輪は笑みを浮かべた。
(女子に守られるような情けない結果に、ならないようにせねばな)
心の中で強く決意を固める。
炎帝は顔を赤くして抗議した。
「本当の事であろう? 何を赤くなっておる? 私は別に有のままをそのまま言葉にしただけだ。それについてどうこう言うつもりは無い」
月黄泉は涼しい顔で答えた。炎帝はムッとして黙り込む。そして黙り込んだ。
「……だーかーらー! こういう変な間がなんつーかさー……」
「何か問題でも? 私に何をしろと?」
焦れたように言う炎帝を、淡々と遮る月黄泉。相変わらず顔を真っ赤にしたまま月黄泉を睨みつける炎帝に、冷たく無表情の月黄泉。再び沈黙の風が二人の間を流れた。
グォ―――!
その時、奈落の闇より魔物の咆哮が響く。「チッ」と舌を鳴らし、眉をしかめる炎帝。
「お呼びのようだな」
月黄泉はそう言って口角をあげた。青い唇が冷たい弧を描く。ゾクッと背筋が寒くなるのを感じながら、炎帝は崖下に向かって走り出した。
(魔物よりなによりも、俺はあの月黄泉って奴のがおっかねーと思う……)
グォーグォグォーーーーー!
待ちきれないというように咆哮をあげる魔物。
「うるせーよ! ちょっとぐらい待ちやがれっ!」
と叫ぶと崖下に向かって真っ逆さまに飛び込んだ。
その頃、氷輪と琥珀は次なる村を目指して歩いていた。元は大きな川だったと思われる場所に差しかかる。木を切り倒して筏のようにして作られた橋。乾いてささくれ立ち、砂埃が積もっている。シャリン、シャリンと錫杖の音が、乾燥した空気にやけに大きく響いた。
「ここ、かなりデカい川だったんだろうになぁ」
琥珀は橋に両手をかけ、体重をかけてみる。そしてそのままピョーンと橋の上に飛び乗った。そのまま向こう岸に向かって歩き出す。
「そうだな、全て干上がってしまっているようだ。村人は殆ど居なくなっているだろうか……」
氷輪は橋の下を渡りながら、不安そうに答えた。
「ま、だとしても。蛙とか狸とか、なんかしらいるだろう? 虫とかさ。もし居なけりゃ、ちょいとばかし歳食った木の精霊とか。そいつらから俺が話し聞き出してやっから! なんなら、古い器でもなんでもいいぜ。付喪神じゃねーが、使ってた奴の念とか、器を作った奴の念とか入ってりゃ、大抵は妖化してるもんだし。任せときな、て!」
二ッと白い歯を見せて笑う琥珀。氷輪は驚いて見つめる。
「聞く、て何を……」
「おいおい、兄者、大丈夫かよ? この旅の最大の目的は、十種神宝とやらを探し出すのが目的なんだろう?」
「あ! あぁ、そうだ……、確かに、その通りだ」
「だろ? だったらある意味、人なんか居ねー方が楽なんじゃねーのか?」
「……そうだな、確かに」
クスッと氷輪は笑った。その瞳に、迷いの影は見えない。今度は琥珀がキョトンとした。
「そうだな、村人に会って話を聞き出さねば、と、何やら目的を見失うところだった。そうだな、神の宝の話など、武家や公卿の出の野心に満ちた者の中の一部しか知らぬ話だ。琥珀のいう通り、人ではないモノに聞いた方が早いかもしれん」
琥珀は、そういう事か、と頷くと再びニカッと笑う。その笑顔が眩しくて、氷輪は思わず目を細めた。
「だろ? それに人間のお偉いさんなんか、そんな情報ベラベラ話すとも思えんしな」
(その御宝が見つかったら……兄者ともお別れなのか)
琥珀は一抹の寂しさを覚えながらも、朗らかに答えた。
(まだ先の話だ。今はただ、兄者といられるこの時を大事にしよう)
自らに言い気かせるようにして、琥珀はヒラリ、と橋をおりた。そして氷輪の左隣に並んで歩く。
「それにしても、心強いな。妖だけでなく、精霊とも話が出来るとは」
感心したように氷輪は言う。
「ん? あ、あぁ。少し話したけど、俺の父ちゃんは妖狐なんだ。それもかなり高位の。だから、住職のおっちゃんに『感情に任せて殺生は駄目だ』て教えられてるから、必要な時しか、その力は使わないようにしてるんだけどな」
(今、兄者に、俺の母ちゃんの話をしたら、去って行っちまうだろうか……)
琥珀は会話を交わしながら、あらいざらい話してしまいたい衝動に駆られる。
(駄目だ、今はまだ……)
衝動に身を任せる事ガ、急に怖くなった。吹っ切るようにして殊更明るく振る舞う。
「そうだ、兄者」
そう言って、懐から短剣の一つを取り出す。そして柄の部分に結ばれていた淡い枯草色の布を解き、氷輪に差し出す。
「これさ、麻の布で住職のおっちゃんが施してくれた、俺の暴走止めなんだよ。で、こっちの刀の柄に結んである緋色の布は、俺の力を抑え込んである術が施されてるんだとさ。巫女さんの袴の布らしい。普段力を抑え込んであるのは、このお陰でもあるんだな。人ごときに殴られたり蹴られたり、少しばかり切りつけられたって、妖狐の血を引く俺ならすぐに治っちまうからな。だけどこれからもし兄者が危ない目に合う時があったら、この封印を解く。だから俺が暴走しそうになったら、それを俺の体か持ち物のどこかに結んでくれ。いわば『力の再封印』の術が発動する布なんだとさ」
「そんな大事なもの、私が受け取ってしまって良いのか?」
「あぁ、受け取ってくれ。そもそも、封印を解いて自我が保てなくなったら、誰かに封印して貰わないと無理だからさ」
依然として、聞きたい事は山ほどあった。琥珀の両親の事、住職に育てられる事になった経緯等々……。けれども、琥珀が自ら話すまでは聞くまい、と再確認するに留まった。
「……分かった。これを使わなくても済むように最善を尽くそう」
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