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第二十三話

朧月

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(……これから、どう接していけば良いのだ? 女の子だと分かっていたなら……あ、あんな……)

 氷輪は過去、琥珀を抱き締めた幾つかの記憶が胸に去来し、顔から火が出そうだった。両手で顔を覆う。スタスタと容赦なく近づく足音。

「兄者、水浴び最高に気もち良かったぜ! まだ残暑厳しいから冷たいの気もちいいや……て、兄者?」

 琥珀は氷輪が岩に寄りかかるようにしてしゃがみ込み、両手で顔を覆っている事を不審に思う。

「どっか、具合でも悪くなったんか?」

 と近づき、しゃがみ込んで様子を見ようとすると、

「あっ! いや、その!」

 と氷輪は大声を上げ、弾かれるようにして立ち上がるとササッと岩陰より後ろに後ずさった。

「だ、大丈夫だ。何でもない」

 とじりじりと後退していく。そんな氷輪の顔が夕日のように真っ赤になっている事に気付く。

「もしかして、熱でも出たんか? 顔が真っ赤だぜ?」

 と心配そうに声をかけた。氷輪は慌てたように両手で両頬を覆うと、

「いや、何でもない。大丈夫だ。あ、水浴びをしてこよう!」

 不自然なくらい高い声でそう言うと、サササと走って小川を目指した。

「あ、兄者! これこれ、体拭く布!」

 琥珀は追いかけるようにして白い布を手渡そうとする。

「あ、あぁ、す、すまない」

 氷輪はさっと右手を伸ばし、なるべく琥珀に近づかないようにして布を受け取る。そして小川に向かって踵を返した。

「変な兄者……」

 琥珀は首を傾げながらも、岩陰に戻った。そして氷輪がしていたように岩に背を預けるようにして座り、両足を投げ出す。

(拙い、あのような不自然な態度、琥珀を傷つけてしまったのではないか?)

 氷輪は両足を小川に浸し、その冷たさに漸く冷静になったようだ。

(別に、琥珀が悪い訳ではない。男子のように粗野にわざと振る舞っているのは……)

 小川に入っていくと、膝下くらいまでの水の量だ。ゆっくりとしゃがみ込み、右手で水を掬って左腕にかけ始めた。その頃琥珀は……

(兄者、なんで急に顔を紅くして、よそよそしくなったんだろ? それに、良いとこの出なのに一人で行水とか慣れてそうだし。お偉いさんたちって、侍女が何人も付き添って着替えから体洗うのまで全部やって貰うもんなんだろう?)

 琥珀は琥珀で、考え込んでいる。だがすぐハッと何かに気付いたようだ。そしてクスクス笑った。

(そっか、きっと屁だ! 屁をしちまって思いの外臭かったんだな。んで、そこに俺が来たもんで慌てた、と。別に匂わんかったし。気にする事ないのにな。仮に匂ったとしても、俺はへっちゃらなのに)

 氷輪は両手で丁寧に髪を濡らしながら、一つの結論を導き出した。

(……恐らく、男のなりをして粗野に振る舞っているのは自衛の為だ。女の子が一人で生きて行くなんて、どんな危険があるか分からないものな。売り飛ばす奴らもいると聞いたし、乱暴されて殺されてしまうかもしれない)
 
 そして、琥珀がしきりに自分の裸を気にしていた事を思い浮かべる。

(琥珀が女の子である事を隠したうのなら、私は何も気づかないふりをし続けよう。これまで通り変わらず接して行こう)

 氷輪決心を固めた。



「おいおい、大丈夫かよこいつら……?」

 炎帝は水晶玉に映し出される氷輪たちを見て呟く。

「ま、氷輪には強い運がついているし。なんとかなるだろう」

 にべもなく月黄泉命はこたえた。

「でもさー、男と女って色々面倒くさいぜ?」

 炎帝は心配そうに氷輪を見つめる。

「さっきまでは、『あいつら男色の傾向あるんかよ?』などとハラハラしていた癖に」

 冷笑を浮かべる月黄泉。

「いやそういうの個人の自由だけどもさ。あいつは経験ないんだから心配になるだろうよ」
「そういうお前自身も、ないのではないか?」

 月黄泉はにこりともせずに言い切った。彼らの間に、微かな風が吹き抜けた。
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