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第二十一話

贄の里・その三

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「お前ら! 一体……」

 倒れた氷輪を目の当たりにして、猛然と村人たちに食ってかかろうとする琥珀。けれども琥珀は、そんな自分の右袖あたりが引っ張られるような抵抗感を覚えた。慌てて袖を見やる。

『兄者!』

 琥珀は危うく叫びそうになる言葉を呑みこんだ。袖を引っ張ったのは氷輪だった。額を台につけたまま、視線だけを琥珀に向けている。

(そうか、兄者はわざと……)

 琥珀はすぐに悟る。彼は湯を飲んだふりをしただけなのだ。意識を失うひりをして、様子を探ろうという事だろう。村人たちの様子を見てゾッとした。

(こ、こいつら……)

 皆、落ち着き払ってニコニコしながら自分達を見ているのだ。

「あらあら、僧侶様はだいぶお疲れのようだねぇ」

 そう言った女は、どこか嬉しそうに見える。

「良かったら奥の部屋で休んでいったらいいよ。今、寝床を整えるからさ」 

 と席を立つと、足早に外へと出ていく。

「それが良い。どれ」

 男たちは一斉に立ち上がり、二人が氷輪を両脇から肩を貸すような感じで起こし、もう一人が氷輪の両足を抱えた。そしてスタスタと運んでいく。

「あ、兄者!」

(こいつら、こうやって旅人を取り込んで来てるのか? あまりにも手際が良すぎるぜ!)

 琥珀は慌てて彼らの後を追いかけた。



「あーーーー! もうっ! 何やってんだよっ!」

 炎帝は再び頭を抱えて叫んだ。例の如く、翡翠の双眸の先は水晶玉に映し出される氷輪に纏わる全ての出来事である。

「そうカッカしなさんな」

 琵琶の音色を思わせる奥深さを持った声とともに、ふわりと薄紅色の衣が炎帝の背後に姿を現した。少し空二に浮く感じで、金色こんじきの長い髪がさらりと音を立てる。同時に牡丹の香りがそこはかとなく漂った。炎帝はその主に顔を向けた。
 瑠璃色の瞳が悪戯っぽく輝いている。ゆったりとして柔らかな桜色の上着の下に、薄緑、白、淡い水色、淡紅色の縦柄のを身に着けており、奈良時代の皇族女性を思わせる衣装だ。髪は両側から頭頂の部分の髪だけを掬い上げ、高い位置で二つの輪のように結い上げ、白い牡丹の花を二つ髪飾りとしてつけている。

夕星ゆうづつ

 炎帝はその名を呼び、じろりと面白くなさそうに見つめた。夕星はクスッと笑うと、ふわりと舞うようにして炎帝の目の前に降り立った。

「こんなところで油売ってていいのかよ? 神様とやらになる修行の際中だろ?」

 ムスッとして睨むように夕星を見つめた。

「名目上はね。けれど、何の神になるのかなんて伝えて貰えませんし、実際本当の神になるのかなんて怪しいものですよ」

 夕星はその金色の美しい柳眉を潜め、溜息とともに答えた。

「本当に知らされてないのか?」

 驚いてキリリとした赤い眉をあげる炎帝に、夕星は黙って頷く。

「私の前の代の贄も、その前も。歴代の贄は神に昇格するなどとまことしやかに語られていますが、誰が何の神になったかなんて聞いた事もないでしょう?」
「……まぁ、な」
「せいぜい、人間が代々人柱として捧げられた贄たちを大きなひとくくりの『祟り神』として祀り上げる程度でしょうね」

 夕星は溜息をついて空を見上げる。炎帝は気の毒そうな、それでいて呆れたような。何とも言えない複雑な表情で夕星を見つめた。

「さて、氷輪殿を見守りましょうか。何か策があるようですし……」

「それと、どうやら強運という強い味方がついているようだしな」

 そう言って、彼らの前に突然姿を現したのは……。

「月黄泉命!」
「月黄泉命様!」

 冷たい表情で二人を見下ろす神であった。あぁ戻ったのか、という反応を示す炎帝と、慌てる夕星、対照的な反応を示す。




「兄者、奴ら行っちまったぜ。何考えてんだかさっぱりわかんねーなぁ」

 琥珀の声に、こんもりと敷かれたわらに埋もれていた氷輪が這い出てきた。

ヒヒン と二頭の馬が鳴く声。そう、二人が休むようにと案内された場所は馬小屋であった。藁に包まれて、またはむしろを敷いて眠るのが常である民には別段珍しい事ではない。民家は部屋というより小屋のようなものに住んでいる者が殆どである。

「家の作りやここの馬小屋の作りを見ても、裕福な感じは受けるな」

 氷輪はそう言って、体についた藁を手で払う。琥珀は彼の背中についた藁を両手で払ってやりながら言った。

「しかし、なんであんな倒れたふりなんかしたんだよ?」
「どうも民に違和感があるのでね。見極める為にそうしてみたんだ。……それにしても、藁とは暖かいものなのだな」

 氷輪は笑みを浮かべた。

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