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第二十一話
贄の里・その四
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それはザザザザと素早く地を這い、殆ど音をさせずに小屋を目指していた……。
氷輪は体についた藁を取りながらどこか嬉しそうだ。
「藁に潜って寝たのって、もしかして初めてだったのか?」
琥珀は、もう既に彼が良いところの出だと気が付いてはいたが、敢えて問いかけてみる。
「あぁ、そうなんだ。話には聞いてはいたが」
(まぁ、まさか旅に出ると想定はしていなかっただろうから、実際に体験はしなかったけれど)
「もしかして、気に入った?」
「あぁ、冬は暖かくて重宝しそうだ」
「そっか。人によって肌が直に当たると痒くなったりするけどな」
「なるほど。衣装は身に着けたまなが良いな」
「そうだな。あ、馬小屋独特の匂いとか気にならなかったか?」
「あぁ、得にはな。馬も牛も、生きている匂いだ」
氷輪は笑った。
それは迷わずに信じられない速度でやってくる。まるで水の上を泳いでいるように滑るように、静かに。
「へぇ? 『生きている匂い』か。なるほどな。食べて、寝て、出すもん出して。確かに、生きる礎だな、ははは、確かに!」
琥珀も何だか可笑しくなって笑う。
「勿論程度にもよるが、香を焚きしめて匂いを誤魔化すのより余程自然だ」
氷輪はほんの少しだけその瞳に憂いの影を覗かせる。何か深い訳がありそうだ、と琥珀は敢えてそれ以上は聞かなかった。
「……なぁ、これからどうする? このまま逃げちまった方が良くねーか?」
琥珀は真顔で話を切り変えた。
「あぁ、だけど……そう簡単には行かなそうだ」
そう言いながら、氷輪は立ち上がり、入り口の戸を開けようと試みる。
「もしかして、開かないのか?」
琥珀も戸を開けようと近寄る。引き戸になっており、引いても、試しに押してもビクともしない。
「ご丁寧に中で待ち構えている事なんかねーって。窓から逃げればいいんだ。あいつら何だかやけに手慣れていたし。今にして考えれば強引に家に誘ったりしてさ。絶対なんかやらかそうとしてるぜ」
琥珀はそう言うなり、馬の柵に右手をつくとヒョイッと身軽に飛び越えた。そして「ちょっとごめんな」と一頭ずつ声をかけ、首筋を撫でる。そして入口に近い方の馬の背にサッと飛び乗ると、小窓に手をかけた。
「こんなのぶっ壊して……」
「いや、どうやらそう甘くは出来ていないらしい。逃げても追いかけて来そうだ」
氷輪は苦笑する。
「どいうこと……」
「シッ」
氷輪は右手人差し指を唇にあて、静かにするように促した。氷輪は目を閉じ、感覚を研ぎ澄ますようにして外の気配を探っている。琥珀は音を立てないよう静かに馬から降りると、静かに氷輪の傍に近づいた。何となく、外の気配を感じる。
(人じゃねーね、この気配)
琥珀の勘が告げた。
(これは、恐らく人ではない気配だ。酷く禍々しい感じがする。真っすぐに、這うようにしてここに近づいている……?)
氷輪はそう感じ取ると、布に頑丈に包んである『退魔の剣』を手に持つ。そして布を外しながら琥珀に顔を向けた。そして小声で問いかける。
『琥珀、見たところ身軽そうだ。逃げるのには、自信あるか?』
『おうよ! この間は人相手だったから手加減してやったが、人以外となれば、話しは別だ』
琥珀も小声で応じた。
『それなら良かった。もし私に何かあれば、迷わず全力で逃げてくれ』
『何言ってやがる……』
琥珀は左手で右手の袖をまくり、細い腕を剥き出しにしてみせる。
「来るっ! 琥珀、右側に避けろ!」
氷輪は退魔の剣引き抜いて構え、叫んだ。
「兄者?!」
氷輪に言われるまでもなく、入り口に向かって突っ込んで来る何かの気配を察知し、ピョーンと飛び上がって避ける。殆ど同時に、入り口の戸がドーンという大きな音と共に破られた。
「兄者!!」
琥珀は更に右に避けながら氷輪に叫ぶ。氷輪はひらりと飛び上がり、戸を突き破ったモノの上に乗った。
氷輪は体についた藁を取りながらどこか嬉しそうだ。
「藁に潜って寝たのって、もしかして初めてだったのか?」
琥珀は、もう既に彼が良いところの出だと気が付いてはいたが、敢えて問いかけてみる。
「あぁ、そうなんだ。話には聞いてはいたが」
(まぁ、まさか旅に出ると想定はしていなかっただろうから、実際に体験はしなかったけれど)
「もしかして、気に入った?」
「あぁ、冬は暖かくて重宝しそうだ」
「そっか。人によって肌が直に当たると痒くなったりするけどな」
「なるほど。衣装は身に着けたまなが良いな」
「そうだな。あ、馬小屋独特の匂いとか気にならなかったか?」
「あぁ、得にはな。馬も牛も、生きている匂いだ」
氷輪は笑った。
それは迷わずに信じられない速度でやってくる。まるで水の上を泳いでいるように滑るように、静かに。
「へぇ? 『生きている匂い』か。なるほどな。食べて、寝て、出すもん出して。確かに、生きる礎だな、ははは、確かに!」
琥珀も何だか可笑しくなって笑う。
「勿論程度にもよるが、香を焚きしめて匂いを誤魔化すのより余程自然だ」
氷輪はほんの少しだけその瞳に憂いの影を覗かせる。何か深い訳がありそうだ、と琥珀は敢えてそれ以上は聞かなかった。
「……なぁ、これからどうする? このまま逃げちまった方が良くねーか?」
琥珀は真顔で話を切り変えた。
「あぁ、だけど……そう簡単には行かなそうだ」
そう言いながら、氷輪は立ち上がり、入り口の戸を開けようと試みる。
「もしかして、開かないのか?」
琥珀も戸を開けようと近寄る。引き戸になっており、引いても、試しに押してもビクともしない。
「ご丁寧に中で待ち構えている事なんかねーって。窓から逃げればいいんだ。あいつら何だかやけに手慣れていたし。今にして考えれば強引に家に誘ったりしてさ。絶対なんかやらかそうとしてるぜ」
琥珀はそう言うなり、馬の柵に右手をつくとヒョイッと身軽に飛び越えた。そして「ちょっとごめんな」と一頭ずつ声をかけ、首筋を撫でる。そして入口に近い方の馬の背にサッと飛び乗ると、小窓に手をかけた。
「こんなのぶっ壊して……」
「いや、どうやらそう甘くは出来ていないらしい。逃げても追いかけて来そうだ」
氷輪は苦笑する。
「どいうこと……」
「シッ」
氷輪は右手人差し指を唇にあて、静かにするように促した。氷輪は目を閉じ、感覚を研ぎ澄ますようにして外の気配を探っている。琥珀は音を立てないよう静かに馬から降りると、静かに氷輪の傍に近づいた。何となく、外の気配を感じる。
(人じゃねーね、この気配)
琥珀の勘が告げた。
(これは、恐らく人ではない気配だ。酷く禍々しい感じがする。真っすぐに、這うようにしてここに近づいている……?)
氷輪はそう感じ取ると、布に頑丈に包んである『退魔の剣』を手に持つ。そして布を外しながら琥珀に顔を向けた。そして小声で問いかける。
『琥珀、見たところ身軽そうだ。逃げるのには、自信あるか?』
『おうよ! この間は人相手だったから手加減してやったが、人以外となれば、話しは別だ』
琥珀も小声で応じた。
『それなら良かった。もし私に何かあれば、迷わず全力で逃げてくれ』
『何言ってやがる……』
琥珀は左手で右手の袖をまくり、細い腕を剥き出しにしてみせる。
「来るっ! 琥珀、右側に避けろ!」
氷輪は退魔の剣引き抜いて構え、叫んだ。
「兄者?!」
氷輪に言われるまでもなく、入り口に向かって突っ込んで来る何かの気配を察知し、ピョーンと飛び上がって避ける。殆ど同時に、入り口の戸がドーンという大きな音と共に破られた。
「兄者!!」
琥珀は更に右に避けながら氷輪に叫ぶ。氷輪はひらりと飛び上がり、戸を突き破ったモノの上に乗った。
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